第2章
画面との全くおもしろくないにらめっこからやっと解放されて家に帰宅。
1DKのアパートの1階の一番手前の部屋。そこが自分の住まいだ。
家に帰ってからする事と言ったら風呂に入り酒を飲んでテレビを見て寝る。
それが会社に入ってからの家での習慣になっている。
『ピピピピ♪』
そんな日常に変化が出てきている。
携帯がメールを受信したことを知らせている。
「・・・またあのメールか」
携帯を手に取り受信ボックスへ届いているメールをチェックする。
最近迷惑メールがよく届くようになったのだ。
それもよくある出会い系やよく分からない広告だったらまだ分かるのだが、
その内容が不自然であって、不思議と気になってしまい毎回見てしまうのだ。
『あなたの夢諦めるのは早すぎますよ!』
この迷惑なメールの件名はいつもこの文面になっている。
その後にいろいろな人の紹介が書かれているのだ。
『H.Tさん 32歳 地方公務員
子供の頃パイロットになりたくて必死で勉強していましたが、試験で不合格になって夢を諦めていました。でもこのメールと出会って夢が叶いました。』
『T.Yさん 58歳 国会議員
私の子供の頃の夢は、政治家か船の船長でした。ですが私は政治家を選び、人の為にと尽力して今年引退しました。それからもう一つの夢を叶えようと思いこのメールと出会って夢が叶いました。』
と毎回こんな感じの内容がつらつらと書かれているのだ。
そして最後は
『あなたの夢を教えてください。叶える方法をお教えいたします』
なぜ自分でもこんなものを消さないのかは分からない。
ただこんな事で夢が叶うはずないと思いつつ、心の何処かで自分の夢も叶えてもらえるんじゃないか。
そんな気持ちがあるんだろうと思った。
ただこんなメール一つで夢が叶うんだったらそこら中の奴がみんなスポーツ選手やパイロットになってるに違いないと鼻で笑ってる自分がいるので「夢が無いな」と一人で複雑な気分で眠りに付く。
時計の針は午前7時を指している。
朝は一日の中で一番苦手な時間だ。起きたときの体のだるさは何度も経験はしているが
こればかりは慣れる気配がない。
寝坊で遅刻した事があり、そのときは上司の机の前で「たるんでいる」と言われて30分くらい
説教を食らっている。
そんなことがあり何とか遅刻はするまいと色々試してみたが、結果はというと
自分の体を表彰したいぐらいなんの効果も無かった。
昔から良く寝ている子とは言われていたし、寝る子は育つと昔の人も言っているので
健康であろうと思っていた。
会社に出社し、相変わらずの液晶画面とにらめっこ。
飽きは来ているが仕事と割り切らないとやっていけないモチベーションだ。
今日はそこまで仕事が回ってこなかったので、そうそうに自分の抱えている物を片付けて
ゆっくりしたペースで昼の休憩を迎えた。
会社の屋上のベンチに陣取り、作ってきた弁当といっても昨日の残り物や冷凍食品の詰め合わせ
だがそれを雲を見ながら頬張ってゆっくりする。この時間が一番好きだった。
弁当を平らげお茶を飲みながらボーっとしていると佐久間が昨日と同じように笑顔で「お疲れさん」と
声を掛けて手すりに腕を組んで下を眺めていた。
だが佐久間の様子はいつもより少しだけ元気がなかったように見えた。
「どうした佐久間?なんか考え事か?」
少し気になったのでストレートに聞いてみたが、佐久間は「いや別に」と答えた。
いつもの笑顔。だがやはり元気がない。答えてまた下を覗き込んでいた。
それ以上は聞くまいと「そうか」と答えて自分は空を眺める。
相変わらず青い空に大小様々な雲が浮かんでいる。
それから数十分間。
「歩いてみたいなぁ・・・」
眺めていて何気に口を滑らせてしまった。
「またそれか」
不意に話しかけられて横を向くといつ移動してきたか分からないが佐久間が隣に座っていた。
「何だよ。悪いかよ」
失言だったと後悔しつつ、佐久間には前に話してあるのでそこまで落ち込むことはない。
「いやいや、そういうのが大事だよ。夢はでっかくだからな」
笑いながら答える佐久間には最初に感じた元気のなさは感じられなかった
時計を見ると針は7のところで止まっていた。
10分位ボーっとしていたのだろう。
そういえばとメールの事を話してみようと携帯を取り出した
「佐久間。ちょっと見て欲しいのがあるんだけど」
「なんだ?彼女の写真か?」
「いや違うよ。迷惑メールなんだけどさぁ」
メールを表示し、佐久間にそれを渡す。
単なる迷惑メールなのでただ笑われると思っていたが
佐久間は真剣な顔でそのメールを熱心に見ていた。
「おい、佐久間?」
メールを見せてから5分間がたった。あまりに熱心に見ていたので声をかけたが、応答しない。
その後2,3度声を掛けようやくこちらを見た顔はなぜか寂しそうだった。
「おお、悪い。あんまり変な内容だったから思わず見入っちゃったよ」
「そうか」
「やべ!戻らないと怒られるぞ!行こうぜ成谷」
いつもと同じように階段を下りていく。だが一つだけ違う事があった。
佐久間の表情。あれはなんだったのか?
階段を下りながら考えを巡らせる。今日の階段はいつもより長かった気がした。
今日は家に早々に帰ってきた。
昼の話を帰りに聞こうと思ったが佐久間は自分より早く帰っていた。
今日のところは聞けずじまいでそのまま帰宅。
相変わらず迷惑メールは不定期に届いてくる。
最近は少し愛着がわいてきているのが悔しい。
それにメールの法則が分かってきた。
それは仕事内容が具体的なことだった。
こういう類はあまり公にしないでおくのがセオリーだと思う。
公にしない方が可能性の幅が広がる気がするからだ。
それに最後の文章は必ず
『このメールに出会って夢が叶いました』
これで締められているのだ。
宣伝でも兼ねているのかと思い、不思議に思いながらもあまり気にとめなかった。
「よく飽きずにこんなの作るよなぁー」
日課になりつつあるメールの黙読。いつもは読んで流すだけだったのだがこの日は違った。
件名 あなたの夢諦めるのは早すぎますよ
『S.Sさん 34歳 派遣会社
私の夢は学校の先生になることでした。ですが試験に落ちて今の会社に入りました。ですがこのメールに出会って夢が叶いました』
・
・
・
『T.Sさん 24歳 IT会社
私の夢は漫画家になることでした。家の事情で会社勤務するようになり、正直後悔をしていました。ですがこのメールと出会って夢が叶いました。』
『あなたの夢を教えてください。叶える方法をお教えいたします』
シャワーを浴びる準備をしながら何気なく文面に目を通す。
目を通したら携帯を置きシャワーを浴びる。
佐久間の昼間の様子が気になりそのことばかり考えていた。
なにか悪い事でもあったのだろうか?
最初にあった時も元気はなかったが帰る時は元気だった。不自然な位に。
空元気と言った方がしっくり来る感じではあった。たぶん原因はあのメールを見てからだ。
あの時は熱心に見ているという感じだったが今考えると熱心すぎて執念深ささえ感じた。
あのメールに何かあったのか?
とは言ってもイニシャルと夢が書いてあるだけだと思ったけど他に何か気になる物があったのか?
「上がったらもう一度確認してみよう」そう思いシャワーを終える。
着替えをし、髪を乾かさずにタオルでごしごしかきながら缶ビールを取り出し、ベットに腰を下ろす。
ベットに着くなり猛烈に眠気に襲われたが先ほどから気になっている事をやろうと思った。
携帯を取り出し今日佐久間が見ていたメールを確認する。
特に変わったところは無いと思ったが何が気になったのだろうか?
過去の他のメールを見てもみんな同じだ。変わっているところは無い。
文面も書かれている内容はおいといても毎回の決めの台詞も変わっていない。
「分かんないな」
自分には想像の付かないところで佐久間は何かに気がついたんだろうと思った。
そして一番新しいメールを開く。
「今日は先生、女優、プロ野球選手、漫画家か・・・」
毎度良く思いつくなと関心しながら缶ビールを口に運ぶ。
携帯を充電器に指したところである一文に目が付く。
・・・・言いようがない不快感が段々と広がっていく。
・・・・不快感?いやこれは違和感であろう。
『T.Sさん 24歳 IT会社
私の夢は漫画家になることでした。家の事情で会社勤務するようになり、正直後悔をしていました。ですがこのメールと出会って夢が叶いました。』
・・・・この文面を自分は知っている。そうだ。知っているのだ。
何処かで聞いた覚えがある。
だが何処で聞いたんだ・・・・
考える・・・・
記憶を辿る・・・・
たぶん最近聞いたのだろう。昔の事などあまり覚えていない方だ。
漫画家・・・・そのフレーズは覚えている。
・・・・・・
『佐久間?・・・・』
唐突に答えが頭の中に出てきた。
前に佐久間と話をしていた時のことが思い出される。
『そうだよ。これ佐久間の言ってたことそのまんまじゃないか・・・』
IT企業の主任・・・・
うちの会社は株の動きをモニタリングして管理している会社だ。
漫画家・・・・
佐久間が自分に話してくれた話がそのまんま文章になっている。
かなり省かれてはいるものの、書いてある内容は同じ。
そしてなにより佐久間 琢海 24歳
イニシャルと年齢の合致。これを偶然として切り捨てるのは簡単だ。でも偶然にしてはできすぎている。
『・・・分からない』
率直な感想が思わず口から出てしまった。
考えても分からない事はあるのだ。
『はぁー、明日佐久間に聞いてみればはっきりするだろう』
その日はそう思い眠りに就いた。
本人に聞けばすべて分かることだ。他にも気になることもあることだし、簡単な事だ。
そう思った。
だが現実はうまくいかない。
思わなければ後悔しなくても済んだのに・・・