第1章
1章
少年は田舎の比較的裕福な家庭に生まれた。
幼い頃から田舎だけに交通の不便はあったものの他は何不自由なく過ごしていた。
当たり前に続く毎日、毎日のように親から言われる責任を感じる言葉。
お前はちゃんと勉強してるのかなどなどである。
そんな毎日に少年は幼いながらも絶望感を抱いていた。
少年が中学に入り、青年として高校を卒業し、大学へ行き、IT企業に就職することとになって社会人としての自覚がでてきて初めて、親からの責任感の押しつけがなくなったのを実感した。
押しつけが気遣いに変わったからである。
「自分はこれから自由に生きることができる」
そう実感しながら一人都会での生活に希望を抱いていた。
だが現実は自分が思っているような展開にはならないものだ
自分が小、中、高と思い描いていた夢が大人になり、現実を知り、直面し、経験する。
少しずつ描いていた夢が現実と比較されると少年の頃とはもう違うのだと自覚してしまう。
9月1日 会社での午前の勤務が終わり今は昼休み。
いつもの用に会社の屋上で貴重な昼の時間を満喫していた。
今日は弁当を作り忘れた為、買ってきたコンビニ弁当をベンチに座りほおばりながら空を見ていた。
雲が優雅に少しずつ形を変えながら遙か上を漂っている。
こうやって雲を見ているのが昔から好きで色々な形を見せてくれる。それを考えるのがちょっとした楽しみでもあった。
「まだ昔の方が夢があったなぁ・・・」
雲を見ているとふと昔、夢をみていた事を思い出していた。
だが時間はどうやっても戻ることはない。
タイムマシンがあれば別の話ではあるが、今の技術ではどうしようもないことだ。
その夢も人それぞれではあるが普通ならすぐ「無理」と判断するであろう。
そんな事を考えながら空を眺めている。
「何をボーっとしているんだお前は?」
不意に、声をかけられ少しびっくりした。
「なんだお前か。急に話しかけてくるんじゃねーよ」
「相変わらず冷たい奴だなお前は。だから冷や奴なんて呼ばれんだよ!」
「そのあだ名で呼ぶなっていってんだろーが」
「へいへい、悪かったよ。成谷」
色々言ってくるやつが佐久間琢磨だ。会社に入ってからあまり周囲に馴染めていない
自分に唯一気さくに話しかけてくるのはこいつだけだ。
馴染めていない証拠というのがあだ名の冷や奴だ。
会社の飲み会の時に周りに素っ気ない態度を取っていた為に冷たい奴というのと
丁度テーブルの上にあった豆腐とで、冷や奴というあだ名が付いてしまったというわけだ
別段呼ばれたからと言って怒るという訳ではないが、言われて良い気分ではない。
だから知らず知らずの内に不機嫌な顔になっているらしい。
それを教えてくれたのも佐久間だった。
だから正直なところ自分はこいつのことを大切に思っている。佐久間がどう思っているかは分からないが自分の中ではそう思っている。
親友と言う訳ではないのでしいて言うなら「友達以上親友未満」という感じだ。
「お前はいっつもここいるよな」
笑いながらも自分の横に座った佐久間が話しかけてくる。
「まぁここに来れば誰にも会わなくて良いからな。」
胸の内をありのまま言っても佐久間は全く嫌な顔をしたいのでとても話しやすい。
「相変わらずの性格してるよおまえは」
「それになぁ・・・」
「それになんだよ」
言おうかどうか迷ったが、4年の付き合いになるので正直に喋ってみる事にした。
「俺、雲を見てるの好きなんだよ。子供の頃は歩きたいとも思ってたしな」
言ってから数秒の沈黙。やってしまったかと思いつつ佐久間の顔を見てみると
にやにやしながらこっちを見ていた。
「何だよその顔は?」
「ぷっ。お前ってそんなロマンチック野郎だったか?」
笑っている佐久間を見て恥ずかしさが膨れあがってきた。
「うるせぇな。もういい忘れろよ」
「まぁ待てって。お前がそんなこと喋ってくれるなんてうれしいよ」
そういうことを面と向かって言われるとかなり恥ずかしい。でも自分の中で心の枷が少し外れたような
気がした。
「そっか、じゃあ俺の夢もお前に教えてやるよ。言っておくけど内緒だぞ」
「分かったよ」
こいつとこんな話ができるとは思ってなかったがそれも悪い気分ではなかった。
佐久間は自分と同じように空を見上げて話し出す。
「俺なぁ。小さい頃どうしても漫画家になりたかったんだよ・・でも俺の兄貴とかは良い高校とか大学とか行ってて親もそうしろ的な雰囲気ガンガン出しててなぁ。とても言える雰囲気じゃなかったわけよ。親にも心配なんか掛けたくなかったし、結局今こんな感じになってるんだがもしあの頃にやってたらこんなに後悔はしてないんだろうな。」
「へぇ、漫画家ね~」
正直驚いた。佐久間はみんなに人気で仕事もできる。そんな奴が漫画家になりたかったと
聞かされてしかも自分と似ている家庭環境であった事を聞いて親近感であろう感情が生まれる。
「そう、漫画家。本の中に出てくるキャラクターとかかっこいいじゃん」
「お前そんなに絵うまかったか?」
つい口が滑ってしまったが、前に佐久間が遊びで絵を描いていたのを見たが、漫画家を目指していると言われてから見ると直視できないレベルであった。
「まぁそこは聞くな。」
これは佐久間にも分かっているみたいで申し訳なさそう作り笑いをしながら言っている。
「絶対に言うなよ」
と念押しされた
まぁ話す気も話す相手もいないので大丈夫だろう。
「っと。もう50分だ。そろそろ戻ろうぜ」
時計を見るともう12時50分を指していた。貴重な1時間があっという間に過ぎていく。
これからまたパソコン画面とにらめっこが始まると思うと憂鬱な気分だ。
それでもサボる訳には行かないので、重い腰をゆっくり上げる。
「ああ。戻ろう」
秘密を共有できる友達がいるのは、今までの人生の中で数人くらいなのでとてもうれしい。
これからの生活でも少しは潤いが出てくるのでは無いか。
そんな事を考えながら階段を下りていく。
いつもならダラダラと降りていく階段が今日は軽やかだった。