機織り女神の昔語り ~その日互いを「ヒト」と呼んだ種族の最後の個体が生を終えた~
その日、互いを「ヒト」と呼んだ種族の最後の個体が、生を終えた。
かつて彼らに崇められた神々は、あるいは嘆き、もしくは怒り、または安堵し、またあるいは無感情でその光景を見届けた。
神々はヒトによく似た姿をしていたが、それはそう在る様にとかつてヒトが望んだからであった。望む者がいなくなり、いつしか神々は定まった形を持たなくなった。
陽が昇っては沈み、波が打ち寄せては引き、風が季節を運んで駆けめぐった。命の揺らぎが世界が満たした。
冷酷に冷静に、世の美しさは変わらず保たれた。
----
「うっそだぁ。ウソのおはなしだ!」
幼い子どもの声が、老婆の語りを遮る。
「ウソだよ、おばあちゃんもみんなもまだいるもん」
「これはね、歴史の女神様が遠い未来に視た景色なんだよ」
カラリ、と老婆が機織り機に杼で糸を渡す。
「歴史の女神様は、機織りの女神様でもあらせられる。
流れる時を経糸に。
命の営みを緯糸に。
長く長ーく 果てしない
錦の反物を織っておられる」
♪トントンカラリ トンカラリ
♪トントン トンカラ トンカラリ
いつも老婆が口ずさむ歌を、幼い声が真似た。
「女神様が糸を通しなさるのは、もう起こった分までだけ。未来の織り目は私たちには見えない。だけど女神様ご自身は全てご存じなんだ。このあと何が起こって、どんな模様に織り上がるのか」
「それならさ!」
子どもが目を輝かせる。
「おばあちゃん、めがみさまにきいてきてよ! それどんなもようになりますか?って」
遥か昔、自分も同じくらいの年頃に同じようなことを口にした気がするが、今の老婆はそっと人差し指を口に当てる。
「さっきのお話以外はね、私たちに未来を教えちゃいけない決まりなんだ」
「なんでぇ? いじわる! わるいめがみさまなの?」
子どもの率直で不敬な感想が愛おしい。あの頃の大人たちも、こうして困りながら笑っていたのだったか。
「未来があますところなく全て見えたら、自分で歩く意味を見失ってしまうからね」
言い含めながら、老婆はゆっくりと機で織り続ける。
「でも今が無限に続くと思っていると、無駄遣いや思い上がりの種になる。そうならず思慮深く生きていけるように、女神様は『終わりとその後』だけを私たちに教えてくれたんだ」
こんな言葉で幼い子らが腹落ちするとはもちろん思っていない。それでも繰り返し語るのが、老人の役割だ。老婆のさらに先達がそうしてきたように。
「もぉ。おばあちゃん なにいってるのかわかんなぁい」
案の定、子どもは口をへの字にひん曲げている。
「お前にはまだ、実感が湧かない話だろうね。そんな話を知らずとも、今お前はいつも目一杯の全力で生きているだろうからね」
「もぉいいよ、おばあちゃんのおはなし ぜんぜんわかんないんだもん。じゃあ これだけおしえて」
不機嫌そうな幼子が、改めて老婆の目をのぞき込んで問う。
「れきしのめがみさまは、わたしたちのさいごをみて、ないてくれるかみさまだよね?」
この短編は、連載中のファンタジー小説『揺らぐ世界の渡り方』のパイロット版のようなものです。
前日譚とする予定だったのですが、執筆を進めるうちに設定が変わっていってしまったので本編には含めませんでした。
設定や時系列に直接の関連はありませんが、もし世界の雰囲気などお気に召しましたら、本編もご覧いただけますと嬉しいです。
本編:揺らぐ世界の渡り方 https://ncode.syosetu.com/n0363mp/




