Maybe Blue
歌舞伎町のネオンは、いつだって少しだけ優しすぎる。
光が強すぎて、何もかもがぼやけるから。
トー横の隅、いつものコンクリートの段差に座りながら、
ミオはただ前を見ていた。
何も話さない。
話せない。
ある日、ふと声が出なくなった。
叫ぼうとしても、空気だけが漏れる。
喉が閉じたみたいに、音が消えた。
周りは最初、笑っていた。
「なにそれウケる」
「演技?」
「かまちょじゃん」
でも、ミオは笑えなかった。
本当に出なかった。
それでも、ここに来ることはやめなかった。
やめられなかった。
ここにいれば、ひとりじゃないから。
隣にいたはずのユナが、いなくなったのは三日前だった。
「ちょっとだけ稼いでくる」
そう言って、軽く手を振った。
ミオは何も言えなかった。ただ、うなずいた。
それが最後だった。
連絡はない。
誰も探さない。
誰も気にしていない。
「そういうもんでしょ」
誰かが言った。
笑いながら、スマホを見ている。
ミオは、その言葉を聞きながら、ただ目を開けていた。
何か言いたかった。
言わなきゃいけなかった気がした。
でも、声は出ない。
その翌日、レンもいなくなった。
「だるいわ、ここ」
吐き捨てるように言って、立ち去った。
ミオの方は見なかった。
止めたかった。
手を掴もうとした。
でも、指は空を掴んだ。
気づけば、減っていた。
新しい子。
知らない子。
誰?
いつもの場所。
同じネオン。
同じ時間。
なのに、違う。
誰もそれを言葉にしない。
言葉にしたら、本当になるから。
ミオはそれを知っていた。
夜が深くなるほど、世界は薄くなる。
人の顔も、声も、現実も。
ここは、どこなんだろう。
本当に東京なのか。
それとも、どこか別の場所なのか。
ミオは、ふと思う。
もしかして
ここにいる人たちは、もう「あっち」なんじゃないか。
帰れない場所。
戻れない時間。
だから、誰も探さない。
だから、誰も見つからない。
ある夜、ひとりの女の子が話しかけてきた。
見たことのない顔。
「ねえ、ここってさ」
ミオの隣に座る。
「名前は?」
ミオは答えられない。
ただ、女の子の目を見る。
その目は、やけに澄んでいた。
「みんな、消えてくよね」
ミオは、ゆっくりとうなずいた。
「でもさ」
女の子は笑う。
「消えてるんじゃなくて、“戻ってる”だけかもしれないよ」
ミオは瞬きをした。
戻る?
どこに?
「ここにいるほうが、変なのかも」
そう言って、女の子は立ち上がった。
「じゃあね」
軽く手を振る。
ミオは、とっさに立ち上がる。
何か言わなきゃ。
止めなきゃ。
喉に力を込める。
空気が震える。
あ
かすれた音が、わずかに漏れた。
その瞬間、ネオンが一瞬だけ消えた。
世界が暗転する。
そして、戻る。
気づくと、ミオはひとりだった。
トー横の同じ場所。
同じ夜。
でも、誰もいない
人の気配も、声も、ない。
静かすぎる。
喉に手を当てる。
息を吸う。
そして
「 」
「ぃい」
「うぃ」
「 ねえ 」
誰もいない場所で、音だけが響く
それは?
それとも。
ミオは、ゆっくりと歩き出す。
どこへ向かうのかもわからないまま。
ここから出られるのか。
それとも、ここがもう外なのか。
ネオンがまた、強く光る。
その光の中で、ミオの影がふたつに揺れた。




