第9話 魔法教師の診断
「アレン坊ちゃま。
今日はまとめの日です」
オットーは、いつもよりきっちりした服装だった。
その隣に、セバスが控えている。
まとめ。
つまり、区切りだ。
テストか、診断か、その類いだろう。
◇
場所は応接間。
お父さんとお母さんが並び、
その少し後ろにルークが座っている。
俺は、お母さんの隣に用意された小さな椅子に座らされた。
正面にオットー。
横に、記録用のメモを持ったセバス。
どう見ても、面談だ。
「では、ガルド様、エリシア様」
オットーが、講義よりも一段落ち着いた声で切り出す。
「アレン坊ちゃまの、ここまでの魔法習得状況について、ご報告いたします」
◇
「まず、率直に申し上げて――」
一拍置いてから、はっきりと言った。
「アレン様は、初級魔法に限れば、
私がこれまで見てきた中でも、非常に優秀です」
お母さんの肩から、力が抜けるのが分かった。
お父さんの目が、わずかに細くなる。
「習得速度。
詠唱の安定。
魔力消費の少なさ。
いずれも、高い水準にあります」
オットーは、指を折りながら続ける。
「《ライト》《ウオーム》《ウオーター》《ウインド》。
加えて、《ヒール》や《ミスト》といった支援寄りの初級魔法も、
本来よりかなり早い段階で、実用域に達しています」
言われてみれば、
遊んでいるつもりのうちに、だいぶ覚えていた。
◇
「特に注目すべきは、魔力線の制御です」
オットーの視線が、俺の胸元に向く。
「一本一本が非常に細く、滑らか。
しかも、それを同時に複数扱える」
「先日の、《ウオーター》と《ウオーム》を併用した湯の生成は、
まさにその長所がよく表れていました」
「ええ、本当に助かっていますわ」
お母さんが、すぐに言葉を添える。
「手荒れも減りましたし、
子どもたちも喜んでいますの」
後ろでミーナが、力強くうなずいていた。
「生活魔法、支援魔法の分野では、
このまま伸ばせば、領内でも有数の使い手になるでしょう」
そこで、オットーは一度、言葉を切った。
「しかし――」
空気が変わる。
◇
「中級以上の火力魔法。
いわゆる、戦場で主力となる分野では」
声が、少しだけ硬くなる。
「単属性に特化した才能と比べると、
どうしても差が出ます」
理由は明白だ、と言わんばかりに続ける。
「魔力線の太さと本数の問題です」
板に、簡単な図が描かれる。
太い線が数本の図。
細い線が無数に走る図。
「大きな威力を出すには、
太い線に一気に魔力を流す必要があります」
「アレン坊ちゃまにも、太い線がないわけではありません。
ですが、平均よりやや細い」
「その代わり、細い線の本数と精度は、
私の経験上でも、ほとんど例を見ません」
「結果として――
初級魔法の精密な操作には極めて向いているが、
中級・上級の大出力魔法には向かない、という評価になります」
◇
「多属性適性についても同様です」
オットーは、慎重に言葉を選ぶ。
「幅広く扱えるが、
一属性を極めた者のような爆発力は出にくい」
「現時点では、
幅広い初級特化と表現するのが、もっとも適切でしょう」
お母さんが、不安そうにこちらを見る。
お父さんは黙って聞いている。
ルークは、腕を組みながら、どこか納得した顔だ。
◇
正直なところ、その評価には心当たりがあった。
紙を揺らす《ウインド》。
光と影を同時に保つ《ライト》と《ダーク》。
ぬるま湯を作る、複数魔法の併用。
細かく、いくつも動かすのは楽だ。
でも、一発で大きなことをやろうとすると、すぐに息が上がる。
全部焼き払う火山にはなれない。
その代わり、蛇口をいくつも並べることならできる。
たぶん、それが俺だ。
◇
「もちろん、訓練次第で中級魔法の一部は扱えるでしょう」
オットーは、評価を下げきることはしない。
「ですが、
一人で上級魔法を放つ英雄の道は、
現実的とは言えません」
そして、結論を出す。
「むしろ、
初級魔法を徹底的に磨く方向に進んだほうが、
ご本人にとっても、周囲にとっても有益です」
「生活魔法、支援魔法。
そして、魔法の組み合わせや工夫」
まだ名前は出さないが、
頭の中では、たぶん同じ方向を見ている。
◇
「ガルド様」
オットーは、深く頭を下げた。
「前線の大砲をお求めであれば、
アレン様は適任ではありません」
「ですが、
領地を支える仕組みや、日常を底上げする力としては――
これほどの適性は、そう多くありません」
沈黙のあと、
お父さんが短く言った。
「よく分かった」
そして、俺を見る。
「アレン。
お前は、どうしたい」
いきなりの直球だった。
◇
少し考える。
でも、答えはもう決まっている。
「おっきい、まほうは、むり」
まず、ちゃんと認める。
「でも、ちいさいの、いっぱいできる」
手を開く。
「あったかくしたり。
みず、きれいにしたり。
ふとん、ふかふかにしたり」
喜ばれた顔が、いくつも浮かぶ。
「それ、もっと、やりたい」
それだけだった。
◇
お父さんは、少し目を細めた。
「そうか」
オットーに向き直る。
「初級特化でも、
領地の役に立つ、ということだな」
「はい。
むしろ、そのほうが」
「なら、それでいい」
即断だった。
「英雄だけが価値ではない。
この領地は、裏方に支えられている」
セバスが、静かに目を伏せる。
「その裏方を、魔法で強くできるなら、
ありがたい話だ」
◇
面談が終わる。
廊下を歩きながら、俺は考える。
初級だけでも、
まだまだ遊べることは山ほどある。
お湯。
乾燥。
光と影。
次は、土だ。
初級特化。
英雄から見れば、外れ値かもしれない。
でも、俺の感覚では――
これは、かなり当たりだ。
胸の奥が、ぽうっと温かくなる。
初級だけで、どこまでやれるか。
それは、思った以上に、面白そうな遊びだった。




