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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
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第8話 《ウインド》と影絵シアター

オットーの授業にも、少しだけ余裕が出てきたころ。


「では今日は、風属性初級魔法、《ウインド》をやってみましょうか」


黒板の前で、オットーがチョークをくるくる回す。



「《ウインド》は、一方向の風を起こす魔法です」


黒板に、矢印のついた線が描かれる。

簡単な図なのに、それらしく見えるのは、たぶん職業病だ。


「私の専門は、風と土ですからね。

 これは、得意分野ですよ」


少しだけ誇らしげな笑顔。


「まずは、紙が揺れるくらいを目標にしましょう」


机の上に、一枚の紙切れが置かれた。


「アレン坊ちゃま。

 掌を、こう」


差し出した手を、紙のほうへ向ける。


「胸の魔力を、流れに変える感覚です。

 水ではなく、空気。

 押し出すのではなく、通す感じで」


通す、か。


胸の溜まり場から、

さらさらでも、あたたかくもない感覚を引き出す。


窓から入る風。

前の世界で、扇風機の前に立ったときの風。

エアコンの送風――は、まだやめておく。


とりあえず、頬をなでるくらいの、やさしい風。


吸って。

溜めて。

掌の前を、すっと通り抜けさせる。



ふわ。


紙の端が、かすかに揺れた。


「……うごいた!」


思わず声が出る。


「ええ。今のが《ウインド》です」


オットーが、うなずいた。


「初めてにしては、かなり繊細ですね。

 多くの子は、最初、勢いよく押し出してしまうのですが」


「おしだす?」


「紙が飛んでいくくらいの暴風ですな」


前の世界で、

扇風機の風量を最大にして紙を吹き飛ばした記憶がよぎる。


あれも、たぶん《ウインド》だ。


もう一度、試す。


今度は、少しだけ強く。


ふっ。


紙が、ひゅっとめくれ上がった。


「おお」


「いいですね。

 あとは、方向と範囲を意識していきましょう」



《ウインド》の練習は、すぐに日常に溶け込んだ。


まずは、送風と乾燥。


洗った手に、そっと風を当てる。


「アレン坊ちゃま、これ、ほんっと助かります〜」


思わず、口から出た。


「……ぶんめい、ってかんじ」


「ぶんめい、ですか?」

ミーナが首をかしげる。


「ちょっと、らくで、すごい」


自分で言ってみて、だいぶ雑な説明だと思う。


「なるほど〜。

 ぶんめい、いい言葉ですね」


それ以来、ミーナは何かにつけて「ぶんめい〜!」と言うようになった。

少し違う気もするが、だいたい合っている。


洗濯物にも使ってみる。


「ミーナ、ここ、もってて」


物干し竿にかかったシーツの端を持ってもらい、

反対側から《ウインド》。


ふおお、と、シーツが大きくふくらんだ。


「わ、なにこれ!」


ミーナが笑いながら、風をはらんだ布に体をあずける。


「雨の日でも、中でやれば、ある程度乾きそうですね……」


年配のメイドが、真剣な顔で観察していた。



一番のお気に入りは、布団だ。


夜、寝る前。


布団をめくり、中に《ウオーム》であたためた空気を送り、

そこへ《ウインド》でやわらかく風を通す。


ふかふかで、あったかい空気が、布団の中に広がる。


「ふわぁ……」


変な声が出た。


前の世界では、

ボタン一つで、これができていた。


今は、それを自分でやっている。

それだけなのに、少し得した気分になる。


この世界には、コンセントもスイッチもない。

代わりに、胸の溜まり場がある。


それが、なんだか嬉しかった。



《ウインド》に慣れてきたころ。


オットーが、いつもと少し違う表情で本を持ってきた。


「アレン坊ちゃま。

 今日は、少し変わり種をやってみましょう」


黒い表紙の本。


「これは?」


「闇属性初級魔法の基礎理論書です。

 王都から取り寄せました」


「やみ……」


名前だけは、聞いたことがある。


「闇属性は、誤解されやすい属性です。

 邪術だと決めつける者も多い」


オットーは、静かな声で続ける。


「ですが、坊ちゃまは全属性反応を示した。

 教師として、ここを避けて通るわけにもいかなくてですね」


完全に、面白い教材を見つけた顔だ。


「もちろん、むやみに使うものではありません。

 ですが、光と影を理解することは、

 魔法全体の基礎にもつながります」



教えられたのは、《ダーク》。


「《ダーク》は、周囲の光をわずかに弱める魔法です」


「何も見えなくするわけではありません。

 存在感を薄くしたり、明るさを調整したりする用途です」


《ライト》の逆、という理解でいい。


部屋の隅、光の弱い場所に向けて、試す。


まぶしさが和らぐ夕方の部屋。

カーテンを少しだけ引いた窓辺。


真っ暗ではなく、影になる程度。


吸って。

溜めて。

その影を、そっと置く。



ぽう、と。

そこだけ、光が落ちた。


「……ほう」


オットーが感心したようにうなずく。


「力加減がいいですね。

 最初から暗闇を作ろうとしないのは、珍しい」


「まっくら、こわい」


「その感覚は、大切にしてください」



《ライト》と《ダーク》。


両方を覚えてから、

俺はすぐ「遊び」を思いついた。


「アレン坊ちゃま〜。

 今日も“ひかり遊び”、してくれます?」


台所の隅から、ちびっこ達の顔が三つ、ひょこっとのぞく。


屋敷で預かっている使用人たちの子どもだ。

年は、俺より少し下か、同じくらい。


「いいよ。

 でも、ちゃんと、ごはんたべてから」


「はーい!」


元気な返事が返ってくる。



夕食後の一時間。

客間の一つが、「影絵シアター」に変わる。


まず、《ダーク》で部屋をほんのり暗くする。

窓からの光を少し落として、

部屋のあちこちの明るさを、じわっと下げる。


そのうえで、壁の一面だけに《ライト》を当てる。


掌サイズのスポットライト。

そこだけ、ふんわり明るい。


「わー……」


子どもたちが、小さく歓声を上げる。


壁の明るい丸の前で、俺は指を動かす。


親指と人差し指をくっつけて、鳥の形。

耳のあたりを伸ばして、ウサギの形。

ちょっと崩れたキツネ。


「とりさんだー!」

「うさぎー!」

「それなに?」

「きつね……のつもり」


大ウケだった。



そのうち、影絵だけでは物足りなくなってきた。


今度は、小さな人形を作る。


ミーナが、端切れで簡単な人形を縫ってくれた。

丸い頭と、ひらひらした服。

とりあえず「おひめさま」と「ゆうしゃ」ということになっている。


それを《ウインド》で、そっと動かす。


「ゆうしゃさまが、まものをやっつけにいきます!」


一人の子が、勝手にナレーションを始めた。


「でも、まものはつよくてー……」


《ダーク》で、少し影を濃くする。

スポットライトの外側の闇が、ちょっとだけ迫って見える。


「こわいこわいこわい!」


子どもたちが、くすぐったそうに笑いながら、

互いにくっつきあう。


そこで、《ライト》を少し強くして、

おひめさま人形のほうを照らす。


「そこで、おひめさまが、まものをやっつけました!」


「え、そっち!?」


思わずツッコむと、

子どもたちがどっと笑い出した。


「おひめさますごーい!」

「ゆうしゃ、なにしてたの!」

「ねてた!」


「……ねてたのか」


なんだかよく分からないけど、盛り上がった。



影絵シアターが終わったあと。


ルークが、扉のところで腕を組んでいた。


「ルークにーさま!」


子どもたちが駆け寄る。


「おまえたち、もう寝る時間だぞ」


まだ幼さの残る声だけど、言い方だけは少し大人びている。


そう言いながらも、

ルークはさっきの様子をちゃんと見ていたらしい。


「アレン」


「なに?」


「今の、光と闇を同時に制御してたよね。」


「うん。

 くらくして、あかるくして」


「そう。簡単に言うとそうなんだけどな」


ルークは、ちょっとだけ真顔になる。


「アレン、やっぱりすごいよ」


「……すごい?」


「うん。

 そんなふうに、いろいろ思いついて、ちゃんと使えるの。

 お父さまたちも、きっと助かると思う」


少し照れくさそうに笑ってから、

俺の頭を、くしゃっと撫でる。


くすぐったいけど、嫌じゃない。



ベッドに入って、天井を見る。


魔法は、戦うための力だ。

たぶん、それも間違いじゃない。


でも。


光をつける。

影を作る。

風で人形を動かす。

それで、誰かが笑う。


そういう使い方も、確かにある。


手のひらに、《ライト》。

部屋の明るさを、《ダーク》で少しだけ落とす。


その小さなコントラストの中で、

俺は、ゆっくりと目を閉じた。


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