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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
4章 王立ヴィクリィール学園編 ― 才覚の線
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第79話 流れはじめたもの

その夜、トラル寮の部屋は、まだ少し落ち着かない空気に包まれていた。

学園生活、一週目。新しい時間割。新しい授業。新しい人たち。

知らないことだらけで、胸のあたりがずっとそわそわしている。


そんな中でも——

机の上だけは、いつも通りに整えてあった。

教科書とノートが三冊。


一番上のノートを、そっと開く。

午後の授業、「基礎魔法陣・一回目」のページ。

黒板に描かれた、《ライト》の魔法陣。


……本当に、没収されちゃったな。

昼間の光景が、自然と頭に浮かぶ。


アレンくんのノートをひったくって、《ライト》のページだけ破り取って、懐にしまい込んだオルフェン先生。

「落書きは没収だ」と言いながら、紙から目を離そうとしなかった横顔。


そんなに、変だったのかな。

いや、変なのだろう。教科書とは違うのだから。

でも——僕は、あの線がどうしても気になっていた。


 ◇


ペンを取る。

新しいページに、もう一度、《ライト》の魔法陣を描く。

まずは教科書どおり。


円。三つの紋様。短い線。

そこまでは、何度も練習した形だ。


次に——

アレンくんが足した一本を、記憶をたどりながら描き加える。

紋様の手前で分かれて、小さく回って、円の別の場所に合流する、あの線。


「ここで、分かれて……」


口の中で、小さくなぞりながら、ペンを動かす。

最初は、位置がうろ覚えで、三回目で、ようやく「これだ」と思える形になった。


描き終えた図を、じっと見つめる。

形だけを見れば、ただ線が一本増えただけだ。

それなのに——何となく、さっきから感じている違和感。

僕は、ペンの先で入口のところを軽く突いた。


「ここから、魔力が入ってきて」


そこから紋様へ向かう線をなぞる。


「ここで、光る」


そして、アレンくんが言っていた「溜める」場所。


そこから、足した一本へ。


「ここで、分かれて……」


一本の線が、小さな輪を描いて、円の別の位置に戻っていく。

そのとき——


「あ」


胸の奥で、何かが、ぽん、と弾けた。


「流れてる」


今、一瞬だけ、魔力がそこを通っていく道が見えた。


「……そうか」


今まで、ずっと逆だと思っていた。

線を増やすと、ごちゃごちゃ「汚く」なる。

だから、できるだけ減らして、左右対称で、シンプルに描くのが「美しい」と。


でも、止まってるなら、増やさないと、流れない。

線の上を、何がどう通っているかなんて、考えたことがなかった。


アレンくんは、違った。


「楽かどうか」「苦しくならないかどうか」


考えているのは、いつもそれだ。

正しいとか、きれいとか、そういう言葉は出てこない。

結果として「流れている線」になっている。


……ずるいな。


思わず、小さく笑ってしまう。


 ◇


「アレンくん」


ベッドの上で足を伸ばしていたアレンくんに、声をかける。


「ん?」


「……《ライト》以外でも、やってみていい、かな」


僕は、少しだけ迷ってから続けた。


「魔法陣のやつ。自分でも、線を足してみたい」


アレンくんは、意外そうに目を瞬かせてから、すぐに笑顔になった。


「いいんじゃない? 俺も見てみたいし」


少しだけ緊張していた肩の力が抜ける。

教科書をめくって、次のページに載っている魔法陣を探す。

選んだのは、《ウォーム》。

手を温めたり、水をぬるくしたりする、簡単な熱の魔法だ。


まずは、教科書どおりに写す。

小さめの円。内側に、渦巻きのような紋様。

そこへ向かう線が数本。形は、すぐにきれいに描けた。

問題は、そのあとだ。


ここから入ってきて、ここで熱になる……

頭の中で「動く様子」を想像してみる。


描き終えて、ノートを見下ろす。

入口からの道、溜める場所、戻る道、包む蓋。

自分の中では、一応、全部意味がある。


「アレンくん、ちょっと、見てもらってもいい?」


アレンくんは、ベッドの上に座り直して、ノートを受け取った。

何も言わずに眺める。目が、線の上を何度も往復する。


「うまく動かないと思う」

「だよね……」

「でも、ここから流してみたいって考えてるのは分かる」



 ◇


ランプの火が、静かに揺れていた。

アレンくんは、もうベッドに潜り込んで、寝息を立てている。

僕は、机の前で、もう一度ノートを開いた。


教科書どおりの《ライト》と《ウォーム》。

アレンくんが直してくれたもの。


教科書のは、形はきれいだ。

でも、入口から入った魔力が、目では追えない。

アレンくんのは、流れが見える。ちゃんと「通り道」になっている。


「ちゃんと流れるから美しいって考えも、あるのかもしれない」


だったら——

僕も自分で描けるようになりたい。

意味のある線を、いつか自分で。


 ◇


同じころ——

石造りの別棟では、一人の男が机に向かっていた。


オルフェン。


ランプの灯りに照らされた机の上には、紙が三枚、静かに並んでいる。


一枚目は、入試のときの、魔力線図の写し。

背骨に沿った主線。

そこから枝分かれする線。

さらにその上に重なる百本を超える細い線。


何度見ても、自分の目には三十本までしかはっきり見えない。

残りは、「ある」としか言えない世界だ。


二枚目は、訓練場での身体強化を、自分の記憶から描き起こした図。

少年の胸の真ん中に、小さな光。

そこから、必要な瞬間だけ、足首や膝や肩へ飛ぶ「点」の光。

膜のように覆うのではなく、必要なところにだけ刺さる「灯」。


三枚目は、今日、授業中にこっそり破り取ってきた紙片。《ライト》の魔法陣。

教科書どおりの、稚拙でシンプルな図——に、一本、細い線が足されている。


オルフェンは、三枚の紙を、順番に見比べた。


どれも、まったく違う。

だが、目を離せないという一点では、同じだった。


緻密な細線が織りなす、編み物のような様式美。

太い線が一気に走り抜ける、鼓動のようなダイナミズム。

余白と線の比率が作り出す、骨格の黄金バランス。


美しい。


複雑でありながら、破綻しない。

精巧でありながら、どこか野性を残す。

強い一撃でありながら、その軌跡が一枚の絵として完結している。


魔法だろうと、身体強化だろうと、魔法陣だろうと──

完成しているものは、同じ高さに立つ。


オルフェンは、かすかに口元を歪めた。


「厄介な子どもだ」


4章これで終わりです。

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