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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
4章 王立ヴィクリィール学園編 ― 才覚の線
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第76話 豆つぶの灯り

王立学園の合格通知が届いた。

分厚い封蝋つきの封筒を開いたとき、最初の紙には、無慈悲にこう書かれていた。


「筆記:補欠合格」


だが、二枚目に挟まっていた追伸の紙には、小さな字で続きがあった。


「繰り上げ本合格とする。王立学園魔法科 一年次への入学を許可する。」


「ハハ、良かった」


ちゃんと入学って言われた。

それだけのことなのに、手が震えた。

ちゃんと、自分の足で、ここに来れたんだ。

そう噛みしめてから、アレンは入寮許可証を胸にしまった。


 ◇


王立学園の合格通知から、そう時間を置かずに入寮の日が来た。

正門から伸びる石畳は、やがて四つに分かれる。


南エリア——サンラ寮。

豊穣の女神を戴く、穏やかで誇り高い寮。

白石の塔が天を突く。

窓枠には金の装飾が施され、陽光を反射している。


北エリア——バルケ寮。

山神の名を冠する、武骨なる寮。

石壁は厚く、黒ずんだ鉄の装飾が門を囲む。

どこからか、鈍い金属音が響いていた。


東エリア——ルザア寮。

海の古神を奉ずる寮。

潮風が抜ける開けた区画。

建物の外壁には波紋を思わせる紋章。


西エリア——トラル寮。

森神の名を戴く、辺境と商家の子が多く集う寮。

派手な装飾はない。

だが、門柱には古い刻印がある。

森神の紋。


アレンは、無意識に息を吐いた。


「……ここか」


アレンは、肩に荷物袋を担いだまま、しばし立ち止まった。

石と木が半々くらいの造り。

よく言えば、あたたかい。悪く言えば、庶民的。


「はい、次の人〜。名前と出身領言って」


入口の机に座った女性が、手元の紙をぱたぱたとめくりながら声をかけてきた。


「あ、はい。アレン・ハルトシュタインです。西のハルトシュタイン辺境領から」


「はーい、あったあった」


女性は、慣れた手つきで紙をたどる。


「アレンくんは二人部屋ね。

同室は——ええと、ノエル・ハーゲン。西方の小貴族の三男坊ね」


「ノエル……」


どこか、女の子みたいな名前だと思う。口には出さないでおいた。


「部屋は二階の奥。階段上がって左突き当たり。

荷物置いたら、食堂で説明会だから、遅れないようにね」


「はい。ありがとうございます」


アレンは、小さく頭を下げて、寮の中へ踏み入れた。


 ◇


二階へ続く階段は、ところどころ磨り減っている。

手すりの木には、先輩たちの落書きが刻まれていた。


がんばれ一年

ここから先、現実

オルフェンの線講義注意


思わず苦笑しながら、突き当たりの扉の前に立つ。


「失礼します……」


軽くノックして、戸を開けた。


六畳ほどの部屋に、ベッドが二つと、机が二つ。

中央に、小さな丸いテーブル。窓からは、中庭の木が見える。


その一つのベッドの上で、本を読んでいた少年が、顔を上げた。

少しおどおどとこちらを見つめる。


「あ、えっと……」


少年が慌てて立ち上がった。


「ノエル・ハーゲンです。今日から、同室……だと思います」

「アレン・ハルトシュタインです。よろしくお願いします」


互いに、少しだけぎこちなく頭を下げる。


「あの、その……」


ノエルが、口をもぞもぞと動かした。


「入試のとき、走ってた……人、だよね?」

「……うん」

「やっぱり」


ノエルは、ほっとしたような、でも余計に緊張したような表情を浮かべた。


「あの、あの走り、すごかった。壁のとことか、雲梯とか……」

「あれは、たまたま」

「でも、騎士科の人たちが、みんなざわざわしてて」


お互いの間に、微妙な空気が漂う。

——あの、豆粒みたいなライトも見られている。


自分の席に荷物を置いた。

なにを話していいのか、まだ分からない。


「……あの」


ノエルが、おずおずと続ける。


「実技も、すごかった……」

「豆粒……?」

「すごく、揺れなかったから。……あ、変なこと言って、ごめん」

「いえ」


アレンは、少しだけ笑った。

やっぱり見られていた。

でも——落ち込んでばかりも、いられない。

王立学園魔法科一年の生活がこうして始まった。


 ◇


トラル寮の食堂は、想像していたよりもずっと賑やかだった。

長机がいくつも並び、皿とスプーンの音。

寮母の怒鳴り声に、上級生たちの笑い声がごちゃ混ぜになっている。


「一年、こっち空いてるぞー!」


大きな声に振り向くと、少し離れた机の端で、数人の上級生が手を振っていた。


「行こうか、アレンくん」

「うん」


木のトレイを持って、ノエルと一緒に席につく。

スープ。パン。少しだけ肉。

子どもの家より豪勢で、王都の高級宿よりずっと気楽な夕飯。


「おう、新顔だな」


対面の上級生が、気さくに声をかけてくる。


「アレンです」

「ノエル・ハーゲンです。よ、よろしくお願いします。ぼ、僕、一年で」

「固い固い。ここじゃ年も家も関係ねえからな」


ひとりが笑い飛ばし、ふとアレンの顔を見る。


「あ?」


目が細くなる。


「おいおい、もしかして——入試で噂の豆粒くんか?」


別の上級生が身を乗り出した。


「豆粒ライトだったってやつ。でも走りだけは騎士科越え」

「壁走り、食後の余興にどうだ?」


笑い混じりの言葉。悪意がないのは分かる。

でも、刺さるものは刺さる。

隣で、ノエルがそっと息をのんだ。


「アレンくん、その——」


アレンは、少しだけ肩をすくめてから、真顔で言った。


「今日はしません」


そのときだった。

がたん、と椅子が引かれる音が、食堂の音の層を切り裂いた。

力を押し殺したときの、短く、鋭い音。

視線が一斉にそちらへ向く。


少し離れた席で立ち上がった上級生がひとり。

深い緑の制服。きちんと留められた襟。

姿勢はまっすぐで、目だけが、ほんの少しだけ熱を帯びている。


ルーク・ハルトシュタイン。

口を開いたときの声は、驚くほど抑えられていた。


「……言葉を選べ」


それだけで、近くの卓が静まる。


「え?」


さっき「豆粒」と言った上級生が、気まずそうに振り向いた。

ルークは、一度だけアレンを視界の端で確認して、からかった当人のほうをまっすぐ見た。


「あいつは、豆つぶじゃない」


言葉を区切る。


「あの夜——砦の前線を照らし続けた灯だ」


トラル寮にいる者なら、誰もが知っている夜。

スタンピードの悪夢。

辺境から伝わった「灯」と「泥」の話。


「あの灯がなければ、今ここで笑っていられる人間は、半分もいなかった」


淡々とした口調。それでも一語一語が、重く落ちる。

からかっていた上級生が、わずかに目をそらした。


「……悪かったよ」


しばし沈黙の後、ぼそりと謝る。


「いや、別に——」


アレンが慌てて口を開きかけたとき、ルークと目が合った。

ほんの一瞬。


「……兄さん」


ルークは、少しだけ視線を外し、呼吸を整えてから言った。


「——あとで、話をしよう」


それだけ告げて、椅子を静かに戻し、席に座り直した。

食堂のざわめきが、徐々に戻っていく。

ノエルが、隣で小さく囁く。


「……アレンくん、今の人」

「うん。兄さん」


スープをひと口飲み込む。

温度はちょうどいいのに、喉を通る感覚だけが、やけにぎこちなかった。


 ◇


夕食が終わり、人の流れが一段落したころ。

食堂から寮の廊下へ出ようとしたところで、背中から声が飛んできた。


「……アレン」


呼び方が、昔と同じだった。

振り返る。


「ルーク兄さん」


昼間の光ではなく、寮の廊下にともされたランプの灯り。

陰影が深くなった兄の顔は、記憶の中の少年から、大人と少年の間くらいに変わっていた。

アレンは、ルークの後を追った。


 ◇


二人が足を止めたのは、寮の裏手にある、小さな中庭だった。

石畳の床に、腰の高さほどの石の縁。真ん中には、小さな噴水。

夜気が、ほんのり冷たい。人の気配は、ほとんどない。


ルークは、噴水の縁に背を預けると、しばらく無言のまま、アレンを見つめた。

アレンも、どこから話せばいいのか分からず、同じように黙っていた。

口を開いたのは、ルークだった。


「……あれから、何があった」


その一言に、全部が詰まっている気がした。

少し迷ってから、アレンは、なるべく淡々と、順を追って話した。


スタンピードのこと。

砦前の泥レーンと眠り石。

側面に回って、一度だけ撃った十倍ショットのこと。

森で倒れて、目覚めたら世界樹の根元だったこと。

魔力線が焼けて、「前みたいな魔法使い」には戻れないと告げられたこと。


世界樹の不調と、点滴みたいな『浄化+水+ヒール』。

瘴気石を泥で包んで封じたこと。


王都に返されてから、英雄様として持ち上げられて.。

すぐに「呪いの子」みたいに扱われて宿を追い出されて。

子どもの家に拾われたこと。

テオやグレンやミレーネと、焼き肉屋を始めたこと。

そして——

魔法がほとんど撃てなくなった代わりに、《瞬間ブースト》で走るようになったこと。


ルークは、一言も口を挟まなかった。

ただ、最初から最後まで、アレンの言葉を、静かに聞いていた。


話しているうちに、自分でも「かなりの無茶をしたな」と、改めて思う場面が何度もあった。

十倍ショットのところ。

世界樹に魔力を流したところ。

焼き肉屋を始めるときの、妙な勢い。


兄さんから見たら、言いたいことは、山ほどあるよな。

叱られるのも、怒鳴られるのも、当然だ。

だが、全部話し終えたあと——


「……よく、生きて戻ってきた」


ルークの声は、かすかに掠れていた。

次の瞬間、身体ごと、ぐいっと引き寄せられる。


「うわ」


思わず、変な声が出る。

気づけば、兄の腕の中にいた。子どもの頃より、ずっと力が強い。

でも、何も変わっていなかった。

ぎゅう、と。少し乱暴で、でも痛くない力加減。


「……本当はな」


耳元で、低い声が落ちる。


「叱りつけようって思ってた」

「え?」

「二度と勝手な真似をするなって言ってやろうと思ってた」


ルークの腕が、わずかに震えた。


「豆粒なんて呼ばれてるの聞いて、我慢ならなかった」


短く、吐き捨てるように。


「でも、お前の顔見たら——」


少しだけ、腕の力が緩む。


「面影はそのままで、ちょっと背が伸びてて、前より無茶しそうな顔になってて」

「ひどくない?」

「褒めてる」


言葉とは裏腹に、声は少し震えていた。


「それ見た瞬間、もう何も言えなくなった」


アレンの肩口に、何か温かいものが落ちた。


涙だと気づくまでに、数秒かかった.


「……兄さん?」

「生きててくれて、ありがとう」


それは、叱責でも命令でもなく、ただ、一人の兄の本音だった。

アレンは、返す言葉を探して——

そっと兄の背中に腕を回した。



 ◇


部屋に戻ると、ノエルが机に向かって座っていた。

木の机の上に、本がきれいに積まれている。


「あ、おかえり、アレンくん」


ノエルが顔を上げる。


「お兄さんと、話してたの?」

「うん。ちょっとね」


アレンは上着をフックにかけながら、机の上の本に目をやった。


「これ、ノエルの?」

「う、うん。僕の宝物」


ノエルは、少し照れたように笑う。


「家に置いとくと、そんなものより試験対策の問題集を読みなさいって言われるから。

だったら、こっちに持ってきたほうが安全で」

「オルフェン先生の本だよね、それ」

「そう。『美しき魔法』全十巻セット」


ページの端は、どれも少し擦り切れている。

何度も何度も開かれた証拠だ。


「きれいな線の描き方とか、左右対称の魔法陣の意味とか」


ノエルは、本をそっと撫でるように指でなぞる。


「魔法は、美しくあるべきだって話が、いっぱい書いてあって。

僕、これ読んでるときが、一番落ち着くんだ」

「へえ」


アレンは、興味深そうに背表紙を眺める。

ノエルは、自分のノートも開いて見せた。

中には、教科書どおりの魔法陣が、きっちり写し取られている。


「ねえ、聞いてもいい?」

「うん?」

「入学のときの、あの身体強化……みたいなやつ。どうやってやってるの?」


ノエルの声は、ほんの少し震えていた。


「教科書で習ったやり方じゃ、あんな動きできないと思うから」


アレンは、ベッドの端に腰を下ろした。

ノエルが、先に言葉を出す。


「身体強化ってさ、魔力線に流すよね。魔核からマナを全身に回して、出力を底上げする」


ノエルのつぶやきに答えを返す。


「でも俺は、線が焼けてるから」

「……」

「だから、線を通さない」


静かな声。


「魔核から、必要な場所に、直接飛ばす」


部屋が、しんとする。


「そんなの身体強化じゃ、ないじゃないか」

「うん。でも、できてる」


その一言で、余計に静かになる。

ノエルは視線を落とした。


「……だから、あんなに速かったんだ」


アレンは肩をすくめる。


「たぶんね」

「線を使わないほうが、正解のこともあるの?」


アレンは、少しだけ考えてから答えた。


「分からない」

「……」

「ただ、俺はその場で、生き延びる方法を選んだだけ」


『美しき魔法』は今も変わらずそこにある。

でも——教科書の線を外れてしまった魔力がちゃんと届いている。

その事実だけが、胸の中でじわじわと重くなる。


「……やだな」


思わず、本音が漏れた。


「え?」


ノエルは、苦笑いとも泣き笑いともつかない顔をした。


「教科書どおりにぼくはやりたい。それが正しいって信じたい」

「……うん」


アレンは、それを否定しなかった。


「……ごめん。今日は、ここまでにしとく」


窓の外では、学園の塔に灯りがともり始めていた。

豆粒みたいな灯りが、遠くでいくつも、瞬いている。


そのどれか一つくらいは——誰かの役に立っていてもいい。

アレンは、そうぼんやりと思った。


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