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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
4章 王立ヴィクリィール学園編 ― 才覚の線
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第74話 出てこない大魔法

翌日。

筆記の合格発表は、思ったよりあっさりしていた。

王立学園の正門横の木の板に、大きな紙が何枚も貼られている。


「合格だー!」

「やった! 受かった!」


あちこちで歓声が上がる。

泣く者も笑う者もいる。歓声と嗚咽が入り混じった。

そのざわめきの少し外側で——

アレンは紙の端から指でなぞるように、目で追っていった。


ア、ア、ア……。

アーネスト。

アーリィ。


「……ない」


小さく漏れた声は、歓声にかき消される。

紙の一番下には、「補欠者一覧はこちら」と、矢印付きで別紙が貼られていた。


補欠の紙は、本合格のものより一回り小さい。

ここにも、なかったら——

喉が、からからになっていく。


「……あった」


補欠欄の、一番上。アレン・ハルトシュタイン。

自分の名前が、そこにあった。


「……よかった」


思わず、その場でへなへなとしゃがみ込みたくなるのを我慢する。

周りの声が、少しずつ耳に戻ってくる。


「補欠かー。繰り上がるといいな」

「補欠ってさ、結局半分くらいは落ちるって聞いたけど?」

「でも、ゼロじゃないだろ」


笑い声。ため息。いろんな感情が、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。

ギリギリだけどそれでも、落ちていないという事実に、アレンは深く息を吐いた。

——問題は実技……だ。


 ◇


「これより、魔法実技試験を行う」


学園の訓練場へと移動する。

高い石壁に囲まれた広い土の広場。

いくつかの的と、簡易の防御結界が張られている。


「受験番号順に呼ぶ。

呼ばれた者は前へ出て、指定された魔法を一つ、的に向かって放つこと」


順番待ちの列にアレンも並ぶ。


 ◇


「受験番号二七。カーラ・ミストン」


「はい!」


前に出た少女が、胸を張って返事をする。

担当教員が告げる。


初級火属性魔法ファイアボールを、的に」


カーラは一度深呼吸し、スッと手を掲げた。


《ファイアボール》


空気が、ぴり、と熱を帯びる。

拳大の火球が生まれ、そのまま一直線に飛ぶ。

土の的に、どん、と音を立てて命中した。


「威力も制御も、初級としては上々だ」


試験官が頷く。

列のあちこちから、「おお〜」と小さな感嘆が漏れた。


「受験番号二八。レイモンド・クラン」

「はい!」


今度は少年。


中級水属性魔法ウォーターカッター、制御射出」


レイモンドは杖を構え、短い詠唱を口にする。

細く鋭い水の刃が、空気を裂いて的の端を綺麗に切り裂いた。


「まだ安定には欠けるが、この年齢なら十分だろう」


試験官の声に、周囲がざわつく。


「中級きた」

「あいつ、どこの家だ?」

「クラン家だろ。やっぱり金持ちの子は違えな」


そんな声を聞きながら、アレンは自分の手のひらを見下ろした。


 ◇


そのとき、列のうしろ側がざわついた。

目立つローブ姿が一人、ゆっくりと歩いてきた。

細い眼鏡をかけきっちりとした男が、ずかずかと割り込んでいった。


「オルフェン先生、実技の指揮は——」


担当教員が控えめに声をかけるが、オルフェンは片手を軽く上げて制した。


「案ずるな。ただ、ひとつ、見たいだけだ」


ちらりと、手元の書類に目を落とす。

そこには、受験者一覧と簡単な属性情報が記されていた。


「……ふむ」


小さく呟いたあと、オルフェンは列の中からアレンを目で探し当てた。


「アレン・ハルトシュタイン」


周囲の視線が、一斉にアレンへ向かう。


思わず、声が裏返りそうになりながら返事をした。

オルフェンは、じっとアレンを見つめた。


「筆記の線は見せてもらった」


低く、しかしはっきりと告げられる。


「あれほどの魔力線図は、学園の歴史にも前例がない」

「あ、ええと……」


オルフェンは続ける。


「全属性を持ち、あれだけの線を描く。ならば、この程度の試験では、君の実力を測れん」


そこで、担当教員の方を向いた。


「この受験者に限り、指定魔法の枠を外す」

「え? ちょ、ちょっと先生——」


オルフェンは遮るように言った。


「試験条件は理解している。だが、例外というものは、例外と呼ぶに足る価値があるときに使うものだ」


周囲がざわめく。


「ルール変えたぞ」

「え、アリなのそれ」

「線バカ先生やりたい放題だな」


好き勝手なささやき。

オルフェンは、アレンに向き直った。


「アレン・ハルトシュタイン、遠慮はいらない」


静かながら、熱を帯びた声。


「君がもっとも得意とする魔法を見せなさい」


周りの空気が、一気に変わる。


「線バカ先生のお気に入り確定だな」

「やばい魔法、ぶっぱなすのか? ここで?」


好き勝手な声が飛ぶ。

アレンの胃が、きゅうっと縮こまった。

順番は、もうすぐそこまで来ていた。


 ◇


「受験番号三二。アレン・ハルトシュタイン」

「……はい」


前に出る。的までは、十数歩。

担当教員が何か言いかけたとき、オルフェンがそれを手で制した。


「この者は自由指定とする」


堂々と言い切る。

今の自分には、「外に撃つ」ことが、ほとんどできない。

やるしかない……な。

アレンは、呼吸を整えた。


胸の真ん中あたり。柔らかい魔力核。

そこから、できるだけ太い線を——

でも、焼け残った主線を無理に使いすぎないように、慎重に魔力を集める。


《ライト》


ぽっ、と豆粒ほどの光が灯った。


小さい。

あまりにも、小さい。


周囲から、戸惑いの気配が広がる。


「……それだけ?」

「は?」


ひそひそ声。くすくす笑い。

だが——オルフェンは、笑わなかった。

ゆっくりと数歩近づき、掌の光を凝視する。

沈黙。


「……揺れがない」


ぽつりと、呟くと周囲が静まる。


「魔力の滲みも、乱れもない。出力を極限まで抑えながら、完全に均衡を保っている」


豆粒の光は、確かに小さい。

だが、微塵も震えていなかった。


「ここまで光量を絞るには、相当な制御が要る」


オルフェンの目が、細くなる。


「通常、出力をここまで落とせば、光は瞬きのように揺らぐ。

だがこれは違う。まるで最初からこの規模で設計された光だ」


ざわり、と空気が揺れる。


「……なるほど。まずは基礎で魅せた、ということか」


納得したように頷く。


「この規模で、完全制御を示し——」


オルフェンは、アレンを真っ直ぐ見据えた。


「次に、本命を見せるつもりだな?」


「え?」


アレンが思わず声を震わせた。


「この程度の光量は、ある程度優秀な者でも練度を積めば可能だ。

だが、ここまで整った流れはそうそう見られぬ」


オルフェンは、一歩下がり、アレンに向かって右手を広げた。


「……大魔法を見せなさい。」


今、なんて?

大魔法。ここで。自分が。


「ここにいる者は、皆、本物を見る覚悟はできている。隠す必要はない」


オルフェンの目は、疑っていない。

完全に「ある」と決めている目だった。

アレンの背中に、冷たい汗が流れる。


「い、いえ、今のが……その……外に出せる、精一杯で」


「何?」


一瞬、迷う。

けれど、どうせどこかでわかるなら、ここで言っておいたほうがいい。


「二年前、スタンピードで……魔力線を焼き切りました」


周囲がざわつく。


「いまは、残った線で、少しだけ流せます」


掌の光はまだ揺れずに灯っていた。

それを見つめながら、正直に続ける。


「……もともと、初級魔法しか扱えないんです」


 ◇


「……ありえん。あれほどの線を描いておきながら」


自分に言い聞かせるような口調だった。


「外に放てる魔法が、この程度だと? そんな魔道士は、聞いたことがない」


オルフェンの静かな言葉には、はっきりとした苛立ちがあった。

周りの受験生たちが、息を呑む。


「魔法は、美しく描き、美しく流し、美しく放つものだ」


それは、彼の信条そのものだった。


「中身がこれほど貧相では、よもや魔法などでない!」


誰かが、「そこまで言わなくても」と小さく呟いた。

でも、どこかで納得している気配もあった。


 ◇


「でも、身体強化みたいなことは、少しだけできます」


オルフェンが、鼻で笑う。


「そんなものは、底辺魔法だ。補助術にすぎん」


周囲の何人かが、複雑そうに眉をひそめた。

騎士科志望らしい子どもたちだ。


「おいおい、身体強化がなんだって?」


軽い声が、横から割り込んだ。

厚い胸板に、片側だけまくった袖から覗く、無駄のない筋肉。

騎士科担当教官、ローガンだった。


「それなら俺の担当ですよ、オルフェン先生」


にやり、と笑う。


「ローガン。今は魔法科の実技試験中だ。騎士科のは——」

「確認ですよ」


ローガンは、事務の教員の方をあごでしゃくった。


「学内でも揉めてるらしいな?」


事務教員が、咳払いをする。


「……ま、まあ、ごく一部で補欠に入るのはおかしいという意見もあります。

身体能力に相応の実力があれば、説明がしやすいかと」


「外に撃てりゃ魔法、ってわけでもねえだろ?」

「……撃てぬ魔法は、未完成だ」


言い切ったあと、オルフェンはしばし沈黙した。


「……無駄だが、一応見ておく。ただし、合否とは無関係だ」

「十分だ。よし、一度走ってもらおう」


ローガンが、楽しそうに笑った。

訓練場脇の騎士科の障害物コースを指さす。


「ロウガ! 見本だ。本物を見せてやれ!」


一人のがっしりした少年が前に出てくる。

短く刈った髪に無駄のない動き。

騎士科が誇る、身体強化エリート——ロウガ。


「うわ、マジか。あの人のタイム見せられたあとで走るの、キツ……」


『身体強化みたいなこと』……なんて言わなきゃよかった。

けれど、もう遅い。


オルフェンは腕を組んだまま、冷ややかに視線を向けた。

ロウガがスタート地点に立つ。

アレンはその背中を見つめていた。

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