表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
4章 王立ヴィクリィール学園編 ― 才覚の線
73/81

第73話 121本の魔力線

王立学園の受験会場は、石畳の中庭にあった。

臨時の白い天幕が張られ、講堂と合わせれば受験生は数百人にのぼる。


上等な仕立ての服に身を包んだ子。

なんとか間に合わせてきた襟のほつれた子。

年齢も、背丈も、緊張の具合もばらばらだ。


ざわめきに飲まれそうになりながら、深呼吸を一つ。

王都に来る前の日々を思い出す。

リュシュアの、容赦のない詠唱テスト。

エリュナと一緒に、半泣きで丸暗記した年代と用語。

あれに比べたら、きっとなんとかなる。


 ◇


「これより、筆記試験を始める」


前に立った監督教員が、事務的な声で告げた。


「時間は九十分。

各自、答案の指示に従い、解答すること」


試験用紙が配られていく。

隣の子が、紙を受け取った瞬間、当たり前のようにペラッと裏を確認し、机に伏せた。

その向こうの列でも、同じ動き。

自分の番が回ってくる。


「はい」


差し出された紙を受け取り、表を見た。

そこには、人のシルエットが描かれていて——

その下に、一行だけ。


> 「あなたの身体を流れる魔力の線を、思うままに描きなさい」


「…………え?」


思わず、声がでかかった。


これだけ?


もっと、こう……

「王の名前を答えよ」とか、「魔法陣の基本構造を三つ挙げよ」とか、そんなのが並んでいると思っていた。

ペンを持つ手が、しばし宙をさまよう。

けれど、すぐに息を整えた。


……まあ、でもこの問題自体、別に簡単というわけでもない。

自分の体の中にどれだけ魔力線があって、どこをどう通っているか。


それを「思うままに」描こうとしたら——

たぶん、時間はいくらあっても足りない。

すぐに目の前の紙に没頭した。


 ◇


まず、背骨に沿うように一本。

太い「主線」から、肩へ。腕へ。腰から脚へ。

指先。足先。そこまで伸ばす。


蜘蛛の巣みたいに広がっていたはずの細線を思い出す。

焼け落ちたところ。

生き残ったところ。

そこから新しく生えたところが入り混じっている。


一本一本、確かめるように線を落としていくうちに、時間の感覚が少しずつ薄れていく。

気づけば、ペン先は百本を超えていると思う。

自分でも気付かないまま集中してたようだ。


 ◇


「ふう……」


小さく息を吐いて、ペンを置く。

そのときふと周りが気になる。


「カリカリ」と文字を書くようなペンが走る音。

なんとなく、用紙をつまみ裏返した。

そこには、びっしりと問題文が並んでいた。


……あ。


変な声が漏れそうになるのを、必死に飲み込む。

さっき見た子たちの動きが、頭の中でつながる。


うら、あったんだ……


「試験終了まで、残り十五分」

監督の声に冷や汗が、じわっと背中を伝う。


手が勝手に動き始めた。

基礎理論の一問目。

リュシュアから何度も何度も叩き込まれたところだ。

書く。


次。

エルフの世界樹周辺史。

エリュナに読み聞かせられた本の一節が、そのまま浮かび上がる。

書く。


「残り十分」


大丈夫、焦るな。問題は簡単だから落ち着けば解ける。


「残り五分です」


早い……

まだ空白が七割並ぶ裏面を前に、ペン先が急に重くなった。

それでも、一問でも多く埋めようと、必死に紙に食らいつく。


「残り一分」


もう、字が潰れていようが構っていられない。


 ◇


「そこまで。ペンを置き、用紙を机の上に伏せなさい」


監督の声が、容赦なく終わりを告げた。

裏面は、結局最初だけでほとんどが真っ白なまま。

前の列から、答案回収が始まる。


回ってきた職員が、用紙を一枚一枚めくるたびに、裏の書き込みの差が露わになる。


「……?」


一瞬、手が止まったような気がしたが、すぐに何事もなく束に重ねられた。


 ◇


会場を出ると、廊下と中庭には、もうわいわいと声が飛び交っていた。


「裏のあの中級、最後のとこムズくなかった?」

「属性干渉のやつ? あれ時間足りねえって」

「表のやつ? ああ、三本だけ線引いといた」

「三本? 多すぎね? 俺なんか一本だけだぞ。太いのドン、って」

「だって、本番は裏だろ。表は魔力ありますアピール用の飾りだろ?」


そんな会話を横目に、

アレンはなんとなく柱のかげに寄りかかって、息を整えていた。


「なあ、お前、どうだった?」


隣にいた少年に、唐突に声をかけられる。


「あ、ええと……」


アレンは、正直に答えた。


「表を、ずっとやってて。裏は、途中までしか——」

「…………は?」


少年の口が、半開きになった。


「あれ、本気でやるやついる? 書くことないだろ普通」

「まあ、あります」

「田舎だと、ああいうのちゃんとやれとか言われんのかな……」


もう一人が、ひそひそと囁く。


やっぱり、裏からやるのが常識だったんだ。

アレンは、苦笑するしかなかった。


線はある程度描けた。やることはやった——

それでも急に肩が重くなって足早に会場を後にした。


 ◇


厚い石壁と高い窓に囲まれた、一室。

静かに紙がめくられ、赤いインクが走る。


「……今年もまた、ひどいものだな」


白髪交じりの男が、眉間に皺を寄せる。

王立ヴィクリィール学園・魔法科教員、オルフェン。

人の魔力線を「三十本まで視認できる」と豪語し、「魔法はまず、美しくあるべき」と信じて疑わない男だ。

その手元に積まれた答案用紙の表には、雑にひかれた線が十本前後。


「太さがばらばらだ」

「詰まりすぎている」

「ここで突然途切れる。意味が分からん」


無言のうちに、次々と減点を刻んでいく。

周りの若い教員たちは、苦笑いを浮かべる。


「オルフェン先生、また始まった」

「今年はまだマシですよ。去年は『こんな線しか引けぬなら、魔法などやめてしまえ』って——」

「聞こえておるぞ」


オルフェンが、ちらりと睨む。

若手たちは、慌てて口をつぐんだ。


 ◇


彼にとって「美しい魔力線図」と呼べるものは少ない。

次の答案——その表面に、びっしりと走る線。


「……ふむ?」


オルフェンの手が止まった。

今までのものとは、密度も、質も、明らかに違う。


背骨に沿った一本の主線。

そこから枝分かれし、さらに細い網の目のような線が重なる。


「……これは」


オルフェンは、思わず前のめりになった。

自分の目で視認できる魔力線は、三十本が限界だ。


「ここまでは、私にも見える世界だ」


そこから先——

細線が、さらに蜘蛛の糸のように伸びていく。


「これは第二循環路……いや、それより細い」


紙の上では、迷いなく線として走っていた。


「さらに補助線を重ねている……多重構造……?」


思わず、ペンを置く。


「……百、百十……」


指折り数えた結果、「百二十一」本だった。

オルフェンは、しばし無言で紙を見つめる。


まだ名前すらない線。


これを学会に出せば、常識がひっくり返る。

だが今は——入学試験の答案だ。


採点欄には、規則どおり数字を書かねばならんのか。

オルフェンは、わずかに口をゆがめる。

採点欄には魔力線図の満点の「30」と記した。


そして、答案の隅に、小さく自分だけが分かる印をつける。

この子だけは——覚えておかねばならん。


 ◇


テスト用紙を裏返す。

そこは、ほとんど白紙だった。

よく見れば、最初の数問だけが、丁寧な文字で埋まっている。


「……なるほどな」


これだけの線を描き込めば、時間などいくらあっても足りぬ。

解いてある数問はどれも、正解。

地頭は悪くないのだろう。

田舎貴族、受験慣れしていない子か……

惜しい、と素直に思った。


「先生」


事務の教員が、集計用紙を抱えて近づいてくる。


「今年の合格ライン、決まりました」

「ふむ。いくつだ」

「本合格ラインは五十八点。

補欠は、五十点からに設定しています」


オルフェンは、手元の答案をもう一度見る。

魔力線図——三十点。

裏面——解いた数問を足して二十点。


「五十点……ギリギリだが、補欠には入るか」


胸の奥が、わずかに軽くなる。


「毎年、何人かは辞退する。これだけの線を描ける子どもを門前払いにするのは、学園にとって未来の損失だ」


誰にともなく呟き、オルフェンは答案の名前を確認した。


「……アレン・ハルトシュタイン」


魔法実技が、楽しみだ。

どのような大魔法を、美しく描いてみせるのか——

そうほくそ笑んで、軽快に赤インクを残りの答案用紙に刻んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ