第71話 腹をふくらませる英雄様 閑話
営業が終わり、子どもの家の前の空き地から、
ようやく煙が引いていく。
土のかまどから炭をかき出し、
テーブルの上をざっと拭く。
いつもの、終わりの匂い。
「アレン、こっち」
桶を運んでいたところで、ミレーネに呼ばれた。
「なんか偉そうなの届いたわよ。ほら」
渡された白い封筒には、紋章が押されていた。
王立学園。
指先が、少し汗ばむ。
「ほら、開けなさい。溜めとくと胸焼けするからね」
ミレーネにせかされ、封を切った。
中身は二枚。
一枚目は、入学試験の案内。
日程と科目と、持ち物と。
二枚目は、短い文だった。
「王立学園入学試験への出願資格を認める」
「日程と持ち物は同封の案内を読め」
「どんな転びをみせるか、見届けさせてもらう」
端に、「ゼフィラム」の署名。
「……本当に、来た」
「へえ」
ミレーネが、当然のような顔で覗き込む。
「いいじゃない。ちゃんと『認める』って書いてある」
「でも——」
と言いかける前に、別の声が飛んできた。
「お兄ちゃん、それなに?」
テオが、一番に駆けてくる。
「あの、学園から——」
口々に子どもたちが騒ぎ出す。
「兄ちゃん、学園行くの!?」
「まじで!? すげー!」
「英雄様が、ほんとのお勉強もする!」
「その言い方なんかヘン」
テオの耳が、しょんぼり垂れていく。
「……行っちゃうの?」
「まだ、決めたわけじゃ——」
そう言いながら、自分の声が弱いのが分かった。
テオは、しばらく床を見ていたが、
やがて顔をぐいっと上げる。
「でもさ、兄ちゃんが学園とか行ってさ、
えらくなったらさ——」
胸をドン、と叩く。
「英雄焼き肉の名前、もっとかっこよくなんじゃん?」
「名前基準なんだ……」
テオは、にっと笑った。
「兄ちゃんが勉強してるあいだにさ、
俺、肉とってくる英雄になるから!」
小さな牙を見せて、胸を張る。
笑うしかなかった。
「……分かった。期待してる」
◇
その夜、裏口ではグランツが、いつものように壁にもたれていた。
となりに立つと、ちらりとこっちを見る。
「心配すんな。
肉は、こっちの仕事だ」
当然のことのように言う。
「まだまだ、くたばれねえジジイがいる。
……あと、口うるさい世話焼きもな」
口元だけ、わずかに笑う。
「戻れる場所ぐらい、守っといてやる」
喉の奥が、少し熱くなった。
◇
調理場では、グレンが肉を刻んでいた。
「おう、学園様」
包丁を動かしながら、にやにや笑う。
「お前みたいな変な坊やはな。
どうせまた、なんかしでかすんだろうが」
「否定できないのがつらい」
「ひと泡、吹かせてこいよ」
口の端を上げる。
「王都のえらそうなのとか、学園の頭でっかちとかにな」
グレンは、肉を並べ直しながら、ぽつりと続けた。
「もう少しだけ……夢を見させてくれ」
「え?」
「なんでもねえよ」
聞き返したときには、もういつもの調子に戻っていた。
「腹をふくらませる英雄様だろ?
店の売り上げ、倍にできそうネタみつけてこい」
その軽口が、妙に心地よかった。
◇
翌朝。
いつもより少し早く、子どもの家の前に立つ。
後ろを振り返ると、
子どもたちの、へたくそな文字の看板。
《えいゆうやきにく》
腹をふくらませる英雄様、か。
思わず苦笑いするが、視線はもう前を向いていた。
今度は……なにをふくらませようか。
「行ってきます」
誰にともなく呟いてから——
少年は、王都の石畳へと歩き出した。




