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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
3章 王編 ― 英雄の形
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第70話 学園長ゼフィラムの眼

王立学園の学園長室。

そこは飾り気がなく、余計なものも置かれていない。


本棚は二つほどある。

棚にはぎっしり詰まっているが、

王城に比べればだいぶ小ぶりだ。


だが今、机の上に積まれる紙の重さは、

決して軽くはない。


ゼフィラムは、届いたばかりの封書を見下ろす。

封蝋には、三つの紋が並んでいた。


一つは王家。

一つは宰相府。

そして、もう一つはエルフの印章。


「……また、面倒くさそうな組み合わせじゃのう」


封を切る前から、だいたいの中身は想像がついていた。


スタンピードと、その後始末に関わった少年の噂は、

王都の端から端まで、とっくに流れきっている。


世界樹の恩人。

森の呪いの子。

英雄焼き肉。


呼び名はいくつもあるが、指しているのは同一人物だ。


アレン・ハルトシュタイン。


ゼフィラムは、丁寧に封蝋に刃を入れた。





一枚目は、王の筆致だった。


紙面の端に、慎ましい署名がある。


「アレン・ハルトシュタインという少年が、

スタンピードにおける砦防衛、および森における瘴気処理に関わったことを、

王として把握した」


「当初、英雄は出なかったという報告を受けていたが、

 それが正確ではなかったことを認める」


「ついては、この少年に学ぶ場への門を開くことを、

王として望む」


短く、素直な文面だった。


王が自分の遅れを認めた。

そのうえで「せめてこれだけは」と願う気配がにじんでいる。


ゼフィラムは、鼻の奥で笑った。


次に目を通したのは、別の文字。

宰相ヴァルドの、整った筆致だ。


「陛下のご意向は知っている」


「しかしながら、王立学園は王都中枢に位置し、

王国の後継者たる子弟が集う場である」


「そこに、森の呪いの子と噂されている少年を迎え入れることには、

慎重であるべきと考える」


「王命による特別枠として押し込むことは、

学内外に余計な波紋を呼ぶ懸念がある」


「よって、王命推薦としての受け入れは見送るべきであると進言する」


そして、最後の一行だけ、少し言い回しが変わる。


「ただし、学園自らの裁量で、受験資格を与えることを妨げるものではない」


「ふむふむ。『責任はそっちで持て』というわけじゃな」


ゼフィラムは、肩をすくめた。


三枚目は、細くしなやかな筆致。


エルフの代表者による書状だ。


「我ら、森の民を代表する者として証言する」


「アレン・ハルトシュタインは、

世界樹の不調を軽くし、瘴気石封印に命を削って協力した」


「同時に、スタンピードやボスの火種の一部を引き寄せた可能性があることも、

長老たちは見ている」


「だからこそ、森からは出すと決めた」


「森の責任も、果たしたつもりだ」


「ただし、人の子は恩人でもある。

あまりに理不尽な形で押し潰すのなら——

黙ってはいない」


「もし学園に入れるなら、

我らは正式に人物保証を出す」


エルフ戦士長の名があった。


ゼフィラムは、三枚を並べてしばらく眺めた。


「王は、門を開きたい」


ぼそりと呟く。


「宰相は、火種を遠ざけたい」


もう一度。


「森は、貸し借りをきっちり清算したい、というところかの」


そして——学園。


「さて、どうしたもんかの」


机の端には、毎年変わらない

入試要項の草案が積んである。


年齢。

基礎学力。

魔力適性。

どこにも、「推薦」という欄はない。


「伸びる芽があったら、ちゃんと陽を当ててやる場所じゃ」


王の子でも、スラムの子でも関係ない。

「学びたい」という目をしているか、だ。


「……ふむ。まずは、この目で見ておくか」


老人は、羽織を一枚引っかけ、杖を手に取った。





王都の下町は、学園の中庭よりもよほど騒がしい。


石畳はところどころ欠けている。

路地には洗濯物や干し草。

何かわからぬものもぶら下がっている。


煙の匂い。

濃くなるほうへ歩いていく。

やがて、視界が開けた。


孤児院《子どもの家》の前の空き地。


土のドラゴンの口から、細い煙がくゆっていた。


星や花や木の絵札が立ったテーブル。

名前のついたかまどたち。

走り回る子どもたちの間を、笑い声と肉の匂いが行き交う。


ゼフィラムは、一枚の肉をじっと見つめた。


筋はきちんと切られ、下味が染みている。

魔物特有の臭みは、香草と果実酒でほどよく丸められていた。


「なかなかの腕じゃな」


「ありがとうございます」


アレンが、肉を焼きながら頭を下げる。


「これは、お主が考えたのか。

 この味付けも、場の仕組みも」


「いえ。

 ほとんどは、グレンさんと、ここのみんなです」


アレンは、すぐに首を振った。


「元々、孤児院の子たちは、いつもお腹をすかせてて。

 どうすれば腹を満たせるかは、みんなが必死で考えてました」


ゼフィラムの目が、テーブルの絵札や土のオブジェをなぞる。


「絵札、名前、ドラゴンの形のかまど……

 どのテーブルにも自分の場所って思える印が付いとる」


「それは、子どもたちのアイデアです。

 木のテーブル、星のテーブルって呼んだほうが、

 迷わないし、楽しいからって」


アレンは、他のテーブルを見やった。


「なにもない、できないじゃなくて。

 自分たちで、今できることを増やしたかったんです」


「ほう」


ゼフィラムは、興味深そうに目を細める。


「与えられた環境で工夫し、自立させる仕組みを作った。

 それはなかなか難しいことじゃぞ」


「そんな、たいそうなものじゃないです」


アレンは、少し照れたように笑った。


「王都でいろいろ言われてる俺を、

 ミレーネさんやグレンさんが拾ってくれて。

 英雄様とかじゃなくて、一人分としてここに置いてくれたんです」


言葉を選びながら、続ける。


「だから……

 その居場所づくりを、ちょっと手伝いたかっただけです」


「方向性を出した、と?」


「うーん……」


アレンは少し考え、首を振る。


「俺ひとりじゃ、どれも形になってません」


「ほう」


「ワイワイ楽しめる場が欲しかったので、

 じゃあ、みんながこうしようって動いてくれて」


ゼフィラムは話題を変える。


「この魔物肉は、どこから来とる?」


「狩りです。

 グランツさんが中心で、

 俺と、獣人のテオたちが手伝っています」


「お主のそのひゅんと、

 あの獣人坊主の風ブーストとやらか」


「……知ってるんですね」


アレンが苦笑する。


「冒険者の間でも噂になっておるからな。

 一般的な身体強化とは、少し違うように見えたが」


「はい。

 ずっとは無理なので」


アレンは、自分の足首を軽く叩いた。


「俺のは、体の中に直接撃って動きを変える。

 テオのは、《エアーパレット》で押し出す。

 《風ブースト》って言いはりますけど」


「どちらも、きっかけ魔法じゃな」


「そうですね」


アレンは、うなずく。


「一瞬だけでも動きを変えられれば、

 あとは工夫と発想で、危なくないように魔物を追い込める。

 狩りも、ここも、

 無茶して死なないようにする仕組を考えてるつもりです」


ゼフィラムは、アレンの足元と周囲の子どもたちを見比べる。


「では、ゆくゆくは冒険者になって、魔物を狩り続けたいと?」


「う〜ん……」


アレンは、少し困ったように目を伏せた。


「孤児院には、恩返しはしたいです。

 お腹がすいてたころの話も、いっぱい聞きましたし」


「うむ」


「でも俺は、あることがきっかけで魔力線を焼いて、

 魔法はほとんど使えなくなってしまった側で」


アレンは、自分の胸元あたりを指先でなぞる。


「だから、魔法そのものより、

 発想でもっと人が幸せになる手助けができたら、って思ってます」


「英雄になりたいわけではないと?」


「それは、噂というか……

 尾ひれがついただけです」


アレンは、苦笑いを浮かべた。


「初級魔法程度しか使えないのに、

 ついつい前に出てしまった結果……であって」


アレンは、少し肩をすくめる。


「違う形があると?」


アレンは、しばし言葉を探すように黙り——

ゆっくりと口を開く。


「はい。なにかと、なにかを組み合わせる」


「ふむ」


「俺の《瞬間ブースト》って

 ただの《スコーチ》と《エアーパレット》の初級魔法なんです。

 それを、組み合わせで生まれたものですし」


「うむ」


「世界樹も、

 エルフだけでも人間だけでもなくて、

 世界樹のマナと人間の知識って組み合わせだったから、

 なんとか間に合ったんだと思ってます」


「……」


「人も、エルフも、魔法も。

 たぶん、もっと上手く、手を繋ぐ方法があるんじゃないかなって」


アレンは、自分の手のひらを見つめた。


「うまく言えないですけど……

 ここでやってることって、多分その端っこなんです」


ゼフィラムは、ゆっくりと息を吐いた。


「英雄譚の続きではなく、

 魔法を体系的に学びたい、と」


「格好良く言うと、そうなりますけど」


アレンは、慌てて手を振る。


「上手く転ぶんで、後ろの人巻き込まれないでくださいって感じです」


「妙な学びじゃのう」


ゼフィラムは、肩を揺らして笑った。


「だが、それを学びたいというなら——

道はある」


炭火の煙が、静かに揺れた。





学園長室に戻ったゼフィラムは、羽根ペンを手に取る。

王と宰相宛だ。


「王立学園は、アレン・ハルトシュタインに対し、

 受験資格を認める」


「本件は、学園の基準に則った判断で

 王命推薦とは異なる」


「学園内において、

当該生徒に対する過度な迫害や命の危険が生じた場合、

学園はこれを制止し、責任を持って対処する」


「以上」


さらさらと書き、署名の横に自分の名を書く。


同時に、アレン宛ての簡単な手紙もしたためる。


封をし、学園の印を押す。


ゼフィラムは、目を細めて小さく笑った。


「さて……」


その答えの続きは、窓の遠い視線に消えた。

以上で3章王都編終わりです。


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