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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
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第7話 お風呂革命

《ウオーター》と《ウオーム》を、いっしょに動かす練習を続けていた。


最初は、熱湯か、水。

そのどちらかにしかならなかった。


だが、失敗を山ほど重ねるうちに、

だんだん「ちょうどいいところ」が分かってくる。


吸って。

溜めて。

胸のあたりの溜まり場に意識を置き、

そこから水っぽさとあたたかさを同時に引っぱる。


胸から伸びる二本の細い線を、

掌の手前で、ふわっと合流させるイメージ。


ちょろちょろ。


掌の下から落ちてくるのは、

冷たくもなく、熱くもない水。


いや、「お湯」だ。

温水。いいものを手に入れた。



まずは、手洗い用。


桶の上で、ぬるま湯モードを起動する。

ちょろちょろと落ちるお湯の下に、ミーナが両手を差し出した。


「うわっ……!」


ミーナの口から、素直な声が漏れる。


「え、なにこれ、あったか……」


指先を広げたり閉じたりしながら、

お湯の感触を確かめている。


「みず、じゃない。

 おゆ」


少しだけ得意げに言ってみる。


「お湯……たしかに。

 でも、釜で沸かしたのと違って、

 なんだか……やさしい温かさですね……」


ミーナは、何度も何度も手をこすり合わせた。


「奥様、ちょっと来てください!

 アレン坊ちゃま、すごいです!」


「ミーナ、そんなに大きな声を……。

 どうしたの?」


エリシア――母が、慌てて顔を出す。


「これです、これ!

 アレン坊ちゃまが、最初からあったかい水を!」


もう一度、ぬるま湯モードを発動する。

母も、おそるおそる手を出してきた。


「……っ」


触れた瞬間、母の肩がびくりと揺れる。


「ほんとに……あったかい……」


指先から手首まで、ゆっくりお湯が流れていく。


「いつもは、冷たい水で洗ってから、

 《ウオーム》であたため直してたけれど……

 これは、最初から……」


「て、あれにくく、なる?」


そう言うと、母は目を丸くした。


「ええ。

 荒れにくく、なると思うわ……」


言いながら、自分の手の甲をじっと見る。


家事を続けてきた人の手。

うっすらした赤みと、細かなひび。


「……アレン。

 本当に、すごいことよ、これ」


声が、少し震いでいた。



次は、足湯。


冬の夜。

暖炉の前に、木の桶を置く。


そこに、ぬるま湯モードでお湯を張る。

一気に満たす量は出せないから、

何度も何度も、ちょろちょろを繰り返す。


「アレン、もういいわよ。

 疲れちゃうでしょう?」


「だいじょぶ。

 これ、れんしゅうにも、なる」


そう言って、最後の一回を出し切る。


母が、そっと足を浸した。


「……はあぁ」


分かりやすいため息が漏れる。


「ガルド。

 あなたも入ってみる?」


「いや、私が入るわけには……」


そう言いながら、父の視線は桶に釘づけだった。


「ほんとに、気持ちいいんですよ?」


ミーナが、にやにやしながら、

自分も隣の桶に足を突っ込む。


「うちの水魔法使いのおじさんでも、

 ここまでは、なかなかやってくれませんからね〜」


「む……」


結局、父も片足だけ、そっと桶に入れた。


「……悪くないな」


どうやら、気に入ってくれたらしい。


その一言で、胸のあたりが、少しだけあたたかくなった。



父は、すぐに実務のほうを考え始めた。


「セバス。

 これ、兵舎にも応用できんか?」


「兵舎、でございますか」


セバスが眉を上げる。


「冬場の見回りのあと、

 手足の感覚が戻らないことも多い。

 凍傷になる兵も、毎年少数とはいえ出る」


父は、足湯の桶を見下ろしながら続ける。


「すべての兵に、とはいかんだろうが。

 少なくとも、重症を防ぐ程度には、役に立つかもしれん」


「なるほど……

 坊ちゃまのご負担にならない形であれば、

 十分検討に値するかと」


セバスの目が、少しだけ真剣になる。


「ぼく、そんなに、いっぱいは、まだむり」


正直に言っておく。


「でも、やりかた、おしえたら……

 みずのひと、とか、できるかも」


「やり方……ですか」


セバスが、興味深そうにこちらを見る。


オットーは、その横で腕を組んでいた。


「《ウオーター》と《ウオーム》の同時操作……

 理屈としては、できなくはありませんが……」


また理屈としては、だ。


「おまえ、むずかしいこと、かんがえすぎ」


つい、口から出てしまった。


「あったかいみずって、

 おもうだけ」


一瞬、部屋の空気が止まる。


それから、ルークの笑い声がした。


「お前、こういうところだけ、妙に発想が柔らかいな」


「こういうところだけ、とは失礼ね」


母が、少しだけむくれる。


「でも、本当にそうよ。

 私たち、いつの間にか、水と火を別々に考えることに慣れすぎてたのね」



それから数日。


ぬるま湯モードは、いつの間にか屋敷のあちこちに広まっていた。


朝の手洗い。

冷たい水より、ずっと楽だ。


食器を軽くすすぐときにも便利だった。

冷えた足先を温める、簡易の足湯にもなる。


風邪気味の使用人には、

首元を温めるタオル用のお湯として使われた。


量は少ない。

一度に出せるのは、せいぜいコップ一杯。


それでも、その一杯は、思った以上に喜ばれた。


「アレン坊ちゃま、これがあるだけで全然違います〜」


ミーナが、洗い物の合間に、

手だけぬるま湯であたためて、うっとりした顔をする。


「ひび割れが、前より軽い気がしますわね」


年配のメイドも、真面目に感心していた。


「アレン。

 最近、手が前ほど荒れなくなったの。

 本当に、ありがとう」


母は、そのたびに、

俺の頭をなで回した。



一日の終わり。

ベッドの中で、天井を見ながら考える。


やっていることは、

ちょっと温かい水を出しているだけだ。


前の世界では、

それは全部、見えないところで誰かがやってくれていた当たり前だった。


マンションの配管。

給湯器を作る会社。

ガスや水を届けてくれる人たち。


顔も知らない誰かの仕事が、

蛇口をひねったらお湯が出る、という一瞬に集約されていた。


この世界では、その当たり前を、

ほんの少しだけ自分が肩代わりして、

目の前の人が「助かった」と言ってくれる。


派手でもない。

世界を救うわけでもない。


それでも。


勇者になるとか、

世界を変えるとかじゃないけど。


こういうのも、けっこう好きだ。


モブのまま。

でも、モブなりに、

みんなが楽になる仕組みを、少しずつ増やしていく。


その第一歩が、

手のひらサイズのお風呂革命。


俺は、明日もまた、

《ウオーター》と《ウオーム》の細い線を同時になぞることを思い浮かべながら、

ゆっくりと、まぶたを閉じた。


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