表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
3章 王編 ― 英雄の形
68/81

第68話 下町の炭火

昼の光りは王城の上階には——

届かず、ずいぶん痩せていた。


廊下を折れた先——にある小さな執務室。


アルディオン王は、その一番奥に腰を預けていた。


玉座とは違うのは薄いクッションが仕込まれている。

医師に用意させた椅子だ。


「以上が、この二年のおおまかな推移にございます、陛下」


正面で、宰相ヴァルドが最後の紙束を伏せた。


聞かされた内容に、目新しいことはない。

王国は紙の上では安定していた。


「辺境の復興は、どうなっている」


王は、一つだけ問いを差す。


「砦の修繕、周辺村の再建。

 いずれも、王都からの財と、

 諸侯からの人足で、着実に進行中。

 現地の負担は、最低限に抑えております」


「お体へのご負担もございます。

 本日のご公務は、このあたりで切り上げるべきかと……」


「分かった。下がれ」


宰相が数歩引き、扉が静かに閉まった。


自分の呼吸。

それがやけに大きく感じられる。


——あの夜。


スタンピードの第一報が届いたとき、

自分は高熱で寝台に縫いとめられていた。


剣を取って駆けつけることも、

玉座から兵に檄を飛ばすこともできなかった。


「王は病のため、宰相が代行する」


それで、本当に、よかったのか。


宰相は、「英雄は出なかった」と言った。


報告書の山も、「誰か一人を特筆すべき戦功はない」と告げている。


——だが。


王は、低く問いかけた。


「……いるか」


部屋の隅の影が、わずかに形を変えた。

音もなく、一人の男が陰から抜け出した。


黒い衣。

紋章も飾りもない。

腰には短剣が一本。


顔立ちは目立たない。

だが、その目だけがよく動く。


書類には載らない、王の裏の部下。


`王影`


「お前の目からは?」


王は、机上の紙束を指で叩いた。


「王都の賑わいは事実……」


王影は、淡々と答える。


「商館は増え、人の出入りも多い。

 新しい店も、この二年でかなり増えた」


「辺境は?」


「傷は深い」


短い言葉。


「現場感覚では、復興は進んでいない」


「やはりな」


王は、小さく息を吐いた。


「英雄は、出なかったのか」


「宰相の物語では。

 ただ、名をあげておく少年がいる」


王影の口元が、わずかに動く。


そう言って、王影は机の上に、小さな布包みを置いた。


「ギルド長バルドからの写しです。

 公文書に通らなかった部分を、個人的にまとめたものだと」


王影は手早く紐を解いた。


現場男の、固い筆致。


砦前の地形。

泥の帯。

時間差で光る石。

オークの死体の並び方。


そこに、繰り返し一つの名前が記されている。


アレン・ハルトシュタイン。


辺境貴族ハルトシュタイン家の次男。

当時、五歳。


初級魔法を組み合わせ、

いくつもの罠と石で

スタンピードの波を崩した少年。


森の縁で、

ボス級の単眼巨人魔獣に決定打を入れ、

魔力線を焼き切り、倒れた少年。


「……五歳で、か」


紙の行間に、泥と血と叫びの気配がにじんでいる気がした。


王影が、別の紙束を差し出す。


「これは、エルフ使節団が公には出していない補足」


世界樹と同調し、

点滴のように浄化と水と癒やしを巡らせた。


瘴気石を泥で包み、

森の回路から切り離す発想を出した。


同じ名が、そこには書かれていた。


「今はどうしている」


王都の地図の一部を出す。

下町、孤児院《子どもの家》。

四角い印がいくつも並んでいる。


「魔物肉を焼いて売っている」


王影の声は、やはり平板だ。


「小さなかまどで、炭火を起こし、

 客が自分で焼く形だ」


見取り図の端には、妙な形の土の塊が描かれていた。


「これは?」


「子どもたちがドラゴンと呼んでいる、店の造形物」


王影が、わずかに肩をすくめる。


「……ふむ」


「店のあだ名は、《英雄焼き肉》」


王影が、さらりと言葉を足した。


「スタンピードの英雄様が焼いてるから、と」


王の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


王都の片隅で——

子どもたちと炭火を囲む英雄様がいる。


英雄譚は、紙の上ではなく、

下町で勝手に育っている。


「……宰相は、どこまで知っている?」


王は、低く問うた。


「公的な記録以上のことを、

 宰相閣下が把握している証拠は、持っておりません」


王影は、慎重に答える。


「ただ、英雄がいなかったという物語を作るうえで、

 この名が邪魔になるのは、間違いない」


「そうだな」


王は、紙束を伏せた。


胸の奥が、ゆっくりと熱くなる。


十にも満たぬ子どもが泥の帯を張り。

世界樹と瘴気の後始末を手伝い。

今は、孤児たちの腹を満たしている。


「お前から見て、どうだ」


「器用」


即答。


「初級魔法しか大きくは扱えないのに、

 生活にも戦闘にも、同じ温度で頭を回せる」


「他には?」


今度は、少しだけ間を置いてから。


「しぶとい」


「魔力線を焼かれても、別の道を探す。

 生き延びるために……」


「英雄か?」


王は、自分の声がわずかに掠れているのを自覚した。


「本人はその呼び方を、好んでいない」


「アレン・ハルトシュタイン……」


少年の名をもう一度、静かに口の中で転がした。


王影は、黙って立っている。


責めもしない。

慰めもしない。


「……下がれ。

 今日は、もう十分だ」


やがて、王は小さく息を吐いた。


王影が影に溶ける。


再び、執務室に静寂が戻った。


窓の外に視線を移す。

ちいさな土ドラゴンが、

今日も、口から煙を吐いているのだろう。


焼き肉の匂いも。

子どもたちの笑い声も。

ここまでは届かない——


王は、椅子の背にもたれ、目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ