第66話 英雄焼き肉
王都ギルドのカウンター前は、今日もそこそこ騒がしかった。
「なあ」
掲示板を見ていたラドは、隣の男を肘でつつく。
「グランツ爺さん、最近おかしくねえか」
木札を指で弾く。
「ホーンラビットにオーク小隊。昨日は昼までに二往復だ」
「……年考えろって話だな」
そこへ、背後から声が飛んだ。
「知らねえのか?」
軽装の斥候が、面白そうに笑う。
「あの爺さん、スタンピードの噂のガキと組んでるらしいぞ」
「……ああ。英雄だの厄病神だの言われてた、あれか」
「でな」
斥候が指を立てる。
「そいつ、下町の外れで肉焼いてるらしい」
「は?」
「孤児院の前。夕方になると煙だらけ。
ガキが走り回ってて——」
にやり。
「でも、泣くほどうまいって噂だ」
「……胡散くせえ」
ラドは鼻で笑った。
「じゃあ一回確かめてこいよ、ラド」
戦士が、面白がって笑う。
「どうせ今日の依頼、軽い護衛だけだろ」
「……ああ、見てやる。
英雄の焼き肉ってやつをな」
◇
夕方。
王都の下町。
昼の喧騒が引き、飯の匂いが強くなる。
「ここか」
路地を抜けた先の空き地。
煙が立ちのぼり、その下で子どもたちが走り回っている。
「……なんだ、あれ」
入り口で、思わず足を止めた。
土でできた、妙な塊。
トカゲとか、ハート穴まで開いている。
「いらっちゃいませ!」
ちびどもが、星や花のマークのついたエプロンを揺らして叫んでいる。
「おじちゃん!」
後ろから声をかけられた。
小さな獣耳——路地でたまに見る少年だ。
尻尾をぶんぶん振っている。
「ひとりだ」
「じゃあ、もりテーブルね!」
獣人の少年が、俺の腕を引っ張る。
ふと、隣のテーブルを見る——
花の絵が描かれた札のテーブルに、
女の子たちがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
「ここは女子専用!」
「かわいいエプロン組なの!」
「おじちゃんはダメ!」
「はなテーブルはいつも女の子でいっぱいなんだ」
テオが、なぜか誇らしげに言う。
「でも、おっちゃんたちは
あそこだけは勘弁って言う」
「だろうな」
はなテーブルを素通りして、テーブルにつく。
テーブルの中央には、手作りの小さな土のかまど。
薄く赤く光る炭火が、ちろちろと揺れていた。
「おう、来たか」
低い声がして顔を上げると、
向かいのテーブルで、白い髭が笑った。
「グランツ爺さん」
「噂してたやつも、ちゃんと来るもんだな」
くくっと笑って、グランツは手にしたトングをひらひら振ってみせる。
「座って待ってろ」
木札を子供達にわたす。
しばらくすると、肉をのせた皿を抱えてやってきた。
「もりテーブルに、
ぶひぶひさん一枚、ぶひぶひさんのホネ一本、ながみみさん一枚でーす!」
「おう、あんがとな」
グランツが皿を受け取る。
俺の目の前には——
「……どう見てもオークだな」
丸っこいぶひぶひ顔の絵が描かれた札の横には、
脂の乗った——オークカルビ。
ホネの絵が描かれた札。
骨つきのスペアリブ。
長い耳の絵札。
ホーンラビットのモモ肉。
「札で頼むのか、ここ」
「ガキどもが名前覚えきれねえからな。
絵と呼び名で分かるようにしてんだ」
見た目はかわいいが、理にはかなっている。
◇
「焼き方、分かりますか?」
隣のテーブルから、声が飛んできた。
さっき、木札の山をさばいていた、小柄な少年。
例の噂の子だ。
「じゃあ、最初だけ」
少年——アレンと呼ばれていたらしい——が、土コンロのそばに屈んだ。
「いきなり真ん中に置くと、すぐ焦げます。
最初は、こっちの端っこで」
炭の少ないところを指さし、そこにオークカルビを一枚、そっと乗せる。
「色が変わり始めたら、真ん中に寄せて。
油がぽたぽたし始めたら、ひっくり返す」
「そんな細けえこと考えて焼いたことねえな」
「せっかくなら、ちゃんとおいしく食べてほしいので」
そう言って、すぐに別のテーブルへ走っていった。
焼き番担当のようだ。
「さて」
オークカルビは、炭の熱でふちから色を変え始めていた。
肉を真ん中に寄せる。
じゅうっ。
音がひときわ大きくなる。
表面の脂が、細かく弾けた。
白い煙が、立ちのぼる。
鼻の奥を刺激する。
「……そろそろか?」
木ばしでひっくり返す。
裏側は、きれいな狐色。
自分で焼いたことに、少し感心する。
皿に移す。
一切れ、口に運んだ。
「——」
噛んだ瞬間、
歯の先に「ぱりっ」とした手応えがあった。
すぐその下から、熱い汁がじわっと溢れ出した。
魔物肉にありがちな、鼻に抜ける変な臭みは——
驚くほどない。
「肉を食っている」という実感だけだった。
「……なんだ、これ」
思わず、声に出ていた。
「固くねえ」
いつも山で焼くオーク肉とまるで違う。
「漬けてから焼いてるからな」
グランツの声。
「果実と塩と、ちょっとした香草。
配合は、うちの企業秘密だ」
「じいさんの知恵か?」
グランツが顎で、調理場のほうをしゃくった。
奥では、グレンと呼ばれていた少年が、
真剣な顔で肉に切れ目を入れたり、
タレの壺をかき混ぜたりしている。
「妙に頭が回るからな。
こんなもん思いつきやがった」
俺は、もう一切れ肉を焼きながら、土コンロを眺めた。
炭がきゅっと寄せられている。
「小さいかまどにすりゃ、炭も効率よく抑えられるってわけか」
煙が、目の前でゆらゆら揺れる。
向こうのテーブルも。
こっちのテーブルでも。
それぞれ、客が思い思いに
自分の肉を焼いている。
焼き方がうまいやつもいれば、
真っ黒にして泣いているガキもいる。
上手く焼けた肉を、くすねているやつも。
それを見て、周りが笑う。
そんなやりとりが、あちこちで起きていた。
「焼かせて遊ばせる店かよ」
思わず、笑いが漏れる。
「……悪くねえな」
◇
数日後。
日が落ち、空が群青色に変わるころ。
「本日のぶひぶひ売り切れー!」
「ぶひぶひさんのホネも終わりー!」
「ながみみさん、あと二枚ー!」
最後の客が立ち上がり、銅貨を置いていく。
アレンが、調理場の隅に腰を下ろす。
手は油でべとべと。
頬には煤の筋。
「お疲れ様ー!」
「お疲れー!」
子どもたちが、一斉に声を上げる。
「で、英雄坊や」
グレンが、空になった皿を積み上げながら言った。
「ここからが、お楽しみの時間だ」
木箱の端から、小さな包みを取り出す。
端っこ。筋だらけ。
形がいびつな肉の塊。
「売り物にするには見た目が悪いけど、味は悪くねえやつ」
「これ、どうするんですか?」
「決まってんだろ、みんなで食べるんだよ」
グレンが、にやっと笑った。
「やったー!」
「裏肉タイムだー!」
一斉に子供たちの歓声が上がる。
「その前に手ぇ洗え!」
ミレーネの怒号が飛び、
子どもたちがわらわらと水場に駆けていく。
土コンロには、まだ炭が残っている。
グランツが炭を組み直し、
アレンが、形の悪い肉を並べる。
じゅう。
少し落ち着いた音を立てて、肉が焼けていく。
煙が、「ごほうびの匂い」になっていた。
炭火の上で揺れる肉を眺める。
「……いいな、これ」
「働いたら、ちゃんと腹がふくらむって感覚を教えこめば、
そうそう変な道には行かねえ」
グランツが笑いながら言う。
そのときだった。
「まだやってるかー!」
路地の向こうから、聞き慣れた声が飛んできた。
「今日はもう閉めた!」
ミレーネの一喝。
「そこをなんとか!
依頼が伸びちまってよ」
冒険者——ラドが顔を出した。
「……それ」
ラドの視線が、土コンロの上に釘付けになる。
「いつもと形が違うな」
皿の上の肉を見て、目を細める。
「売り物にならないやつです」
アレンが答える。
「金払うから……それ焼いてくれよ」
「え」
「俺にもそれ食わせろ」
ラドはすでに前屈みになっている。
グレンが、横から口を挟んだ。
「そういうのはな、英雄。
『裏メニューですけど、食べますか?』
でいいんだよ」
にやりと笑う。
「ガキどもの分、減らす必要はねえ。
こんな肉まだまだいくらでもある」
「じゃあ——
今日だけですよ」
ラドに向き直っていう。
「ちゃんとおいしかったって宣伝してください」
「そんなの、いくらでも言ってやるよ」
ラドが笑った。
「ここ、英雄焼き肉なんだろ?」
「……え?」
アレンが、きょとんとした顔をした。
「だれが、そんなこと」
アレンが、調理場のほうを振り返る。
「呪いの子って呼ばれるより、マシだろ」
グレンがそれだけ言って、また肉に包丁を入れる。
「じゃあ、英雄焼き肉の裏メニュー
ちゃんと、おいしく焼きます」
形の悪い肉をそっと並べて、そう言った。




