第65話 土コンロと腹を満たす店
翌朝。
子どもの家の前の空き地。
グレンが、壁にもたれながら空き地を眺めている。
「もったいねえと思わなかったか? 昨日のアレ」
グレンは、片目を細めてこちらを見る。
「肉を山ほど焼いて、ガキども腹もいっぱい。
それ自体はいい、最高だ。でもよ——」
「銅貨一枚も残ってねえ」
「あ……」
言われてみれば、本当にそうだ。
「どうにかしたいんだろ?
なら、足りねえ」
そこまで言ってから、彼はふっと笑った。
「だからさ。
店にすりゃいいんだ」
空き地を見ても、昨日の焼き肉の光景しか浮かばない。
「グレンがまた変なこと言ってる」
いつの間にか、ミレーネも後ろから顔を出していた。
グレンは肩をすくめる。
「肉も炭も、ここで用意する。
それで、うまいもんとして売ればいい」
ミレーネが、くすっと笑った。
「施しは尽きるけど、店は続くってことね」
グレンが軽快に指を鳴らした。
「こういうのは——形からだ」
◇
「まずは、焼き場だな」
グランツが腕を組んで空き地を見回す。
「昨日みたいに一箇所に群がったら、また戦場になる」
グレンが、地面にしゃがみ込んで線を引き始めた。
「ここにテーブル。
ここにも。
で、その真ん中に、肉焼くちっこいかまど」
紙も板もないから、土が図面代わりだ。
「お皿持ってうろうろするより、
自分のテーブルで焼けたほうが楽しい」
テオが、きらきらした目で図を覗き込む。
「おれのテーブル!」
「そうそう。
自分の場所があると、人はちょっと大事にする」
グレンが肩をすくめる。
「で、そのかまどって、どうやって作るの?」
ミレーネが腕を組む。
「鉄の網とか焼き台とか、そんな金うちにはないわよ」
グランツが、どっかりと腰を落とした。
「鉄はいらん。土でいい」
「土?」
「山の登山口の集落に、土かまどってのがあってな」
土の上に、指で四角を描く。
「外は土。周りをよく焼いてある。
風が通る穴をあけて、ここに炭を入れる」
角を指し示しながら、ぽんぽんと叩く。
「丸いより、四角いほうが炭が寄せやすい。
火床は、拳一つ半の深さ」
「内側はよく焼け。外は多少ガタついても燃えねえ」
頭の中で、何かがつながった。
「それなら——」
思わず、口が動く。
「《アース》で形を作って、中を《スコーチ》で焼けば、
似たようなの、ここでも作れます」
グランツが、こちらを見る。
「《アース》は誰がやれる」
「えっと……」
子どもたちの顔を順番に思い浮かべる。
「テオは……風がちょっとだけだったよね」
「うん。俺、土はできない」
「じゃあ、リラ」
広間の端で床掃除をしていた、年上の少女が手を止めた。
「あなた、畑の手伝いのとき、土いじり得意だったでしょ」
「え、あ、うん」
少しおどおどした顔で、こちらを向く。
「《アース》、出せる?」
「ちょっとだけなら……」
「なら、リラが土の箱を作って。
みんなで外をこねこねして形を整えて、
最後に……火の使える子で、中を焼いてみましょう」
「できる?」
ミレーネが、少しだけ目を細める。
「やってみないと分からないけど。
お金はかからなそうです」
ミレーネの口元にわずかに笑みが浮かんだ。
「いいわね、それ。
お金かからない、はここでは正義よ」
「じゃあ、決まりだ」
グレンが手を叩く。
「やった、泥遊び!」
テオが笑いながら叫んだ。
◇
空き地の一角に子どもたちが集まる。
「リラ、お願い」
おずおずと手を伸ばしたリラの指先に、淡い光が宿った。
《アース》
呟きとともに、泥がむくりと盛り上がる。
最初はぐにゃぐにゃの塊。
でも、何度か深呼吸して、
形をイメージし直すと——
「おお」
箱のような土台が、ひとつ、ふたつ、みっつ。
角は少し歪んでいる。
でも、「コンロ」の原型には見える。
「リラ、すごい!すごい!」
テオが、目を輝かせて飛び跳ねた。
「す、すごくないよ。
これくらい、畑の畝でもやってるし……」
リラは、頬を赤くして目をそらす。
「畑の才能、大事よ」
ミレーネが、さらっと言って背中を押した。
「さ、あんたたち。
ここからが遊びじゃない泥遊びの時間よ」
子どもたちが、わあっと笑う。
「この外側を、みんなでこねこねしてね。
形、ちゃんと整えてよ。
変なとこ穴開けたら、そこから炭がこぼれるからね」
「はーい!」
小さな手が、いっせいに土の箱に群がった。
「ドラゴンつくる!」
「ハートのかたち!」
「お城ー!」
「だから遊びじゃないって言ってんでしょ!」
ミレーネの声が飛ぶが、すでに手遅れだった。
角だのハートだの塔だのが生えた、
どう見ても、コンロ以外の何か。
「……お前らなあ」
グレンが頭を抱える。
「えー、かわいいのに」
「かわいさで腹はふくらまねえ!」
わいわい、きゃあきゃあ。
「じゃあ……ちゃんとしたやつは、
俺と上の子たちで作り直します」
俺は、泥だらけの手を軽く叩きながら言った。
「えー!」
ミレーネが苦笑する。
「入口にでも並べましょう。
子どもの家の目印にはなるわ」
「ほんと!?」
子どもたちが、一斉に笑顔になる。
「じゃあ、ちゃんとしたのはお仕事組。
遊び……じゃなくて飾り組はあんたたちね」
「はーい!」
思い思いの泥遊びが始まった。
◇
年長組と一緒に、改めて土台を作る。
「指三本ぶんの厚みで。
その上に……」
グランツが、手本になる四角い形をひとつ作ってくれた。
それを真似しながら、リラが《アース》で土を動かす。
俺ともう一人の少年が、外側を手で撫でて形を整える。
「ここ、もうちょっと深く。
中は広すぎると火が弱くなる」
「はい」
泥が、冷たくて気持ちいい。
昔、砦の前で《泥石》を作っていた頃を思い出す。
敵の流れを変える道具。
今流れを変えるのは炎だ。
「よし。
このくらいのが……四つは欲しいな」
グランツが、出来上がりかけの土コンロを見回す。
「あとは——焼き入れだ。
これはオレがやろう」
コンロ候補を、ひとまず日陰に並べる。
子どもたちがわらわらと集まってきた。
「燃えちゃわない?」
「爆発しない?」
「しません」
グランツが《スコーチ》で、丁寧に焼いていく。
「おお……」
内側の土が、少しずつ色を変えていく。
グランツが言う。
「一気にやると、ひび入る。
じっくり焼いていく」
ひとつ焼いては、少し休む。
その間に、火属性持ちの男の子が、別のコンロを焼いていく。
ところどころ焦げ目がついていた。
「やりすぎだ。
そこはあとで削れ」
グランツが、土を指でこすって削り落とす。
そんな風に、何度も調整しながら——
正午になる頃には、
どうにか四つの使えそうな土コンロが並んだ。
「ドラゴンもできた!」
「ハートも!」
子どもたちが、得意げにへんてこコンロを持ってくる。
グレンがため息をついた。
「ドラゴンの口から煙が出る店とか……
それはそれで客が来るかもしれねえ」
「かっこいい!」
「やったー!」
みんな、泥だらけで笑っていた。
◇
「さて」
一段落したところで、ミレーネが腰に手を当てる。
「土コンロはできた。
グレンの言う、切り株+板で、
テーブルも、どうにか形になった」
「問題は——」
ミレーネが、ため息を吐く。
「炭」
グレンが顔をしかめる。
「そうだった。
昨日はグラ爺が持ってきた分をそのまま使ったか……」
「炭って、そんなに高いんですか?」
思わず聞いてしまう。
「安くはないわね。
肉はグランツさんがどうにかしてくれるとしても、
この土コンロ全部を毎日回すには、そこそこの量がいる」
ミレーネが指を折っていく。
「お皿。塩。ちょっとした香草。
かまどを増やしたぶんいる」
「……」
さっきまでの「泥遊び」が、一気に現実に引き戻された。
せっかく土コンロを作って、テーブルも並べて。
ただの飾りに見えてくる。
「ここまでやったのに〜〜」
テオが、土コンロの前でへたり込む。
「ドラゴン、おあずけ?」
「おあずけ、って言うか……」
ミレーネが、苦い顔をする。
「タダで炭くれる慈善家なんて、そうそういないのよ」
広間の空気が、少しだけ沈んだ。
土の匂いと、乾いた風だけが通り抜けていく。
「……じゃあ」
自分の胸元に手を当てる。
王城の報奨金。
スタンピードの追加分。
父は、「自分の未来のために使え」と言っていた。
「……俺が、出します」
一度、胸の奥で何かを押さえるようにしてから、言った。
「ちょっと待ちなさい」
ミレーネに即座に言われる。
「ここで、ちゃんと腹を満たせる場所を作れたら……」
あの夜の続きを、
ほんの少しでも、違う形にできる気がした。
ミレーネは、しばらく黙って俺を見ていた。
やがて、小さなため息を吐く。
「ほんっと、英雄バカって顔」
「いいわよ。
炭代と、最初の塩と、皿と。
初回の元手だけ、英雄様に出してもらう」
「ありがとうございます」
「ただし、
そっから先は、店の売り上げでどうにかする」
ぐっと、テーブルを指先で叩いた。
「このボロ家の壁のひびも、窓ガラスも——
店の懐で直せるくらい、ちゃんと稼ぐ」
ミレーネの目が、少しだけ笑った。
子どもたちの視線が、天井へ向く。
ところどころ、布でふさがれた穴。
「屋根も、直せる?」
テオが、おそるおそる尋ねる。
「直す」
ミレーネは、きっぱりと言い切った。
「この焼き肉で、ちゃんと儲けて。
炭も買って。皿も増やして。
ちゃんと毎日腹を満たせるようにする」
胸の前で腕を組む。
「それくらいの店にする」
子どもたちの顔に、ぽん、と火が灯ったような表情が広がる。
「やる!」
「俺、お皿洗い頑張る!」
「ドラゴンに火をふかせる!」
「看板は燃やさない程度にな」
グレンが笑った。
「店の名前、どうする?」
テオが、わくわくした顔で聞いた。
「ドラゴン焼き!」
「それはやめなさい!」
甲高い声が空に一斉に響いていた。




