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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
3章 王編 ― 英雄の形
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第65話 土コンロと腹を満たす店

翌朝。


子どもの家の前の空き地。

グレンが、壁にもたれながら空き地を眺めている。


「もったいねえと思わなかったか? 昨日のアレ」


グレンは、片目を細めてこちらを見る。


「肉を山ほど焼いて、ガキども腹もいっぱい。

 それ自体はいい、最高だ。でもよ——」


「銅貨一枚も残ってねえ」


「あ……」


言われてみれば、本当にそうだ。


「どうにかしたいんだろ?

 なら、足りねえ」


そこまで言ってから、彼はふっと笑った。


「だからさ。

 店にすりゃいいんだ」


空き地を見ても、昨日の焼き肉の光景しか浮かばない。


「グレンがまた変なこと言ってる」


いつの間にか、ミレーネも後ろから顔を出していた。


グレンは肩をすくめる。


「肉も炭も、ここで用意する。

 それで、うまいもんとして売ればいい」


ミレーネが、くすっと笑った。


「施しは尽きるけど、店は続くってことね」


グレンが軽快に指を鳴らした。


「こういうのは——形からだ」





「まずは、焼き場だな」


グランツが腕を組んで空き地を見回す。


「昨日みたいに一箇所に群がったら、また戦場になる」


グレンが、地面にしゃがみ込んで線を引き始めた。


「ここにテーブル。

 ここにも。

 で、その真ん中に、肉焼くちっこいかまど」


紙も板もないから、土が図面代わりだ。


「お皿持ってうろうろするより、

 自分のテーブルで焼けたほうが楽しい」


テオが、きらきらした目で図を覗き込む。


「おれのテーブル!」


「そうそう。

 自分の場所があると、人はちょっと大事にする」


グレンが肩をすくめる。


「で、そのかまどって、どうやって作るの?」


ミレーネが腕を組む。


「鉄の網とか焼き台とか、そんな金うちにはないわよ」


グランツが、どっかりと腰を落とした。


「鉄はいらん。土でいい」


「土?」


「山の登山口の集落に、土かまどってのがあってな」


土の上に、指で四角を描く。


「外は土。周りをよく焼いてある。

 風が通る穴をあけて、ここに炭を入れる」


角を指し示しながら、ぽんぽんと叩く。


「丸いより、四角いほうが炭が寄せやすい。

 火床は、拳一つ半の深さ」


「内側はよく焼け。外は多少ガタついても燃えねえ」


頭の中で、何かがつながった。


「それなら——」


思わず、口が動く。


「《アース》で形を作って、中を《スコーチ》で焼けば、

 似たようなの、ここでも作れます」


グランツが、こちらを見る。


「《アース》は誰がやれる」


「えっと……」


子どもたちの顔を順番に思い浮かべる。


「テオは……風がちょっとだけだったよね」


「うん。俺、土はできない」


「じゃあ、リラ」


広間の端で床掃除をしていた、年上の少女が手を止めた。


「あなた、畑の手伝いのとき、土いじり得意だったでしょ」


「え、あ、うん」


少しおどおどした顔で、こちらを向く。


「《アース》、出せる?」


「ちょっとだけなら……」


「なら、リラが土の箱を作って。

 みんなで外をこねこねして形を整えて、

 最後に……火の使える子で、中を焼いてみましょう」


「できる?」


ミレーネが、少しだけ目を細める。


「やってみないと分からないけど。

 お金はかからなそうです」


ミレーネの口元にわずかに笑みが浮かんだ。


「いいわね、それ。

 お金かからない、はここでは正義よ」


「じゃあ、決まりだ」


グレンが手を叩く。


「やった、泥遊び!」


テオが笑いながら叫んだ。





空き地の一角に子どもたちが集まる。


「リラ、お願い」


おずおずと手を伸ばしたリラの指先に、淡い光が宿った。


《アース》


呟きとともに、泥がむくりと盛り上がる。

最初はぐにゃぐにゃの塊。


でも、何度か深呼吸して、

形をイメージし直すと——


「おお」


箱のような土台が、ひとつ、ふたつ、みっつ。

角は少し歪んでいる。

でも、「コンロ」の原型には見える。


「リラ、すごい!すごい!」


テオが、目を輝かせて飛び跳ねた。


「す、すごくないよ。

 これくらい、畑の畝でもやってるし……」


リラは、頬を赤くして目をそらす。


「畑の才能、大事よ」


ミレーネが、さらっと言って背中を押した。


「さ、あんたたち。

 ここからが遊びじゃない泥遊びの時間よ」


子どもたちが、わあっと笑う。


「この外側を、みんなでこねこねしてね。

 形、ちゃんと整えてよ。

 変なとこ穴開けたら、そこから炭がこぼれるからね」


「はーい!」


小さな手が、いっせいに土の箱に群がった。


「ドラゴンつくる!」


「ハートのかたち!」


「お城ー!」


「だから遊びじゃないって言ってんでしょ!」


ミレーネの声が飛ぶが、すでに手遅れだった。


角だのハートだの塔だのが生えた、

どう見ても、コンロ以外の何か。


「……お前らなあ」


グレンが頭を抱える。


「えー、かわいいのに」


「かわいさで腹はふくらまねえ!」


わいわい、きゃあきゃあ。


「じゃあ……ちゃんとしたやつは、

 俺と上の子たちで作り直します」


俺は、泥だらけの手を軽く叩きながら言った。


「えー!」


ミレーネが苦笑する。


「入口にでも並べましょう。

 子どもの家の目印にはなるわ」


「ほんと!?」


子どもたちが、一斉に笑顔になる。


「じゃあ、ちゃんとしたのはお仕事組。

 遊び……じゃなくて飾り組はあんたたちね」


「はーい!」


思い思いの泥遊びが始まった。





年長組と一緒に、改めて土台を作る。


「指三本ぶんの厚みで。

 その上に……」


グランツが、手本になる四角い形をひとつ作ってくれた。


それを真似しながら、リラが《アース》で土を動かす。

俺ともう一人の少年が、外側を手で撫でて形を整える。


「ここ、もうちょっと深く。

 中は広すぎると火が弱くなる」


「はい」


泥が、冷たくて気持ちいい。


昔、砦の前で《泥石》を作っていた頃を思い出す。

敵の流れを変える道具。

今流れを変えるのは炎だ。


「よし。

 このくらいのが……四つは欲しいな」


グランツが、出来上がりかけの土コンロを見回す。


「あとは——焼き入れだ。

 これはオレがやろう」


コンロ候補を、ひとまず日陰に並べる。


子どもたちがわらわらと集まってきた。


「燃えちゃわない?」


「爆発しない?」


「しません」


グランツが《スコーチ》で、丁寧に焼いていく。


「おお……」


内側の土が、少しずつ色を変えていく。


グランツが言う。


「一気にやると、ひび入る。

 じっくり焼いていく」


ひとつ焼いては、少し休む。


その間に、火属性持ちの男の子が、別のコンロを焼いていく。

ところどころ焦げ目がついていた。


「やりすぎだ。

 そこはあとで削れ」


グランツが、土を指でこすって削り落とす。


そんな風に、何度も調整しながら——

正午になる頃には、

どうにか四つの使えそうな土コンロが並んだ。


「ドラゴンもできた!」


「ハートも!」


子どもたちが、得意げにへんてこコンロを持ってくる。


グレンがため息をついた。


「ドラゴンの口から煙が出る店とか……

 それはそれで客が来るかもしれねえ」


「かっこいい!」


「やったー!」


みんな、泥だらけで笑っていた。





「さて」


一段落したところで、ミレーネが腰に手を当てる。


「土コンロはできた。

 グレンの言う、切り株+板で、

 テーブルも、どうにか形になった」


「問題は——」


ミレーネが、ため息を吐く。


「炭」


グレンが顔をしかめる。


「そうだった。

 昨日はグラ爺が持ってきた分をそのまま使ったか……」


「炭って、そんなに高いんですか?」


思わず聞いてしまう。


「安くはないわね。

 肉はグランツさんがどうにかしてくれるとしても、

 この土コンロ全部を毎日回すには、そこそこの量がいる」


ミレーネが指を折っていく。


「お皿。塩。ちょっとした香草。

 かまどを増やしたぶんいる」


「……」


さっきまでの「泥遊び」が、一気に現実に引き戻された。


せっかく土コンロを作って、テーブルも並べて。

ただの飾りに見えてくる。


「ここまでやったのに〜〜」


テオが、土コンロの前でへたり込む。


「ドラゴン、おあずけ?」


「おあずけ、って言うか……」


ミレーネが、苦い顔をする。


「タダで炭くれる慈善家なんて、そうそういないのよ」


広間の空気が、少しだけ沈んだ。


土の匂いと、乾いた風だけが通り抜けていく。


「……じゃあ」


自分の胸元に手を当てる。


王城の報奨金。

スタンピードの追加分。


父は、「自分の未来のために使え」と言っていた。


「……俺が、出します」


一度、胸の奥で何かを押さえるようにしてから、言った。


「ちょっと待ちなさい」


ミレーネに即座に言われる。


「ここで、ちゃんと腹を満たせる場所を作れたら……」


あの夜の続きを、

ほんの少しでも、違う形にできる気がした。


ミレーネは、しばらく黙って俺を見ていた。


やがて、小さなため息を吐く。


「ほんっと、英雄バカって顔」


「いいわよ。

 炭代と、最初の塩と、皿と。

 初回の元手だけ、英雄様に出してもらう」


「ありがとうございます」


「ただし、

 そっから先は、店の売り上げでどうにかする」


ぐっと、テーブルを指先で叩いた。


「このボロ家の壁のひびも、窓ガラスも——

 店の懐で直せるくらい、ちゃんと稼ぐ」


ミレーネの目が、少しだけ笑った。


子どもたちの視線が、天井へ向く。

ところどころ、布でふさがれた穴。


「屋根も、直せる?」


テオが、おそるおそる尋ねる。


「直す」


ミレーネは、きっぱりと言い切った。


「この焼き肉で、ちゃんと儲けて。

 炭も買って。皿も増やして。

 ちゃんと毎日腹を満たせるようにする」


胸の前で腕を組む。


「それくらいの店にする」


子どもたちの顔に、ぽん、と火が灯ったような表情が広がる。


「やる!」


「俺、お皿洗い頑張る!」


「ドラゴンに火をふかせる!」


「看板は燃やさない程度にな」


グレンが笑った。


「店の名前、どうする?」


テオが、わくわくした顔で聞いた。


「ドラゴン焼き!」


「それはやめなさい!」


甲高い声が空に一斉に響いていた。

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