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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
3章 王編 ― 英雄の形
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第62話 居場所

その後、テオとは別れた。 


路地を二つ、三つ曲がったあたり。

足がふらつき始める。


追走劇の疲れを思い出してきた感じだ。


「……はあ」


壁にもたれ、息を吐く。


スラムの空気は、砦とも森とも違う。


下水と、安い油と、焼いた何かの匂い。

ぐるぐると混ざっている。


空腹だけが、そこにあった。





少し開けた場所に出た。


広場、と呼ぶには狭いが、

子ども十人は転がれそうなくらいの空き地。


そこに、人がいた。


壁際に寄りかかる男。

ぼろ布をまとった女。

その足元に、膝を抱えて座り込んでいる子ども。


目を閉じている者。

ぼんやり宙を見ている者。


小さな手を伸ばして、

通りがかりに何かをねだる者。


「……」


耳を澄ませば、

断片的な言葉が聞こえてくる。


「……あっちの領地、もう戻れねえってさ」


「砦が全部、潰れたって……」


「ばあちゃん、まだ向こうにいるのに……」


スタンピード——


その余波の先。


燃えた家と、崩れた壁のかわりに、

路地の隅に積み上げられた人間がいる。


胸の奥が、じわりと重くなる。


想像していなかった。

自分が関わったその後の光景を。

それが、今も続いているなんて。





「……っ」


視界が、かすかに揺れた。


立っている足が、妙に遠く感じる。

壁に預けたはずの背中が、ずるりと滑った。


しゃがみ込む、寸前。


「——こら、こんなとこで寝るんじゃない」


頭の横を、乾いた女性の声がかすめた。


「荷車に轢かれて、そのまま路地のシミになるわよ」


「……?」


肩をつかまれ、ぐい、と引き起こされる。


目の前に、腰に手を当てた女がいた。


髪は無造作に束ねられ、袖をまくった腕には、

洗濯と皿洗いで刻まれた手荒れが見える。


年は、うまく言えない。

若くはないが、老けてもいない。

ただ、「毎日忙しい人の顔」をしていた。


「ったく……」


女は、ため息を吐く。


「顔と服は、そこそこちゃんとしてるのに、

 中身はこれかい。どこのお坊っちゃん?」


「えっと……」


口が、うまく回らない。


その代わりに、懐から、あの円盤が覗いた。


胸元から、ぶらさがっている安っぽい記念章。

王家の紋章が刻まれている。


女の視線がそこで留まる。


「まさか、あんた」


ぐっと顔を近づけてくる。


「スタンピードの英雄様ってやつじゃないでしょうね」


喉が、ひゅっと鳴った。


否定する言葉が、すぐには出てこない。


「……そう呼ばれたことは、あります」


それがやっとだった。


女は、一瞬黙って。

深くため息をついた。


「英雄様が、こんなとこで行き倒れてんじゃないよ」


腰に当てていた手を外し、俺の肩に回す。


「立てる?」


「……たぶん」


「たぶんはここじゃ、信用ならないの。

 ほら、荷物貸しな」


肩の袋を半ば強引に奪われる。

そのまま引きずられるように歩き出す。


「どこ、行くんですか」


「孤児院よ。

 あんたみたいなの、一人増えたところで

 大して変わらないから」


「こ、孤児院……」


「嫌なら、戻って寝てなさい。

 今度は、ほんとに轢かれるかもしれないけど」


口調はやけに軽い。


でも、肩に回された腕は、

しっかりと重さを支えてくれていた。





連れてこられたのは、粗末な教会の

その横にある更にボロい建物だった。


石壁はところどころひび割れ、

屋根の一部は布で覆われている。


入口には簡単な看板が掲げられていた。


《子どもの家》


扉を開けると、子どもの声がした。


「おかえりー!」


「ミレーネ姉、パンは?」


「おなかすいたー!」


「はいはい、ただいま」


さっきまでの棘のある声とは違う。

少し柔らかい調子でその女性——ミレーネは答える。


「パンはあとで。

……その前に、拾い物」


「ひろいもの?」


小さな頭がいくつも、こちらをのぞく。


その中に、一つ、見覚えのある耳があった。


「……あ」


ぴょこんと立った獣耳。

ボロマント。

大きな目。


テオが、ぱあっと顔を輝かせた。


「さっきの、空飛ぶお兄ちゃん!」


「え」


ミレーネが、半分振り返る。


「なに、あんたら知り合い?」


「——っ」


ミレーネの背中の陰で、テオが全力で首を横に振った。


両手をぶんぶん振り回し、

口の前で「内緒」のジェスチャー。


「えっと」


俺は、口を開いた。


「さっき、その……道を教えてもらって」


「道?」


「はい。ここの場所、知らなくて。

 子どもの家って、どこですかって……」


自分でも苦しい言い訳だった。


でも、テオが全力で「うんうん」と頷いている。


「へえ」


ミレーネは、じろりとテオを見た。


「英雄様に道案内なんて、テオもやるじゃん」


「へ、へ、へへ……」


テオが、照れ笑いなのか

誤魔化しなのか分からない声を漏らす。


その隣で、他の子どもが目を丸くした。


「え、英雄様?」


「本物?」


「スタンピードの?」


「ほらほら、騒がない」


ミレーネが手を叩く。


「英雄様でも誰でも、

 今日から食い扶持一人分だから」


そう言って、こちらを向いた。


「で、あんた。名前は?」


「アレン・ハルトシュタインです」


「アレンね。いい?

 ここは慈善の安宿じゃないよ」


きっぱりと言い切った。


「寝床と飯は出す。

 そのかわり、働いてもらう。

 それが嫌なら、でてってもらう」


「……はい」


「ここにいたきゃ、ちゃんと働きなさい。

 英雄様だから特別とか、ここにはないからね」


その言葉は、きつく聞こえるはずなのに。


宿屋で「他あたってくれ」と言われたときの

冷たさとは、まるで違っていた。


苦笑混じりで、肩をすくめる。


「世の中、奇跡より腹よ。

 奇跡の水より、毎日のスープ。

 覚えときな」


そう言い捨てて、奥へ引っ込んでいく。


「テオ、スープを配る用意しなさい。

 アレンは……とりあえず、椅子に座っときな」


「う、うん!」


テオがぱたぱたと走っていき、

俺は言われた通り、がたつく椅子に腰を下ろした。


薄いスープの匂い。

油と埃と、子どもの汗の匂い。


ごちゃごちゃしているのに、不思議と落ち着く。


——ここは、追い出されないのかもしれない。

そんな考えが頭をよぎったとき。


「おう、ミレーネ。今日のぶん、持ってきたぞ」


低い声が、入口から響いた。





振り向くと、扉の前に大柄な男が立っていた。


白い髭。

日焼けした皮膚。

片肩に、大きな布包み。


「肉ジイ来た!」


子どもたちが、ぱっと顔を輝かせる。


「こら」


ミレーネがすかさず注意する。


「グランツさんよ。

 なんど言ったらわかるのよ。」


「いいさ」


当の本人は、クックックッと笑って

布包みを、どさりとテーブルに置く。


「今日はホーンラビットが多めだ。

 オークも少しだけ、いいのが取れた」


「いつもすみません、本当に」


ミレーネが、頭を下げる。


「グランツさんの肉がなかったら、

 何人かは倒れてましたよ」


「好きでやってることだ。気にすんな」


グランツは片手をひらひら振った。


「ガキどもの腹に入ったほうが、あいつらも本望だろ」


子どもたちが、「肉だ!」「今日は肉だ!」と騒ぎ始める。


「ほら、ちゃんと待ってな。

 今日はスープにちょっと浮かせてやるから」


ミレーネが手早く肉をさばき始めた。





「……お?」


グランツの視線が止まる。


「どっかで見た顔だと思ったら

 ギルドの小僧じゃねえか」


「え」


テオが、きょろきょろと俺とグランツを見比べる。


「肉ジイ、英雄兄ちゃんと知り合いなの?」


俺も、立ち上がって頭を下げた。


「あのときは……ありがとうございました」


「ジジイの小言だ。

 礼を言われるようなことはしてねえ」


グランツは肩をすくめる。


「で?

 ここにいる理由は?」


「簡単よ」


ミレーネは、包丁を動かしながら答えた。


「噂の英雄様も、ただの子どもってことよ」


包丁が、まな板に小気味よく当たる。


「行き場がなくて、

 そこに倒れそうになってたのを拾ったの」


「……ヴァルドの仕込みか」


グランツが、苦々しそうに唇を歪めた。


「あることないことホラ振いてんだろう」


その声には、諦めと怒りが混ざっていた。


「今は宰相のやりたい放題だ。

 そのしわ寄せが、ぜんぶ底辺に落ちてくる」


ちらり、と俺を見る。


「お前も、そのしわ寄せの一人、ってわけだ」


「……」


否定できなかった。


「まあいい」


グランツは、ぽん、とテーブルを叩いた。


「英雄だろうが呪いだろうが、ここじゃただの子どもだ」


その言い方には、変な優しさがあった。


「腹減ってりゃ飯を食う。

 動けりゃ働く。それだけだ」


ミレーネが、ふっと笑う。


「そうそう。

 アレンは被害者よ」


「……はい」


短く返すと、テオが、ぴょこんと俺の袖を引っ張った。


「英雄兄ちゃんはさ、空飛べんだぜ」


ものすごく誇らしげな顔で言ってくる。


「さっきの路地で見たやつ。

 ひゅんって飛んで、それからどさって落ちた」


「最後のとこは言わなくていい」


「でも、すげーんだよ!」


テオは、尻尾をぶんぶん振る。


「俺さ、弟子ってやつになりたい!」


目をきらきらさせている。


「グレン兄ちゃんが言ってた。

 弟子ってのは、

 師匠の技を教えてもらえるやつだって」


「あいつ、余計なことばっか教えやがって……」


グランツが、こめかみを押さえる。


「だから!」


テオは、俺の袖をさらに強く引っ張る。


「俺、兄ちゃんの弟子になって、空飛ぶの教えてもらう!

 そんで、俺も英雄になる!」


「……空は、飛べないよ」


とりあえず、事実だけ訂正する。


「さっきのは、ちょっと跳んだだけ。

 魔法を、足だけに使って」


「じゃあさ!」


テオは、ますます身を乗り出す。


「ちょっと跳ぶやつ、教えて!」


「おいおい」


グランツが苦笑する。


「身体強化なめんなよ。

 一歩間違えりゃ足が逆に折れるぞ」


「分かってます」


俺は、グランツのほうを見た。


「……ちゃんと、止まるところから教えます」


「へえ」


ミレーネが、スープの鍋をかき回しながら言った。


「英雄様、居候一日目にして、もう弟子とる気?」


「弟子ってほどじゃないですけど」


「じゃあ、一緒にこける仲間くらい?」


くす、と笑う。


テオが、不安そうに見上げる。


「ミレーネ姉ちゃん、俺、だめ?」


「ダメなんて言ってないでしょ」


ミレーネは、テオの頭をくしゃっと撫でた。


「飛べるかどうかは知らないけど、

 どうせあんた、勝手にやるんだから」


「……えへへ」


テオが、照れ隠しのように笑う。


「ほら、英雄様も座って」


薄いスープの中で、小さな肉片が一つふたつ、浮いている。


「うちの特別豪華メニュー。

 英雄様だろうがなんだろうが、みんな同じだからね」


「ありがとうございます」


両手を合わせて、口に運ぶ。


塩気は薄い。

肉も少ない。


でも、温かかった。


「……おいしいです」


「自分の食い扶持ぶんくらいは働く」。


それなら——

やっていけるかもしれない。


薄いスープの味を、じっくり噛み締めた。

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