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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
3章 王編 ― 英雄の形
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第61話 綺麗事

あのあと——


追いついてきた客に、

俺は頭を下げて、銅貨二枚を返した。


「一枚は、甘い水代ってことで……」


男はしばらく俺とテオと瓶を見比べて、


「……まあ、一枚ならいい」


と引き下がってくれた。


残った一枚は、テオの小さな手の中にある。


「二枚……二枚、飛んでった……」


テオは、額を石畳にくっつけそうな勢いでうなだれていた。


「グレン兄ちゃん、あの二枚でパン買うつもりだったかも……」


「……だったかもしれないね。

 グレンって人のところに、これから行くんだよね?」


「……うん」


「じゃあ、一緒に謝りに行こう」


テオが、はっと顔を上げた。


「でも、兄ちゃん、別に悪いことしてないよ?」


「俺は、口出したから」


だったら、その後始末にも付き合うべきだ。


「一緒に怒られに行こう」


「……変な人」


テオは、目をぱちぱちさせたあとで、小さく笑った。


「うん。じゃあ……来て」


尻尾が、少しだけ持ち直す。


「隠れ家、教えてあげる」





スラムの奥は、王都とは思えないほど静かだった。


ひび割れた壁。

半分崩れた階段。

閉じられたままの扉。


テオは、その間をするすると進んでいく。


「ここ」


立ち止まったのは、二階建ての古い建物の裏手だった。


表の入り口は板で打ち付けられ、

裏側に、かろうじて人一人通れるくらいの隙間がある。


「この中?」


「うん。……先に行くね」


テオは、ひょい、と隙間に体をねじ込んだ。


少し待ってから、中から小さな声。


「お兄ちゃん、こっち」


肩をすぼめて、同じように隙間を抜ける。


薄暗い部屋。


壁の隅に、木箱と古い布。

割れた椅子が二つ。


そのうちの一つに、見覚えのある少年が腰掛けていた。

さっき路地で台の上に立っていた少年——グレンだ。


「……で、うまくまいてきたか、テオ」


こちらを見ずに言う。


「たぶん……。たぶん、もう追ってこない」


「たぶんの二回は、あんまり信用ならねえな」


そう言ってから、グレンはようやく顔を上げた。


その目が、俺のところで止まる。


「……まだいたのか、坊や」


「さっきは、余計なことを言ってしまって、すみません」


俺は、素直に頭を下げた。


テオも、あわてて隣でぺこぺこと頭を下げる。


「ご、ごめんグレン兄ちゃん!

 銅貨、二枚返しちゃった……」


「……は?」


グレンの眉が、ぴくりと跳ねた。


テオは、握りしめていた銅貨一枚を、

おそるおそる渡す。


「これだけ……」


部屋の空気が、一瞬で冷えた気がした。


グレンは、しばらく何も言わずに、

その銅貨と俺たちの顔を順番に見た。


「……まあ」


深く息を吐いたあと、ぼそりと言った。


「逃げ切れただけマシとするか。

 二枚ぶんで済んだなら、

 今日は、ちょっと負けたくらいだ」


「怒らないの?」


テオが、おそるおそる聞く。


「怒っても腹は膨れねえ」


グレンは、肩をすくめた。


「それより——」


じっと、俺を見る。


「綺麗事の坊や、お前だよ」


その呼び方に、背中がぴくりとする。


「……すみません」


もう一度、頭を下げる。


「二枚返したってことは、

 今日のガキの飯が一日ぶん減ってる。

 それが分かった上で、やったんだよな?」


「……はい」


短く答えるしかなかった。


グレンは、乾いた笑いを一つ漏らした。


「……あまちゃんだな」


木箱の上の瓶をひとつ、からん、と転がす。


「俺はスリも盗みもしねえ。

 夢を売ってるだけだ」


テオが、少しだけ安心したようにうなずく。


じっと、値踏みする目が向けられる。


「それを違うって言うなら――」


からん、と空になった瓶を指ではじく。


「誰も騙さずに、ガキどもの腹を膨らませる方法を——」


言葉に、わずかな皮肉を混ぜる。


「お前、持ってんのか?」


喉の奥で、言葉が止まった。


持っているかと聞かれたら、


「……今は、ありません」


正直に言うしかなかった。


グレンが、鼻で笑った。


「孤児院のな。

 上のベッドで、いい子してりゃ、

 飯は減らされずに済むと思ってた」


グレンは、肩をすくめた。


「でも、なにも変わらなかった。なにも、だ。

 だから、俺は外に出た」


「スラムの現実を知らない俺が、

 こうすべきっていうのも、傲慢だと思います」


「でも、やり方は変えられるはずです」


どんな形になのか、まだ分からない。


それでも。


「その方法を、探したいです」


グレンは、しばらく黙って俺を見ていた。

やがて、ふい、と視線を外す。


「……本当に、あまちゃんだな」


呆れたように言う。


「それで回るなら、世の中苦労しねえ」


「でもよ。

 見てて退屈はしなさそうだ」


グレンが少しだけ笑う。

それは、楽しんでいる色が混じっていた。


「いいぜ、坊や」


俺を指さす。


「そこまで言うなら——

 そのやり方ってやつ、見せてみろ」


胸が、どくりと鳴った。


「そのうち……何か持ってきます」


「期待はしてねえ」


グレンは、肩をすくめた。


それは今までで、ずっと軽く聞こえた。





外に出ると、空はもう傾きかけていた。


テオが、隣でぼそっと言う。


「グレン兄ちゃん、あんまり怒らなかった。

 お兄ちゃんが一緒にいたから、かな」


テオは、尻尾をくい、と揺らした。


「ありがと」


「どういたしまして」


本当のところは分からない。


でも、テオの尻尾が、

さっきより少しだけ高く上がっているのを見て。


甘い正義——

俺は、それを真剣に考え始めていた。

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