表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
3章 王編 ― 英雄の形
60/81

第60話 英雄ごっこ

ボロマントは、穴だらけだ。


でも、ちゃんと洗ってある。

ほつれたところは、姉ちゃんが縫ってくれた。


「テオ、これ着てると、

ちょっとだけちゃんとした子に見えるからね」


ミレーネ姉ちゃんは、そう言って笑った。


テオは本当は、「ちゃんとした子」より、

かっこいい「英雄」になりたかった──


ボロマントを、ばさっとなびかせて走るだけで、

ちょっとだけ聞いた英雄みたいな気分になれるのだ。


──スタンピードの英雄様。


辺境の砦で、でっかい魔物を倒したっていう、小さな子どもの話。


細かいことはよく分からないけど、

「ちっちゃいのに、でっかいのを倒した」ってところだけ、しっかり覚えている。


テオは、その話が大好きだった。





「いいか、テオ」


年の近いお兄ちゃん。

頭がよくて、口が達者で、なんでも知ってる人。


テオから見れば、「本物の大人」だ。


「今日は、英雄の仕事だ」


「英雄の?」


「そう」


グレン兄ちゃんは、にやっと笑った。


「これはな、ただの商売じゃねえ」


「孤児院と、スラムのガキどもを救う、

立派〜な仕事だ」


「……すっごい」


孤児院には、ちっちゃい子がいっぱいいる。

スラムにも、お腹を鳴らしてる子がたくさんいる。


ミレーネ姉ちゃんは、毎日疲れた顔で、

それでもご飯を分けてくれる。


そういうのを、助けられる。

それが『英雄の仕事』。


「でもな」


「英雄ってのは、

最初から最後まで元気いっぱいってわけじゃねえ」


「へ?」


「疲れたふりもするんだよ」


「つかれた……ふり?」


テオの肩を、ぽんぽん叩く。


「そう。で、最後にな。

『やっぱり英雄だから元気でしたー!』って立ち上がる」


「それが、かっこいいんだ」


「……なるほど!」


グレン兄ちゃんは、

路地の真ん中に置いた木箱を指さした。


「最初は、ここにぺたーって座り込んで、

だるいって言う」


「うん!」


「で、奇跡の水を一滴だけ飲んだら──」


「目ぇ、ぱちーんと見開いて、元気でたー、だ」


「ここ大事な、ちゃんと言えよ」


「わかった!」


「そしたら、英雄無双だ」


グレン兄ちゃんの目が、少しだけいたずらっぽく光る。


「走って跳べ。

尻尾もこれでもかってくらい振れ」


「えっと……どのくらい?」


「テオが、全部出し切ったって思うくらい」


「お前、英雄候補なんだろ?」


胸の奥が、どくん、と鳴った。


「……うん!」


テオは、ぎゅっとマントを握る。


いつか、自分が強くなったら──

悪いやつをいっぱい倒して。

孤児院の子どもたちに、もっとお腹いっぱい食べさせて。

そんなことができたらいいな。


グレン兄ちゃんは、

それを「ちゃんとした仕事だ」って言ってた。


だったら、やるしかない。


「今日は、英雄ごっこの本番だ」


「うん!」


テオは、ボロマントをばさっとなびかせて、

木箱の上に飛び乗った。





「さあさあ、お立ち会い!」


グレン兄ちゃんの声は、いつ聞いてもよく通る。


テオは、木箱の上で、ちょこんと座って、

言われた通りに体をぐにゃっとさせた。


「今、王都のお偉いさん方のあいだで

流行ってる奇跡の水——

知ってるよな?」


ざわざわ、と輪の外が揺れる。


王城。

貴族。

奇跡の水。


全部まとめて、自分の言葉に変えてしまう。

グレン兄ちゃんは、すごいと思う。

なんかわからないけど、聞いてみたい感じになる。


そろそろだ。

木箱が、とん、と鳴った。


「テオ、出番だ」


「なんか〜、だるい〜」


耳をしょんぼり。

尻尾をだらん。

ちょっとだけ大げさに。


「お腹、すいた〜」


ついお腹が空いていて、言ってしまった。

しまったと思ったけど、黙っておく。


グレン兄ちゃんが、小瓶を掲げる。

中身は、薄い紫の甘い水。

これはおいしくて好きだ。


「……あまい」


決められた通りにいう。目も丸くするのも忘れない。


「……あれ? 元気出てきた気がするーっ!」


そして、走り出す。


よし。

今日も全力で英雄ごっこだ。


英雄様には、まだ遠いかもしれないけど、

ちょっとだけ近づいた気がする。楽しい。


輪の外から、「おお」とか「なんだありゃ」とか、

言ってくれる。

この瞬間が一番気持ちいい。


ぐるりと一周する。

胸がどきどきして、息が熱い。


「テオ、セリフ」


グレン兄ちゃんが小声でいう。


「すごーい! もうちょっと走れそうーっ!」


忘れた決めセリフを叫び、一回転すると、

輪の中から、ぱちぱちと拍手。


この瞬間が最高に気持ちいい。





そこから先は、いつもの通りだ。


木箱の上で胸を張って立っていればいい。


あとは、グレン兄ちゃんが、

本物は金貨何十枚だとか、

王様がちびちび舐めてるだとか喋って。


銅貨三枚だとか、

賭場で溶かすだとか、

難しいけど面白そうな話を続ける。


最後に、

「どうせドブに捨てるなら、こっちに賭けろよ」

っていう。


何度聞いても、ワクワクする。





「……一本くれ」


銅貨の音が、かちゃり、と鳴る。


「まいどあり!」


グレン兄ちゃんの声が明るく響いた

そのときだった。


「それ」


高くもなく、低くもない。

でも、はっきりした声。


年は、グレン兄ちゃんより少し下のお兄ちゃんだった。

立ち方が、「ちゃんとしてる」感じがする。


「奇跡の水ってほどじゃ、ないですよね」


そのお兄ちゃんは、そう言った。


グレン兄ちゃんから、笑顔が消えた。


そのお兄ちゃんは、小瓶を一本とって、

魔力の匂いがしないな、とかつぶやいていた。


本物を知っている人の言い方だ。

男が怒鳴りだしていた。

なんか、やばいっぽい。


グレン兄ちゃんが、ぱん、と手を叩いた後、

変なふうに横に目を動かす。


「あっ」


教えられた、「やばくなったら逃げろ」の合図。


木箱から飛び降りる。


尻尾をひるがえし、全力で駆け出す。


「待てコラぁぁ!」


英雄ごっこは、ここからが本番だ。


グレン兄ちゃんがいってた。

英雄は、追われる。

そして逃げて、最後に勝つんだって。





路地には、洗濯物の紐が張り巡らされている。


その下をひらりとくぐった。


「ひゃっほー!」


何度も練習した、得意のコースだ。


紐の高さも、ロープの位置も、ぜんぶ知っている。


後ろの足音が、洗濯物に突っかかる音がする。


「へへ、楽勝〜」


振り返って、舌を出した。


その瞬間。


頭の上が、ふっと暗くなった。


「え?」


見上げる。


洗濯物の上。

細い空のあいだを、なにかが横切った。


人の影。


次の瞬間、目の前の地面に、

どさっ、と何かが落ちた。


「うわっ!」


テオは、思わず飛びのく。


膝に土をつけて。

顔をしかめて。

布のすきまから、ひとりの少年が起き上がる。


さっき、「奇跡の水じゃない」と言ったお兄ちゃんだ。


「な、なにそれ!」


テオは、素直に叫んでいた。


「どうやって、上から──」


「説明してる余裕は、あんまりないんだけど」


子ども――アレンと名乗ることになる人は、

息を整えながら言った。


「止まってると、追いつかれるよ」


「わ、わかってる!」


テオは、また走り出した。


英雄は、簡単には捕まらない。


そう、教えられている。





路地を抜けて、

狭い角を右に曲がる。


ここも、テオの得意なコースだ。


角を曲がった先、

その向こうは、しばらく人通りが少ない。


「よし、今度こそ──」


テオが鼻を鳴らした、そのとき。


頭上から、また、どさっ、という音。


「えっ」


見上げると、

曲がり角の上から、

さっきの子が、斜めに落ちてきていた。


壁と壁を蹴って、

荷車の上を一瞬踏み台にして、

そのまま前へ飛んでくる。


意味が分からない。


「空からふってきた〜〜〜!?」


テオは、本気で叫んだ。


ちょっとかっこ悪く転んでた。

膝からずざーっと滑って、

片手で地面を押さえている。


でも、その前に見えた「空の一歩」は、

どうしても、頭から離れなかった。


「二連続もなんとかいけるな」


アレンと名乗る子が、小さくつぶやく。


「……なにそれ」


テオは、ぽろりと本音が出た。


「こんなの、見たことない。

あんなふうに、空を蹴って――」


「ちゃんとした身体強化じゃないからね、これは」


「へ?」


「だから、たぶん普通の人は真似できない」


よく分からない。


でも、「すごい」のだけは、分かる。


「行かないの?」


「あ、やば」


また走り出す。


英雄は、簡単には捕まらない。

でも、ちょっと見惚れてると、普通に捕まる。





細い路地に入る。


正面には、低い壁。


いつも通りなら、この壁の下に、

子どもが一人ぎりぎり通れる穴がある。


「ここまでくれば、こっちのもんだ」


テオは、壁の下の穴に体をねじ込んだ。


何度も練習した動き。

肩をこうして、足をこうして、

尻尾を最後に引っぱると、するりと抜けられる。


「バッキャロー!」


壁の向こう側で、勝ち誇って叫ぶ。


ふーっと息を吐いた、そのときだった。





夕方でも昼でもない、

曖昧な光の中、

時間が少しずつ遅くなっていく——


視界の上のほうで、

なにかが動いた。


壁の上に——


手がかかる。


足が伸びる。


体が、空を蹴る。


空気が、きゅ、と鳴る。


あのお兄ちゃんが——

高い壁より更に上のところで、

まるで空を走るみたいに、こちらへ飛び込んでくる。


「強くて、かっこよくて──

 自分なんかより、ずっと遠くにいる存在」


今、目の前にいるその姿は、

ずっとなりたかった憧れの英雄様と、

重なって見えた。





どさっ。


最後はやっぱり、ずっこけた。


膝から落ちて、手のひらをついて、

「いたた」とか言っている。


それでも、バカにしようとは思わなかった。


息ができない。

言葉がつまる。

胸がじんじんと熱くなる。


「……そ、空を走れる……?」


ようやく出たのは、それだけだ。





「よし、とりあえず、捕まえた」


次の瞬間、

首のうしろを、がしっと掴まれた。


「ぐえっ」


視界が、くいっと持ち上がる。


アレンと名乗ったお兄ちゃんが、

いつの間にか、すぐ後ろに立っていた。


……いつ、回り込んだんだろう。


「さっきの人たち、まだ追いかけてきてるからね」


壁の向こうから、

「おいガキ!」「出てこい!」という声。


ようやく我に返った。


「や、やば……」


「とりあえず、さっきの銅貨三枚の話を、なんとかしよう」


アレンは、淡々と言った。


「全部返すのは違う気がするけど、

三枚そのまま持ってるのも、やっぱり違う」


「……グレン兄ちゃんに、怒られる」


「じゃあ」


アレンは、小さく息をついた。


「一緒に謝りに行こう」


「え」


「君ひとりで怒られるのは、ちょっと違うと思うから」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。


自分が悪いわけでもないのに、

一緒に怒られてくれる。


そういうのが、英雄なんだろう。


「……うん」


小さく頷いた。


ボロマントの中で、

心臓がどくどくと鳴っていた。


さっき飲んだ甘い水より、

ずっと強い元気が、どこからか湧いてくる気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ