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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
3章 王編 ― 英雄の形
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第59話 夢を売る少年たち

俺は、宛てのないまま歩き続けた。


王都のきらびやかな通りを外れ、

石畳はところどころ土に変わり、

灯りの数も少なくなる。

 

——その夜、

人けの少ない路地の隅で、

俺は、壁にもたれて眠った。


背中の痛みで目を覚ます——

空は白み始めていた。


「……おはようございます、王都」


誰にともなく呟き、背伸びをする。




  ◇


 

 「さて。どうするかな」


人がいそうなほうへ、自然と足が向いていた。


建物の壁はくすみ、窓は小さく、

洗濯物が細い路地の上に張られている。


「……下町、かな」


数人が立ち止まって何かを見ている。

その輪の中心には、木箱に布をかけただけの即席の台。

その上に、小さな瓶がいくつか並んでいた。


痩せた体つきに、ボサボサの髪。

瓶の前に、十歳そこそこの少年が立っている。


流暢な言葉。

目つきは妙に落ち着いている。


「さあさあ、お立ち会い!

 通りすがりでかまわねえ、耳だけ貸してってくれ」

 

「今、王都のお偉いさん方のあいだで

 流行ってる奇跡の水——

 知ってるか?」


野次馬どもがわらわらと集まる。


「奇跡だぁ?」


「なんだよその、胡散くせえ名前はよ」


少年は肩をすくめ、声を落とす。


「一滴で、元気が出る。

 二滴で、身体の不調がすうっと楽になる。

 三滴で、しわも腰の痛みも、ちょいと昔に戻る。

 そういう代物だ」


「……やべえにもほどがあるな」


「そうだよ。だから王族さまから貴族のお偉いさんまで、

 みーんな夢中」


「俺らの口に入るのは噂だけってわけか」


少年がにやりとする。


「——普通なら、な」


「本物を運ぶ仕事してた兄ちゃんがいてさ。

 瓶の底に残ったほんの少し——

 垂れた一滴、こびりついた一滴。


 それを捨てるのはもったいねえって、

 何度も何度も、俺が頭下げて交渉して—— 」


自分の胸を、親指でぐい、と指す。


 「『お前の口の堅さなら、まあいいか』ってことでよ。

 ようやく、ちょっとだけ分けてもらえたんだ」


「運び屋と話つけたってことか?」


「信じるかどうかは、あんたらの勝手だ」


少年は、あっさりと言い切る。


「俺は、もらった本物を、水で少しだけ薄めた。

 ——それが、これだ」


彼は、台の上の小瓶を一つつまみ上げる。


「グレン兄ちゃん!」


少年の横から、小さな影が顔を出した。


ボロいマント。

ぴょこんと立った獣耳。揺れる尻尾。


「テオ、出番だ」


少年——グレンは口元だけで笑い、小瓶を掲げる。


ちび獣人——テオはこくんと頷くと、わざと肩を落としてだらんと立った。


「なんか、だるい〜……お腹、すいた〜」


声もわざと掠れさせる。


「テオは、いつも走り回ってる元気な子だ。

 今の季節は、どうにも調子を崩しやすくてな」


「雨、多かったからねえ」


「うちのガキも、ぐずぐずしてるわ」


どこにでもある話に、周囲が頷く。


グレンは、小瓶の栓を抜く。

甘い匂いが、ふわりと広がる。


「テオ、一滴だけだ」


瓶が傾き、テオがぺろりと舌を出す。


「……あまい」


次の瞬間、耳がぴん、と立った。


「……あれ? なんか、走りたいーっ!」


叫ぶと同時に、駆け出した。


狭い路地を縫うように走り、

木箱に飛び乗り、洗濯物の下をすり抜ける。


「おお……」


「さっきまでヨタヨタしてたろ」


「やべぇ、効いてるぞ」


感嘆の声が上がる中、


「すごーい!

 もうちょっと走れそうーっ!」


一回転して、ぴたりとグレンの横に戻る。


「見たろ? これが、本物のかけらの力だ」


「病気が治るだとか、死者が蘇るだとか——

 そんなおとぎ話、俺は言わない」


わざと、一度否定して続ける。


「けどな。

朝一杯のぬるい水よりは、よっぽど効く」


「元気の出ない日に、一滴。

 仕事前に、一滴。

 もう少しだけ頑張りたいって日に、一滴。

 俺たちには、それだけで十分だろう?」


周りの顔が、少しずつ真剣になる。


息子の咳。

妻の腰痛。

自分の疲れ。


それぞれの「もう少しだけ」が、脳裏に浮かんでいるのだろう。


「——で、おいくらよ」


誰かが、期待半分、警戒半分の声で聞いた。


グレンは、そこで一拍置き、にやりと笑った。


「本物一瓶、金貨何十枚。

 庶民じゃ、一生稼げるかどうかも怪しい額だ。

 それを薄めた、ほぼ本物一本が——」


指で、瓶の首をつまむ。


「銅貨三枚」


「「高っ」」


そこだけ、きれいにハモった。


「おい坊主、銅貨三枚あったら、パン何日分だと思ってんだ」


「そうだそうだ、腹の足しにもならねえだろ」


「そうだろうとも」


グレンは、あっさり頷く。

わざと視線を落とし、瓶を見つめる。


「これは、夢への値段だ」


周囲が、少し静かになる。


並べられた瓶を、指先で一つずつ示していく。


「ここに並んでる分だけでおしまい。

 酒か、賭け事か。

 それとも一度くらい、王城の真似事か。

 決めるのは、あんたらだ」


沈黙。


テオ、そしてグレンへ集まった視線が

一気に瓶に注がれる。


「……くそ。一本くれ」


誰かが、ぼそりと呟いた。


「おう、俺もだ」


瓶に群がる男どもがそこにはいた。



  ◇



「——それ、奇跡の水ってほどじゃないですよね」


数人の視線が、俺へ向く。


グレンの目が、一瞬だけ、鋭く細まった。


「何か気に入らねえところでも?」


「本物を薄めたって言ってましたけど」


俺は、手近の瓶を指さした。


「そこから、魔力の気配は、ほとんどありません」


近くの男が、眉をひそめる。


「お前、魔法使いか?」


「……今は、ほとんど使えませんけど」


それでも、感じることくらいはできる。


走り回っているテオを見る。


「……元から元気な子、ですよね」


テオが、ピタリと動きを止め、こちらを見た。

耳が、ぴくりと揺れる。


「お、おい。どういうこった。

ほぼ本物ってのは、嘘か?」


さっき瓶を買った男が、眉を吊り上げる。


「嘘ついてるつもりはねえよ」


グレンは、即座に返す。


今度の声は、さっきより少しだけ低い。


「本物を運んでた奴が言ってたんだ。

 『底に残ったやつは、しばらくは効く』ってな」


「ほんとに運んでた奴か?」


「さあな。

 俺は信じた。あんたも信じた。

 この坊やだけが、信じてない。

 ——それだけの話さ」


彼は、肩をすくめる。


「でも、奇跡をほぼ本物って言って、

 銅貨三枚取ってるのは——」


グレンが、俺の言葉を遮った。


「夢を信じる奴から夢代を取って、腹を膨らませる。

 それが商売だ」


「——詐欺だと思います」


はっきりと言った。


周りの空気が、ぴり、と張る。


「おい、てめぇ」


瓶を持った男が、顔を赤くした。


「それ、ただの甘い水だってのか」


「甘い水としては、ちゃんと甘いです」


「そういう話じゃねえ!」


怒鳴り声が、路地に響いた。


「銅貨三枚だぞ!?

 子どもと嫁の飯、何日分だと思って——」


「はいはい、そこまで」


グレンが、ぱん、と手を叩いた。

目だけが、急速に冷えていく。


「悪かったな、お客さん。

 今日はここまでだ。店じまい」


「ふざけんな!」


「ほら、テオ」


グレンは、横目でちび獣人を見やる。


「合図、したろ」


テオの耳が、ぴんと立った。


「……!」


尻尾をひるがえし、全力で逃げ出す。


「待てコラぁぁ!」


怒鳴り声とともに、男が追う。


グレンは、一瞬だけ俺を見た。


その目は、怒りでも憎しみでもなく、

値踏みするような冷静さを帯びていた。


「テオ、右の路地へ!」


と叫び、逆方向に走り出した。


 

  ◇



奇跡を信じたがる大人たち。

夢を売って、その日を生き延びる少年たち。

世の中たぶん、こんなもんだ。


でも——

胸の奥が、引っかかる。


「よし」


小さく呟いて、地面を蹴る。


「……鬼ごっこは、慣れてる」


路地の先に、つぶやきが吸い込まれていった。




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