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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
3章 王編 ― 英雄の形
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第57話 王国宰相ヴァルド

「エルフ使節団、および例の少年の件。

 まとめが上がりました、宰相閣下」


秘書官の声が、静かな執務室に落ちた。


壁一面の地図。

二年前のスタンピードの進路を示す赤い印は、

今ではもう、ただの記号の集合でしかない。


その中央に置かれた机の前で、

ヴァルド・レグナルトは書類から視線だけを上げた。


「聞こう」


短い一言に、秘書官の肩がわずかに強張る。




 



「まず、森側の処理についてです。

 二年前から継続していたボス遺体の瘴気削りと――」


「それはよい」


ヴァルドは即座に切った。


「森の中の後始末は、森の責任だ。

 王国が金を出す理由にはならん」


一枚目の書類から興味を失ったように、視線が外れる。


秘書官はつばを飲み込み、素早く次の紙をめくる。


「では、少年について。

 アレン・ハルトシュタイン。

 二年前、砦より英雄少年として報告が上がった件です」


「……二年前、か」


ヴァルドは小さく頷いた。

ペン先を、こつと無意識に鳴らす。


砦陥落を免れたという報告。

その末尾に添えられた、


《多属性初級魔法によりボスに決定打を与えた少年》


その一文を読んだ瞬間、

彼はすでに全体の扱いを決めていた。


――復興は数字の範囲で。

――英雄は、必要以上に作らない。


英雄は民を鼓舞する。

同時に、王と政府の無策を照らし出す灯でもある。


「エルフの報告では、

 少年の太い魔力線はほぼ焼損。

 外向き魔法の使用は、今も実質不可能とのことです」


秘書官は、淡々と読み上げながらも、

ちらりとヴァルドの表情をうかがう。


「軍事的価値は?」


「ありません。

 魔法兵として育成する意味はないかと」


「そうだろう」


ヴァルドは指先で机を軽く叩いた。

規則正しく二度、乾いた音が鳴る。


「英雄としても、兵器としても、半端だ」


秘書官は何も言わない。


「……で、森側はどう評価している?」


「世界樹の恩人。

 ただし、『森の外で生きるべき存在』として、

 人の社会に返す方針とのことです」


「冷静だな」


ヴァルドは小さく息を吐いた。

溜め息というほど大きくはない、それでも確かな呼気。


「英雄を抱え込めば、森も面倒を見る羽目になる。

 それを理解している」


 

 ◇



ヴァルドは、手元の書類を一枚めくってから言った。

視線だけが紙と秘書官の間を行き来する。


「王都では、どう扱っている?」


「ご指示どおりです。

 軍・ギルドともに、

 『英雄視を抑制せよ』

 『スタンピード関係者の一人として扱え』

 という方針で統一しております」


指示をなぞるような言葉。

それが、絶対的でもある。


「王城のほうは、どう処理した?」


「下位官吏による簡素な授与のみ。

 報奨金と記念章一つ。

 陛下は病を理由に欠席。

 宰相閣下のご出席も他案件として見送りました」


秘書官は、報告というよりも、

決定事項の再確認をしているような口調だった。


ヴァルドは一拍置いてから尋ねた。


「少年の反応は?」


「礼を述べ、静かに退出したと」


「ならばよい」


期待を与えず、失望も与えない。

それが最も安全な扱いだ。

ヴァルドは、自分に言い聞かせるように、心の中で反芻した。



 

 ◇




「街では、どう見られている?」


「英雄の言葉は残っていますが、

 王都では、

 『話が盛られている』

 『辺境の騒ぎだ』

 という認識が優勢です」


秘書官は、淡々とまとめる。


「ちょうどいい」


ヴァルドは、窓の外に一瞬だけ視線を投げた。

王都の屋根が幾重にも重なり、

その向こうに城壁の影が伸びている。


「今の王都は、余計な火を抱える余裕はない」


独り言のように、静かに続ける。


「スタンピードから逃げてきた者たち。

 孤児。行き場のない者たち。

 英雄は、希望にも不満の受け皿にもなる」


ヴァルドの声は、やはり淡々としている。

感情を削った結果なのか、最初からそうなのか、

それを知る者は少ない。


「少年は?」


「城下の安宿に滞在中です」


「下級貴族の子どもだ。

 いずれ、学園か、実家か。

 どこかに収まるだろう」


ヴァルドは、机の上の紙を整える。

角を揃え、重ね、視界から押しやるように。


「その間、我々がすることは――」


そして静かに告げる。


「英雄視を、静かに冷ます。

 ……それだけだ」


その頃、アレンは――

宿屋の薄くなったスープの味に、

少しだけ首をかしげているだけだった。



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