第56話 報奨の価値
翌朝、まだ空が白いころ。
戸を叩く音で目が覚めた。
扉を開けると、年配の兵士が立っていた。
「王城から呼び出しがある」
それだけ言って、踵を返す。
◇
食堂に降りると、宿の家族が全員そろっていた。
主人ベルンと妻のマルタと、あの少年。
「おはようございます!」
ベルンが慌てて頭を下げ、
マルタに肘でつつかれて、少年もぺこりと頭を下げる。
ベルンが俺を見る。
「朝ごはん、よろしければ食べていって下さい。
簡単なもので、恐縮ですが……」
薄いスープと少し焼いたパンが
そこにはすでに用意されていた。
「……王様に、会うのですか?」
少年が小さく聞く。
「さあ。行ってみないと分からない」
「たぶん会うわよ。
――英雄、なんでしょ?」
マルタが言う。
「お戻りになったら、
ぜひお話しを……聞かせていただければ」
ベルンが落ち着かない様子で手をこすった。
英雄、か。
胸の奥が、少しだけ重くなる。
◇
王城までは、兵士に連れられて一直線だった。
高い塔。
広い広場。
磨かれた石。
門をくぐり、廊下を歩き、
途中で何人かの役人に引き渡される。
「アレン・ハルトシュタイン殿ですね」
書類を持った男が、淡々と確認する。
「はい」
「では、こちらへ」
案内されたのは――
こじんまりした部屋。
机と椅子がいくつか並んでいて、
壁際には、メダルや勲章らしきものが箱に収められている。
「ハルトシュタイン領、アレン・ハルトシュタイン」
呼ばれて、前に出る。
机の向こうの男が、ちらりと俺を見た。
「スタンピードにおける戦功により、
ここに特別報奨金および記念章を授与する」
差し出されたのは、小さな布袋。
王家の紋章が刻まれた、軽くて薄い金属の円盤。
……王は、いない。
宰相も。大臣も。
「ありがとうございます」
受け取る。
形式的な言葉。
形式的な礼。
「以上だ」
背中を向けられる。
それで、終わりだった。
◇
城を出る頃には、まだ昼前だった。
あまりにも、あっけない。
「王様には……」
ぽつりと呟くと、
案内してくれた兵士が、気まずそうに目を逸らした。
「陛下はお体が優れぬ。
今回は、宰相閣下がご代理のはずだったが……
急なお仕事が入られたのだろう」
少し事務的に言われる。
「とにかく、任は果たされた。あとは自由にしていいそうだ」
兵士はそそくさと敬礼した。
「……ご武運を」
それは、戦場に出る者への言葉だった。
今の俺には、少しだけ場違いに聞こえる。
◇
《つばめ亭》に戻ると、
ちょうど昼の仕込みの真っ最中だった。
扉を開けると、マルタが振り向く。
「おや、早かったですね」
「ただいま戻りました」
「王城は?」
「えーと……」
少し迷ってから、ありのままを話す。
「下のほうの人に、報奨金と記念章をもらって、終わりでした。
王様とも、宰相さまとも、お会いしてません」
「……ふうん」
マルタの目が、わずかに細くなった。
「そんなもん、なのね」
ベルンが、おずおずと口を挟む。
「で、でも、ほら、報奨金もらえたんでしょう?
よかったじゃないですか」
「はい。故郷に送る分と、自分で持っておく分と、考えます」
マルタが、ふ〜んと鼻を鳴らした。
「英雄様にしちゃ、地味ね」
「お、おい、お前……」
「別に悪口じゃないわよ。
こっちが勝手に派手なの想像してただけなんだから」
マルタは肩をすくめる。
「ま、あんたのご飯は、今日からは普通でいいわね。
昨夜みたいなの、毎日は無理だから」
「十分です」
「部屋も、あの角部屋じゃなくて、
二階の真ん中のほうでいい? 掃除しやすいから」
「あ、はい。どこでも」
「助かるわ」
あからさまな冷たさでもない。
『特別扱い』が、
いつの間にか終わった、という感じだった。
その夜。
客がビールを飲みながら
「なんだよ、あのガキさ。
本当は大したことなかったって話じゃないか」
「え?」
別の客が、酔った声で返す。
「エルフが全部やったんだろ?
ガキは、たまたまそこにいただけだってよ」
「でも英雄って——」
「英雄英雄言ってんのは辺境だけだよ。
王都じゃ話が盛られてるってさ」
笑い声。
「それでも城から金は出たんだろ? いい身分だよなぁ」
マルタは、何も言わない。
ベルンも、何も言わない。
誰も、俺のほうを見ない。
乾いた笑い声だけが、響いていた。
夕食は、パンと薄いスープ。
少しの煮豆だけだった。
昨日より、明らかに質素だった。
「……ごちそうさまでした」
そう言うと、マルタは適当に手を振った。
「はーい、お粗末さま」
その調子は、
王城の事務的な声と、どこか似ていた。




