第54話 境界の外へ 【エルフ戦士長視点】閑話
森の外縁にて、隊は分かれた。
森へ戻る者たちと、
王都へ向かう我ら使節団と、
そして――境界の外へ返される、一人の少年。
霧の向こう、世界樹の枝影がまだ揺れている。
リュシュアが少年の前に立ち、短く告げた。
生き延びよ、と。それだけだ。
エリュナは言葉を探し、結局、少年の胸を指で軽く叩いた。
ラグナは、いつもの調子で肩をすくめた。
それらのやり取りを、私は少し離れた位置から見ていた。
森の内で交わされる言葉は、もう終わっている。
◇
我らは、ボスの遺体を載せた荷車とともに、少年を伴い歩いた。
森を離れるにつれ、空気は乾き、風は荒れ、
大地はゆっくりと、しかし確実に疲弊した顔を見せ始める。
二年以上の歳月が、この地にも刻まれている。
倒壊した街道の木柵。
途中で折れたまま朽ちる剣。
戦場に放置された盾と、剥げ落ちた紋章。
誰も片付けなかった痕跡が、未だに残っていた。
街道脇には、布切れと壊れた荷車。
石を積んだだけの小さな墓標が、風雨に削られながら並んでいる。
行き場を失った者たちが、道沿いで火を囲み、
沈んだ目で、空だけを見上げていた。
スタンピードは終わったが、
戦場は、まだ終わっていない。
少年は、それらを一つひとつ見つめていた。
恐怖を隠し切れぬまま、しかし、視線を逸らさずに。
世界樹の下で見たものと、
この人の世界とを、静かに繋げているようだった。
◇
やがて、王都が姿を現した。
高く白い城壁。
雲を切るような塔。
陽を弾く巨大な門。
その外側には、布の集落。
難民、負傷兵、荷を失った商人たち。
門前は、静かな絶望で満ちていた。
内側は、別の世界だ。
磨かれた石畳、踊る旗、香の匂い。
同じ空の下とは思えぬ。
我らは市街へは入らぬ。
使節として、王城の上層へ向かい、
ボスの遺体と、瘴気石の件、
そして――森の意思を、ただ一言だけ伝える。
「これ以上、森の領分を侵すな」
それでよい。
◇
門前で、少年に告げた。
ここから先は、人の世界だ。
我らは、これ以上、共には歩かぬ。
少年は、門と城壁と、その奥の光を見上げ、静かにうなずいた。
世界樹の匂いが、まだ風に残っている。
あの少年は、確かに、森の一部だった。
だが今は――
境界の外へ戻る者だ。
◇
我らは、王城へ。
少年は、門の向こうへ。
それぞれの戦場へ。
これで2章終わりです。




