第53話 森の判断【エルフ長老視点】閑話
瘴気石が封印された夜、
森を覆っていた重苦しい気配は、はっきりと変わった。
世界樹の根を満たしていた濁りが、
目に見えて薄れていく。
風の匂いが変わり、
土の重さがほどけ、
そして何より――
森の奥に残っていた、
あの異様な瘴気が急速に弱まっていった。
「……終わったか」
長老は、封印石の文様を見下ろしながら、
深く、ゆっくりと息を吐いた。
二年前。
スタンピードの最後に現れた、あの単眼の魔獣。
人の少年が一撃を与え、
リュシュアがその命を断った――
だが、死んだ後も、その身体は瘴気を吐き続けた。
森は、すぐにそれに反応した。
世界樹が悲鳴を上げ、
魔物たちの均衡が崩れ、
結界の奥で、異様な気配だけが沈殿していった。
「とりあえず封じるしかなかった」
長老は、静かに呟く。
ボスの遺体は、森の最奥へと移され、
巫女たちと長老によって封印された。
二年。
その間、世界樹の根元では、
少年が眠り続け、
同時に、森はずっと瘴気を抱え込んでいた。
そして今――
瘴気石の封印が成り、
ようやく、源が断たれた。
「やはり、残っていた瘴気の核は、あれだったか」
巫女長が、ほっと息をつくように言う。
「遺体の瘴気と共鳴していました。
封じなければ、森は持ちませんでした」
長老は、森の奥へと視線を向けた。
力を失い、
ただの物となった魔獣の亡骸。
「……今なら、返せる」
側に控えていた戦士長が、静かに頷く。
「人の世界で生まれ、人の戦で死んだ禍です。
ならば、人の世界へ返すのが道理でしょう」
長老は、杖を鳴らした。
「森は、背負い続ける場所ではない。
守るべきものだけを守る場所だ」
やがて、使節団は動き出す。
魔獣の遺体と、
森が抱えてきた二年分の沈黙と、
そして、人の世界へ向けた報告を携えて。
長老は、境界の向こうを見つめ、
小さく、だがはっきりと呟いた。
「さて――
次は、そちらの番だ」




