第52話 新しいカタチ
「じゃ、次」
ラグナがにやっと笑った。
「実戦。鬼ごっこよ」
嫌な予感しかしない。
「え、ちょ、いきなり?」
「実際に動いて、転んで、失敗して、形にするの」
「アレン、逃げ役ね」
「捕まえたら、わたしの勝ち」
そう言って、ラグナは軽く膝を沈めた。
「十から数えるわよー」
「もう構えてるじゃないですか!?」
「十っ!」
あ、やばい――
地面が、どん、と鳴った。
ラグナの足が、土をえぐる。
次の瞬間、逃げる。
反射的に、俺は地面を蹴った。
《瞬間ブースト》
どん。
世界が、跳ねる。
……が、
カク。
次の一歩が、遅れる。
「——っ!」
ブーストの切れた足が惰性だけで回りはじめ、
バランスがぐらりと崩れた。
後ろから、風が来る。
「うわ、速すぎ――!」
——鬼につかりそうになる。
「ほらほらー」
ラグナの余裕の声。
《瞬間ブースト》
身体が、横に弾かれる。
だが、着地の瞬間、体が止まった。
――カク。
また引っかかる。
だが、そのあとがひどい。
ブーストが切れた体は、
勢いだけで二歩、三歩と地面を滑り、
半端なところでよろっと止まる。
「アー、レ、ーン?」
ラグナの声が、すぐ後ろから落ちてきた。
鬼は、滑るように接近してくる。
無駄がない。
揺れもない。
加速、制動、旋回が、一つの流れでつながっている。
対して俺の動きは、
踏み込み → 横跳び → 半回転 → バックステップ
……すべてが断続的。
外から見れば、きっとこうだ。
カク、ギュン、ブツ、
キュン、ゴロ、
ズン、よろっ。
「これ、ぶさいくダンス!?」
「こっちから見てもそうね!」
ラグナの返事が即座に返ってくる。
音もなく、距離が詰まる。
「やば、来る——」
「……捕まえた」
首根っこを掴まれた。
リュシュアの声が、少し離れたところから聞こえる。
「全部、その場の思いつきブーストになっている」
「だからカクカクするのだ」
「……ですよねー!」
地面にへたり込みながら、両手を上げる。
「今の、見てておもしろかった」
エリュナが、笑いをこらえながら言った。
「アレン、ただの挙動不審」
「そう、魔法がしょぼい、謎のダンスを踊る変態」
「なんか言葉悪くなってません?」
◇
その後も鬼ごっこは繰り返された。
全敗だ。
ラグナの身体強化は、縫うように走り抜ける。
対して俺は、
ただのカクカクが、
更にカクカク、カクカク、カクカク。
素直に、同じ魔力でぶつけると
線と点では明らかに出遅れる。
わかっている。
でも、答えが見つからない。
「一連の流れを型にしろ」
リュシュアが見透かすように答える。
まとめて一つにしておく――
イケるかもしれない。
◇
ラグナに、また距離を詰める。
ここまでは一緒だ。
「はい、終わり――」
その瞬間。
俺は、地面を斜めに蹴った。
《瞬間ブースト》
身体が、横に弾かれる。
だが、着地の瞬間、体が止まった。
「っ――」
ラグナの手が、もう、そこにある。
咄嗟に、
俺は体を沈めて、転がり込んだ。
ぎりぎり。
だが――
前に、倒木。
行き止まり。
「詰みね」
ラグナが、踏み込む。
◇
その時だった。
背中が、冷たくなるほどの圧。
突進。
まともに受けたら、吹き飛ぶ。
でも――
(今だ)
俺は、瞬間的に、体を捻った。
《瞬間ブースト》
地面を、斜め後ろに蹴る。
視界が反転する。
ラグナの体が、
すれ違う。
一瞬の――死角。
俺は、その背中側へ滑り込んだ。
次の瞬間。
「……あ?」
ラグナが止まる。
静寂。
ラグナが、ゆっくり振り向く。
「……今、なにした」
体が、勝手に動いた。
その後も、同じ動きが繰り返される。
ラグナの突進線から、半歩だけ横へ——
「——っ!」
肩先をかすめる風。
次の瞬間、俺のいた場所を、ラグナの腕が通り過ぎた。
「おお」
視界の端で、ラグナの手が追いかけてくる。
でも、そのたびに、
ギリギリで空を切る。
「——今の」
エリュナの声が、ほんの少しだけ震えていた。
ブースト散弾。
踏み込み用。横にずれる用。
動作の型をセットして、統合点から一気に散らす。
コツが掴めてきた。
カクカクダンスの回数は、目に見えて減っていった。
「ちっ」
「今の、捕まえそこねた顔してた」
ラグナが舌打ちに、エリュナが茶化す。
「ほんと腹立つわね、こういうの」
「おもしろい」
リュシュアが、目を細めた。
「型になってきている」
俺は、空を見上げた。
息が、白い。
……生きていける。
この身体で。この歪な魔法で。
◇
——そんな日々が、いくつか続いた、
ある日の夕方。
根の上の座学が、一段落ついたところで、
リュシュアが静かに告げた。
「——そろそろだな」
「王都行きの話だ」
胸の奥が、きゅっと鳴る。
「スタンピードの復旧と、
瘴気石封印の報告も兼ねて——」
「森から、王都に使者を出すことが決まった」
リュシュアは、淡々と続ける。
「その隊に、お前もついていく」
「長老たちの決定だ」
言葉が追いつかない。
頭上から、世界樹の葉擦れが降りてくる。
(——行ってこい)
そんな風に、聞こえた。




