第51話 ブサイクだけど
「いい? 身体強化ってのはね――」
ラグナが、根の上で軽く足を開く。
「“びゅっ”って力を集めて、“バーン!”って踏み出すの」
自分の胸のあたりを、指でとんと突き、
次の瞬間、地面を軽く蹴った。
どん、と土が鳴る。
一歩で視界の端まで滑った。
「簡単でしょ」
戻ってくると、今度は腕を振りの見本を変える。
動きには一切の無駄がない。
エリュナは、横でこくこく、うなずいていた。
「お母さんの、“びゅ”ってして“バーン”。
森の戦士たち、みんなこれで覚えた」
◇
「これじゃわからんだろう。言葉で説明する」
リュシュアがしゃがみ込み、
地面に簡単な図を描いた。
胸の中心から、四肢へ伸びる一本線を指先でなぞる。
「全身持続型の身体強化は、
ここの太い線に魔力を通して、全身を押し上げる」
「だが、お前はそれができない」
リュシュアは、あっさり言う。
「じゃあ、俺は、どうやれば——」
言いかけたところで、ラグナが割り込む。
「だ、か、ら〜。
ここから、“バーン”って飛ばせばいいじゃない」
ラグナは、俺の胸をつつく。
「飛ばすって、なにを、どこに、どうやってですか」
「知らないわよ。そこはあんたの変な発想の出番」
軽く言うな、この人。
「そ、そんな無責任な」
「無責任じゃない」
「魔力核はちゃんとある。魔法点もある。
ごちゃごちゃ考える前に、
まず一回“バーン”ってやってみな」
「さっき、考えろって言ってたの、誰ですか」
ラグナは、じろりと睨む。
「できませんって顔見てると、正直、殴りたくなるのよね」
「理不尽すぎません?」
「半分は本音よ」
エリュナが、くすっと笑った。
◇
森の開けた場所。
根と土が入り混じった足場の上で、俺は深く息を吸った。
「じゃ、やってみます」
ラグナが少し下がり、腕を組む。
リュシュアは木にもたれて、黙って見ている。
エリュナは、その隣で目を閉じ、
俺の中のマナの揺れを追っていた。
飛ばすなら、《エアーパレット》だな。
「マナを魔力核から、直接魔法点へ——
狙って飛ばす」
自分に言い聞かせるように、口に出す。
胸の奥——まだ熱の残る魔力核に、意識を沈める。
イメージを固めて、胸から足首へ向かって、
マナの小さな球を撃ち出す。
——すう、と何かが移動する感覚。
足首の内側が、ほんのり温かくなった。
「……?」
ぬるい感触。
ただマナが動いただけで、魔法は発動しなかった。
失敗だ。
あれ、俺、今までどうやって魔法使ってたっけ……
頭の奥で、いくつかの組み合わせが浮かぶ。
《ヒール+ウオーター》。
《ストーン+エアーパレット》。
統合してから、流してた。
……そうか。
もう一度、胸の奥に意識を沈める。
焼けた線の残骸から、ゆっくり探る。
「……あ」
そこに、懐かしい感触があった。
統合線。その根本の点——
「……まだ、生きてる」
「組み立てられるのか」
リュシュアが問う。
「はい。
《統合点》から《エアーパレット》でマナを飛ばす。
届いた瞬間、《スコーチ》で火を入れる」
「一瞬の圧と熱で代謝を上げるってことね」
ラグナが、にやっと笑う。
《瞬間ブースト》
そう名前をつけた瞬間——
俺の頭の中で、何かが噛みあった。
◇
深呼吸。
魔力核。
《統合点》。
右足首。
イメージを、ひとつにまとめる。
《瞬間ブースト》
――次の瞬間。
足首の内側で、
小さな爆発のような感覚。
「今!」
地面を蹴る。
世界が、跳ねた。
足が勝手に出る。
次の瞬間、腰が跳ねる。
ありえない角度に折れる。
体が、順番に裏切る。
そして——
「うわっ——!」
視界が斜めにひっくり返り、
俺はそのまま地面に突っ伏した。
べしゃ。
……沈黙。
ラグナが、腕を組んだまま呆れ顔で言った。
「なに、そのブサイクすぎる身体強化」
エリュナは、俺の体の内側をじっと見ている。
「……一箇所の点に、マナが集まりすぎてる」
リュシュアが、静かに言った。
「だが、できたな」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
世界はまだ歪んでいる。
体は、思い通りに動かない。
それでも――
一歩、踏み出せた。
俺は、土を払って立ち上がった。
「型としては、まだ粗い」
リュシュアが続ける。
「無駄な力も多い。
上半身との連携も取れていない」
「だが、方向性は間違っていない」
ラグナが、にやっと笑う。
「つまり、ブサイクだけど有望ってことね」
アザだらけ。
ヒリヒリする。
でも、嫌な痛みじゃない。
不思議と、悪くない気分だった。




