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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
2章 エルフの里編 ― 世界樹の問い
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第50話 予感

「——森の奥に、石があった」


リュシュアの報告は、短かった。


世界樹の根元から少し離れた集会所。

世界樹の葉で編まれた幕の向こうに、長老たちが半円を描くように座っている。


その中央で、リュシュアが森の簡略図を示していた。


「自然にできた瘴気の塊ではない。

 森の流れを乱すために、意図的に置かれた石だ」


世界樹を中心に広がるマナの線。

その途中に、黒い点。


そこから、濁りがじわじわと広がっていた。


「放置すれば、再びスタンピードが起こる恐れもある」



 ◇

 


「壊せぬのか」


戦士長が口を開いた。


「元を断てば、それで済む話ではないか」


「瘴気の塊を、むやみに砕けば——」


巫女長が静かに遮る。


「中身が一気に弾ける。

 森全体に毒を撒き散らすかもしれぬ」


「……封じるしかない、か」


長老が、渋い顔で呟く。


「封印の結界なら、わたしたちの分野です」


巫女長がうなずいた。


「封印陣は、術者から一定距離以内に置かねばならぬ」


「近づけば、瘴気でやられる」


ラグナが、眉をひそめる。


「それって、全部ダメってこと?」


長老が、ゆっくりと言った。


「今は選べぬ」


「確かめるしかないな」


リュシュアは、それにただ答えた。





—その日の夕方。 


森の奥へ向かった戦士と巫女たちの気配が、

世界樹の揺れから、じわじわと遠ざかっていく。


俺は、根の上に座り込み、空を見上げた。


何もできない。

何もしていない。


ただ、胸の奥だけがざわざわと落ち着かなかった。


——しばらくして。


世界樹の揺れが、唐突に、ぎゅっと縮こまった。


「……っ」


胸の核を、冷たい爪でつままれたような感覚。


そのあとすぐ、

ばちん、と何かが弾ける気配がした。


「今の——」


思わず立ち上がると、根のカーテンが荒々しくめくられた。


ラグナだった。


額には汗。

眉間は深く寄っている。


「どうだったんですか」


「一度目の封印、失敗」


ラグナの声は、乾いていた。


「巫女長が核に近づいた瞬間、

 瘴気が逆流した」


「封印の陣に牙を立てて、

 そこから森の線を辿ろうとした感じ」


胸の奥が、きゅっと痛む。


「大丈夫なんですか」


「ギリギリ。

 世界樹の揺れが押し返してくれた。

 でも、もう一歩踏み込んでたら——」


そこから先は、口にしなかった。

森はピリピリしている。


「で、あんた顔、見せろってさ」





集会所の中の空気は、さっきよりずっと重かった。


巫女長は顔色こそ変わらないが、

その肩には、わずかな疲労がにじんでいる。

長老は目を閉じて黙っている。


リュシュアが、こちらを見た。


「お前の、変な考え方を借りたい」


いきなりハードルを上げるのやめてほしい。


でも、ボス戦も世界樹の中も、

「普通のやり方」じゃなかったのは自覚している。


「壊せば瘴気が弾ける。放置すれば森が腐る。

 近づくことさえできない。

 さて、どうする」


「……どこか、間がないですか」


思わず口に出ていた。


「間?」


巫女長が、わずかに目を細める。


「直接封印を当てるから、噛まれるんですよね

 だったら、その前に一枚、挟めばいい」


長老たちの視線が、一斉にこちらへ向く。


「例えば、石の周りを、浄化した膜で覆うイメージです」


「その素材は?」


リュシュアが問う。


「石にに密着し」

「森の中で大量に扱え」

「マナの流れを邪魔しないもの」


巫女長が、指を折りながら条件を挙げていく。


「……泥、とか」


「泥?」


ラグナの声が、素直に間抜けな音を出した。


「好きな形にできて、

 薄くも厚くも調整できます」


「噛みつこうとしても、

 ぐにゅって沈んで、歯ごたえがないやつ」



巫女長の瞳が、わずかに揺れた。


「《浄化》と《アース》……」


リュシュアが、腕を組む。


「それを遠くから投げ込めば、

 瘴気の牙はまず泥に触れる」


「表面で力を削がれて、

 石のまわりに、噛みつきにくい層ができる」


「そこが、封印陣を打ち込むための——」


「足がかり」


巫女長が、ぽつりと言った。


「瘴気も一気に暴れない。

 ……かもしれない」


長老たちが顔を見合わせる。


「お前ができるのか」


長老が、俺を見る。


「俺は魔法使えないので……」


苦笑しながら、胸の奥を押さえた。


「マナの混ぜ方なら、

 土属性と巫女さんたちに渡せると思います」


巫女長が、ゆっくりとうなずいた。


「……試す価値はある」


ラグナが、笑った。


「泥だんご、世界を救う、ね」





瘴気石のある一帯。


そこは、本当に、空気の色が違っていた。


木々の葉はわずかに色あせ、

地面の草は、ところどころ黒く枯れている。

遠目でも分かる、ねばついた濁り。


「ここからは、絶対に前に出るな」


リュシュアが線を引くように言う。


俺とエリュナは、その線の手前で待機だ。


「舌の奥が、変な味する」


エリュナが、眉をひそめた。


俺も、胸の奥でざらつく冷気を感じていた。


——そこから先は、戦士と巫女の仕事だった。


《アース》


土属性の戦士たちが、地面に手をつく。


ぐにゅり、と土が盛り上がり、

両手に収まるほどの泥玉が、いくつも生まれる。


「こんなもんでいいか」


ラグナが、その一つを片手でひょいと持ち上げる。


見た目は、ただの泥だんご。

しかし、その量とサイズは、ちょっとした岩砲弾だ。


巫女たちが、一歩前へ出た。


巫女長の静かな声に合わせて、

淡い光が、泥玉の表面をなぞる。


染み込ませるのではない。

混ぜるのでもない。


泥の外側に、

かろうじて一枚、光の膜を張るだけ。


「……これが限界だ」


巫女長が、歯噛みする。


「混ぜ込めば効力は跳ね上がるが、

 魔法同士を無理して混ぜれば、爆ぜかねない」


「表面だけでいい」


戦士長が即座に答えた。


「牙を折る必要はない。

 噛みつく力を鈍らせれば十分だ」


「効かせすぎると、逆に暴れる。ここまでだ」


巫女長は、もう一度光を弱めた。


「丸める。

 叩き潰すんじゃない」


「よし」

屈強な戦士たちも、一斉に泥を手にする。


全員、真剣な顔。

持っているのは、泥。


遠くから見たら、ちょっとした遊びにしか見えない。


「合図と同時に、石の周囲にばらまけ!

 外すな!」


「はい!」


ごつい声が、妙に元気よく揃う。


ラグナが、にやりと肩を回した。


「泥投げなら、負けないわよ」


「張り合うところ、そこですか」


思わずツッコむ。


「せーの——」


戦士長の掛け声とともに、

泥だんごが一斉に宙を舞った。


どすっ、べちゃっ。


重い音が、瘴気の一帯に降り注ぐ。


光の尾を引いた泥玉が、

森の中に咲く、色のない花火みたいに見えた。


さっきまで刺していた牙が、

少しずつ削れ落ちていく感じ。


エリュナが目を閉じた。


「……うん。

 ぴりぴりが布で包まれたみたい」


巫女長も、静かにうなずく。


「今なら——」


戦士長が、一歩踏み出した。

ゆっくりと境界線を越える。


肩に、わずかな緊張。


「どうだ」


リュシュアの問いに、

戦士長はわずかに首を振った。


「さっきは、肌の下まで牙が入り込んでくる感覚だった」


「今は——」


一呼吸置いて。


「表面で歯を立てるだけだ。

 内側までは、届かない」


巫女長が、深く息を吐いた。


「これなら、封印陣の核を置ける」


「すぐに始める。

 泥を途切れさせるな」


「了解」


目の前の光景は、

どう見ても、村の子供たちの泥遊びだった。


——しかし、目が違う。

眉間に深い皺を刻み、歯を食いしばった、戦場の顔だ。


その一つ一つに、

森と世界樹の行く末がかかっている。


笑っている余裕は、なかった。


 


 

封印の詠唱が始まると同時に、

世界樹の揺れが、ぐっと静かになった。


森全体が、息を止めたみたいに。


巫女たちは四方に散り、

瘴気石を中心に、見えない陣を描いていく。


「森の回路よ、

 この一つの濁りから、目を背けよ」


巫女長の声が、低く響く。


「根と枝を、ここから切り離せ」


世界樹からの太い流れが、一瞬だけ止まり——

次の瞬間、別の道を探して、そっと回り込む。


そのたびに、胸の奥で、

線が一本ずつ外れていく感覚があった。


「——封」


最後の言葉とともに、

瘴気の一帯の空気が、ぴん、と張り詰めた。


次に訪れたのは——静寂。


エリュナが、小さく目を開く。


「……さっきまであったざわざわも、

 奥からのイライラも、

 ちょっとだけ減ってる」


「石の中身まできれいになったわけじゃない」


巫女長が、慎重に言葉を選ぶ。


「だが、森の回路からは切り離した」


「これ以上、森全体を腐らせることはない」


リュシュアも、短くうなずいた。




 

数日後。


再び、長老たちの前に立った。


空気は重い。

だが、底なしの澱ではなかった。


最年長が、静かに口を開く。


「瘴気石の封印は安定している」


「世界樹の葉の落ち方も、

 季節の巡りに戻りつつある」


巫女長が続ける。


「森の外縁の魔物も、

 この数十年で最も穏やかです」


長老たちの視線が、揃ってこちらへ向く。


「人間の子よ」


世界樹の光が、そっと俺の肩をなでた。


「おまえが世界樹と同調し、

 回路の詰まりをほぐしたこと」


「さらに、泥と浄化を組み合わせるという発想で、

 瘴気石封印の道を拓いたこと」


「その結果——

 世界樹と森の崩落は、ひとまず遠のいた」


一拍置いて。


「この里を代表し、

 おまえの働きに礼を言う」


背筋が、ひやりと熱くなる。


「……ありがとうございます」


その瞬間、

頭上から、やわらかな葉擦れが降りてきた。


だが、長老は続ける。


「掟は掟だ」


「ここまで」と「ここから先」を、

一息で線引きする声だった。


「世界樹はまだ完全ではない。

 森にも、なお瘴気の残り香がある」


「そして、人間を長くこの里の中心に置く前例は作れぬ」


「時が来れば、

 人間の子よ、おまえは人間の世界へ戻るべきだ」


喉の奥が、少しだけ熱くなった。


だが、取り乱すことはなかった。


最初から、分かっていたからだ。


「……はい」


それだけ答えた。


根の上で、

エリュナがぎゅっと拳を握る気配がした。



 


「ありがとうと、出ていけをセットで言うの、

 ほんとセンスないわね、あの人たち」


集会所を出た途端、ラグナが毒づいた。


「でも、ありがとうってちゃんと言った」


エリュナが、少しだけ口元を緩める。


「前より、ずっと進歩」


「千年単位で見れば、爆速よね」


ラグナが肩をすくめる。


「森の外との線をどう引くか、

 あの硬い頭なりにずっと悩んでたのも知ってるし」


「最初から、ここは仮のただいまだと思ってたんで」


「……そうか」


リュシュアの目が、ほんの少しだけ柔らかくなった。


 


 

世界樹の根元。


いつもの場所で、俺は根に背を預ける。

リュシュアが、正面に腰を下ろした。


「さて、この先の話だ」


「この先?」


「いずれ、お前はこの里を出ることになる」


それは、さっき決まったばかりの現実だった。


「どこへ行くか、お前が決めればいい。

 だが——

 一つ候補がある」


リュシュアは、俺の目をまっすぐ見た。


「王都の、学園だ」


「各地から、若い魔法使いや戦士が集まって、

 違う魔法や考え方をぶつけ合う場所だ」


喉の奥が、きゅっとなる。


「お前の変な発想は、森より外で育てたほうが早い。

 学園は、そのためにある場所だからな」


「でも学園って……

 強い魔法使いばっかりですよね」


喉が、急に渇いた。


「俺の今の魔法、絶対ネタにされますよ」


苦笑しながら、掌の上にライトを灯す。


ぽ、と、蛍一匹ぶんの光。

やっぱり、しょぼい。


「されるわね」


ラグナが、あっさり頷いた。


「慰めとかないんですか」


「諦めなさい、アレン。  

 魔法の太さ比べは、どうやっても負け戦」


「だったら、誰も捕まえられない

 しょぼいやつになればいいじゃない」


ラグナが、にやっと笑う。


「身体強化で、学園中を逃げ回る。

 きっと、かなり嫌われるわね」


「嫌われ前提で勧めるの、やめません?」


「半分は現実」


エリュナが、いつもの調子で言う。


「残り半分は?」


「期待」


その言葉に、胸の奥の点たちが、

また、あたたかく鳴った。


「それに」


エリュナが、そっと口を開く。


「アレン、一人だとなにもできない」


「信頼のなさがひどい」


「二年寝てたから、サボりぐせついてる」


ずばっと言い切る。


「だから、監視役が必要」


ラグナが、また楽しそうに笑った。


「アレン監視役兼、世界樹感覚翻訳係」


エリュナは、真面目な顔のままだ。


「世界樹の揺れ方、人間にも伝えたい。

 だから、森の外のことも知らないといけない」


「……その座学、

 わたしも一緒に受ける」


リュシュアが、わずかに目を丸くする。


「長老たちが許すとは限らんぞ」


「半分は、もう許してる」


エリュナは、世界樹のほうを見上げた。


「世界樹が、見てこいって揺れてるから」


 



世界樹の根の上で「座学」が始まった。


リュシュアが描く、森と王都の地図。


主要街道、魔物の出やすい場所、

各ブロックの特徴、王立学園の位置。


俺とエリュナは、並んで根の上に座り、

リュシュアの言葉を必死でメモに写した。


「……なんか、本当に勉強してる感じですね」


「勉強だよ?」


エリュナが、当たり前みたいに言う。


「知らないまま外に出るの、なんか、やだ」


その「やだ」に、

わずかな期待が混じる。


「アレン、前に走ってるほうが似合う」


「後ろから追いかけるの、ちょっと憧れる」


胸の奥が、かすかに熱くなる。


「……がんばります」


頭上から、世界樹のふわりと揺れた。




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