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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
2章 エルフの里編 ― 世界樹の問い
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第47話 1つの答え

ざくざくと踏みしめる足音が近づいてきた。


「起きてるかー?」


明るすぎる声。

乱暴にめくられる根のカーテン。


「お母さん、もうちょっと静かにして」


エリュナが、思わず眉をひそめる。


「世界樹の根もとだよ。

 もうちょっと、空気読んで」


「読んでるわよ?」


ラグナが、胸を張った。


「だからこそ、こうやって空気を動かしに来てるんじゃない」


「……それ、どういう理屈?」


「静かにしすぎると、考え事ばっかりするでしょ。

 人間も世界樹も」


適当なことを言いながら、

なんか的を得ている


そのラグナが俺の肩をぽん、と叩いた。


「で。今日は?」


「さっき、七百六日目と半日くらいって言われました」


「そんなこと聞いてない」


「立てるようにはなりました」


ラグナは満足げにうなずく。


「じゃあ、今日は歩く、そして走る練習ね」


「お母さん、また飛ばしすぎ」


「だからいいの」


ラグナは、にやりと笑った。


「線がびっくりするからね。

 ちょっとずつ、ちょっとずつ」


「だから、全然ちょっとじゃないってば」



 ◇



訓練は、地味だった。


脇を支えられながら、

一歩ずつ足を前にだす。


腹と背中がぷるぷる震え始める。

胸の奥の「線」のあたりも、同じように震えているのが分かる。


「そこで止めて。

 でも、押し込みすぎない」


ラグナの声が、妙に真剣だ。


「世界樹のマナが、今、どこを通ろうとしてるか、感じて」


そこに、世界樹からの揺れが、ふわ、と触れる。


撫でられているみたいに。

そっと、やさしく、何度も。


今、俺はリハビリをしている。

世界樹のマナの力を借りて。


2年という月日を考えると、ここ数日でかなりの進展だ。


痛みと、むず痒さと、

それから、妙な安心感が混ざった不思議な感覚。


「今の感じ、覚えて」


エリュナの声が、すぐそばで響く。


「世界樹が、どこまで触っていいか迷ってる場所」


「迷ってる?」


「うん。

 もっと奥まで入れば、たぶん早く治せるけど——」


エリュナは、世界樹のほうを見上げた。


「そこから先は、あなたの線だから」


俺と世界樹の間で、

なにか見えない「境界線」が引かれている。


そこまで来て、

世界樹は、ふっと揺れを緩める。


(ここから先、踏み込んでいいのですか?)


とでも、問いかけているみたいに。



 ◇



「……で、里の方はどうなんですか」


少し息を整えて休憩していると、

リュシュアが訪ねたきた。


「前よりピリピリしてる」


リュシュアは、ほんのわずかに目を細めた。


「……世界樹が、悪化してるってことですか」


思わず、胸の奥が冷たくなる。


「そうとは言い切れん」


リュシュアは首を振った。


「今まで、内側で溜め込んでいたものが、

 表面に出てきた、という見方もある」


声がわずかに低くなる。


「怖いとき、簡単なほうに答えを欲しがる」


その言葉は、妙に現実的だった。


「それが、正しいか間違っているか——

 それは、あまり重要ではない」


「……やっぱり、俺のせいにしたほうが、

 分かりやすいですもんね」


ラグナは、露骨に顔をしかめた。


「そうやってすぐ、自分のせいにするの、

 正直、腹立つわ」


「えっ、すみません?」


「謝らなくていいから。

 殴りたくなるから」


「ま——」


彼女は、世界樹の幹のほうをちらりと見上げる。


「確かに、空気は重くなってる。

 森の外縁も、前よりざわざわしてきた」


「魔物?」


ラグナの目が、少しだけ鋭くなる。


「森の奥で、なにかが狂い始めてるのは、本当よ」


「でも、アレンが悪いって、わたし思ってない。

 世界樹が、『まだだ』って言ってるから」


エリュナの言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。


「……それ、いつまで、まだだでいてくれるんですかね」


ぽろっとこぼれた本音に、

空気が、少しだけ揺れた。



 ◇



——その日の夕方。


世界樹の根もとの少し離れたところ。

長老たちの集会所に呼び出された。


入り口をくぐった瞬間の空気は、

分かりやすいぐらい、よそよそしい。


世界樹の葉で編んだ幕の向こう側。

年嵩のエルフたちが、半円を描くように座っている。


「人間の子よ」


真ん中に座る長老が、名前を呼んだ。


「世界樹の葉の落ち方が、おかしくなってきている。

 季節とも合わぬ。

 お前が来る前までは、そんな変化はなかった」


長いあごひげがゆっくり揺れ、口を開く。


「確かめておきたい」


「え」


「お前は目覚めのとき、奇妙な同調を経験したのだろう?

 完全には拒まれず、完全には受け入れられもせぬ、

 ふわふわした夢のような形で」


「はい」


「ならば、もう一度、世界樹に問うのだ」


ざわ、と、

周囲のエルフたちの空気が揺れる。


「人間にこれ以上、エルフの里を汚させるのか」

「世界樹がお怒りになる」


長老がそのざわめきを手で制す。

しばし沈黙。


「……本気で言ってるんですか」


自分の声が少し上ずっているのがわかる。


「我らは、世界樹を守らねばならぬ」


長老が、静かに続ける。


「世界樹がお前を完全に拒むか。

 それとも拒まず、中を見せるか——

 それが1つの答えになる」


俺は、少しだけ目を閉じた。


だったら——


確かめるだけだ。

俺を。

俺の線を。


胸の奥の、まだつながっていない線が

きし、と鳴る。


「分かりました」


目を開けたときには、

迷いは、薄くなっていた。


「ちゃんと見てきます。

 そして、俺が原因だったら……」

 

そのときは——


長老たちの視線が、一瞬だけ、揺れた。


「出ていきます」



 ◇



外の空気は、思ったよりも冷たかった。


「……相変わらず言い方が最悪ね、あの人たち」


ラグナが、露骨に眉をひそめる。


エリュナは、一度目を伏せてから、

まっすぐに俺を見つめた。


「でも、世界樹がアレンを拒んでいたら、

 あんなふうに、声まで届けてこない」


ラグナも、小さく頷く。


「もし、それをちゃんとした形にできれば——」


エリュナは世界樹の幹を一度振り返り、

また俺に視線を戻した。


「大丈夫。そんな顔しないで」


俺の袖を、ぎゅっとつかんできたので、

思わず笑ってしまう。


「別に、死に行くわけじゃないんで」


エリュナは、少し涙目になりながらも笑う。


「ちゃんと帰ってきて」


「もちろん」


ラグナが、大きく息を吐く。


「世界樹に、できるだけ押し込んでやればいい」


「力技ですか」


「いやなら引き返してもいい。

 決めるのは、あんたでしょ」


その目は、真剣だった。


俺は、世界樹の幹を仰ぎ見る。


樹皮には細かいひびが増え、

幹の奥から、落ち着かない気配が滲んでいる。


「怖い?」


エリュナが、そっと隣に座る。


「……正直、ちょっとだけ」


「でも、見ないままだと、もっと怖い」


胸の奥に意識を向ける。


前と違うのは——

戻らなきゃいけないことを、

ちゃんと分かっているところだ。


根の天井。

斑に差し込む光。

湿った土と、青い葉の匂い。


ここが、今の俺の場所だ。

一回くらい、深いところまで潜ってもいい。


「世界樹は、アレンを完全には拒んでない」


エリュナの言葉が、胸に残る。


「だから、ちゃんと話してきて」


世界樹と、話をする。

あの感じを思い出せば——

そんなに間違ってない気がした。


「戻ってきたら、ぜんぶ教えて」


エリュナは笑う。


「世界樹がどんなふうに怒ってて、

 どんなふうに困ってて、

 どんなふうに甘えたいのか」


世界樹の揺れが、

頭の上から、ふわりと降りてくる。


——本当に、聞かれてるな。


「わかった。行ってくる」


俺は、世界樹の幹へ、そっと片手を伸ばした。



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