第46話 巡りの儀式
世界樹の根もとは、人の気配が多かった。
「儀式……か」
根の隙間から差し込む光が、
いつもより白く、揺れている。
「『癒やしの巡り』の日。
世界樹、今年も元気でいてねって。」
エリュナが、小さくうなずいた。
「特別大きい巡りを、前よりたくさんするようになった」
「でも——
世界樹の揺れは、あんまり軽くなってない」
胸の奥が、少しざわつく。
「でも、長老さまたちには、他に方法がないんだと思う」
「……見に行く?」
エリュナが俺の顔をうかがう。
「いいのか?
長老さま、あんまり俺を里の中央に
近づけたくないみたいだったけど」
「里の奥には行かないよ。
世界樹の幹の下。いまのアレンの場所」
エリュナが、世界樹の根を指さす。
「長老さまたちの言葉の隙間は、
ちゃんと見つけておかないと」
◇
世界樹の幹のすぐ下。
根の通路を伝っていくのだが、
俺はまだ足を動かせない。
「この子が、世界樹のマナの流れをどう見えるか、
興味がある」
と、途中で合流したラグナ。
エリュナとともに運んでもらう。
根の上の光。
それが、だんだんと強くなってきた。
「……でかいな」
思わず、声が漏れる。
世界樹の幹。
これまで、根の隙間から見上げていたときより、
ずっと近くで、その太さを感じる。
幹というより「柱」。
その表面には、
無数の細い線のようなものが、
淡く光っている。
——マナだ。
「変な顔するね、アレン」
エリュナが、くすっと笑う。
「そりゃ、こんなの目の前にしたら」
太い幹の中を通る大きな流れ。
そこから枝分かれしていく細い線。
さらに、その先で編み込まれている、
糸みたいな極細の回路。
そのいくつかが、
ところどころ黒ずんでいた。
「あれが、世界樹の痛いところ」
エリュナが、静かに言う。
「さわると、ぴり、ってする」
構造、似てるな……。
もちろん、規模も複雑さも、桁が違う。
でも、「どこが太くて、どこが細いか」
そのバランスは——
俺の中の、魔力線と、そんなに違わない。
そう思った瞬間、
幹の奥から、ざわ、と揺れが降りてきた。
世界樹が、「見ている」のが分かる。
◇
「——始まる」
エリュナが、ぽつりと呟いた。
幹の反対側から、
長い詠唱の声が聞こえてくる。
世界樹の根本、
少し高くなった祭壇のあたりだろう。
世界樹の巫女長と癒やしの巫女たち。
エリュナが、説明を入れてくれる。
「何人もの《ヒール》を、一つにまとめて、
世界樹に流し込むの」
嫌な予感。
それが、ますます強くなった。
細かい構造を無視して、
ただ、ひたすら上から水を注いでいくイメージ。
でかすぎる魔法。
「長い間、こうしてきたの」
エリュナが、小さなため息をつく。
◇
詠唱が、ひときわ高くなる。
祭壇の上のマナが、
ぐん、と濃くなったのが肌で分かった。
世界樹の外側の太い流れに、
どかっとぶつかって、
そのまま押し込まれている。
世界樹の表面近くを走る細い枝回路が、
一瞬、明滅する。
エリュナが、じっと幹を見たまま言う。
「揺れ方、ちょっと苦しそう」
「たぶん——
細いところ、余計に削ってる」
ラグナが、眉をひそめた。
「どういう意味」
「細い支流に、一気に水を流し込む感じです」
言葉を選びながら、説明する。
「岸が削れて、形が崩れていく」
「それを何度も繰り返すと——」
「流れやすくなるけど、
正しくない形で固まる」
「だから、世界樹、ずっと不機嫌だったのかも」
エリュナが、ぽつりと呟く。
「誤魔化されてるだけだから……」
「詰まりは、ずっと残ってる。
長老たちは、痛みが減ったとこしか見ない」
リュシュアの静かな声が、背後から降りてきた。
幹の少し離れたところに立って、
儀式の様子を見ていたらしい。
「世界樹の内側の変化は、
アレンとエリュナのほうが、よく分かってる」
◇
儀式は、一時間ほど続いた。
「……終わった」
エリュナの声は、どこか疲れていた。
世界樹の幹に、そっと手を当てる。
「ごめんね」
少しだけ沈黙が落ちた。
「……もし」
思わず、口が動く。
「俺が魔法をちゃんと撃てたら……」
◇
長老たちが満足げに引き上げた。
「ねぇ、アレン」
世界樹の根もとに戻る途中、
エリュナが、ふいに口を開いた。
「さっき、
『もし魔法が撃てたら』って言ったでしょ」
エリュナは、世界樹の根を指でなぞる。
「アレンに助けを求めているんだと思う」
「……」
「アレンだって、世界樹に助けられたでしょう?」
「だとして……俺になにができる?」
「強すぎる癒やし」に削られていく巡り。
薄く細い流れを探そうとする、小さな核。
まだ、ゆっくりと。
けれど、たしかに。
その二つは、静かに道を探し始めていた。




