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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
2章 エルフの里編 ― 世界樹の問い
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第44話 世界樹の迷い

さわ……

ざわ……。


音ではない。

光でもない。


ただ、何かが揺れている感覚。


風もないのに、葉が触れ合うような、

そんな気配が、どこからともなく重なってくる。


それは無数に広がって、

やがて小さな振動になり、

空気を渡り、身体のまわりへと滲み出してくる。


包まれる。


皮膚を越えて、

ゆっくり、身体の内側へと染み込んでいく。


撫でられている。

そっと、やさしく、何度も。


もっと奥——

胸の中心が、その揺れを受け止める。


同じリズム。

同じ鼓動。


夢なのか、現実なのか。

その境目が、ぼやけたまま——


 



 


「……ん」


自分の声だと気づくまで、少し時間がかかった。


まぶたは重く、

鼻の奥に、土と木の匂い。


ゆっくり目を開ける。


絡み合った木の根が、籠のように頭上を覆っている。

その隙間から、淡い光が差し込んでいた。


「……森?」


首を動かした瞬間、

胸の奥で、ぎち、と嫌な音がする。


「っ……!」


遅れて走る痛み。

骨でも肉でもない、もっと内側のきしみ。


「起きた……?」


淡い金緑の髪の女の子が、すぐそばにいた。

尖った耳。


「……エルフ」


女の子は、ぱちぱちと瞬きをして、小さく笑った。


「うん。エルフ。

 ここ、エルフの里。世界樹の根もと」


世界樹——

その言葉と同時に、胸の奥がひやりとする。


「……俺」


喉が勝手に震えた。


スタンピード。

巨人の単眼。

街は。

父さんやみんなは。


ダメだ、その先が思い出せない。


「無理しちゃだめ」


女の子は、俺の胸を指さす。


「中、ぐちゃぐちゃだから」


「……魔力線、か」


「そう。ひどいけど、死んではない。

世界樹も、まだ切るなって言ってる」


女の子は根の隙間の光を見上げる。

俺も、つられて視線を向ける。


そこに、さっきまで夢で感じていた、

あの揺れと同じ気配があった。


「この場所だと、よく分かるの。

揺れ方」


「揺れ方?」


「前はね、怒ってた。今は……迷ってる」


「切るか、切らないかって」


「……誰がそんな」


「わたし。エリュナ。巫女候補。

 世界樹の声を聞くのが少し得意なの」


「……アレンです。

壊れかけの人間」


「うん。でも、まだ全部は壊れてない」


一瞬、胸がひりつく。

エリュナはそっと手をかざした。


触れてはいない。

でも、そこだけ空気が、じんわり温かくなる。


「この子、ぼろぼろなのに、まだ生きようとしてる」


静かな声だった。


「真ん中のところだけ、変にしぶとい。

世界樹の揺れに、勝手にくっつこうとしてる」


「……勝手に?」


「ちょっと図々しい」


くすり、と小さく笑う。


「多分、世界樹も迷ってる。

切るか、切らないか」


くすぐったくて、少しだけ心地いい感覚。

不思議となんか懐かしく感じる。


「だから、ゆっくり決めよ」


「二年も寝てたんだし」


「二年……?」


「森の狩人がずっと守ってた。

『弟子だ』って言い張って」


胸が熱くなる。


「リュシュア……さん?」


「うん」


エリュナは、俺の目を覗き込んだ。


「まだ眠いでしょ」


言われてみれば、

身体の芯がずっと重い。


二年分の眠気と、痛みと、疲れが、

まだ全部、吐き出しきれていない気がした。


「世界樹の根もとにいるあいだは、マナは勝手に巡る

 起きていると、かえって邪魔になる」


「それ、さっきから、いろいろ話しかけてきたやつの台詞か?」


エリュナは、悪びれもせずうなずく。


「わたしも、反省してる。  

 だから、一緒に反省しよ」


意味が分からない。


でも、その雑さが、今は妙に心地よかった。


「……じゃあ少しだけ、寝る」


エリュナの声が、すぐそばで響く。


「起きたときは、もうちょっとだけ、  

世界樹の機嫌、よくなってるといいね」


意識が、そこですとんと落ちた。




 ◇



「……おはよう」


すぐそばに、エリュナ。


「どれくらい寝てた?」


「今日で、七百三日目と一日くらい?」


ホッとした。

目覚めてからは、1日しかたってない。


それでも七百日、か。


「今日は、半分だけ起きててもいいって」


エリュナが、世界樹のほうをちらりと見上げる。


「半分?」


「起きるのと、諦めるの、半分こ」


上体を起こそうとして、胸が悲鳴をあげる。


「無理をするな」


背後から、低い声。


「首をやる」


振り向くと、緑のマントのエルフ。


「リュシュアさん……?」


「ようやく名前を呼べるようになったか」


リュシュアは、ほんの少しだけ口の端を上げた。


「え?」


「今までうなされて、意味の分からんことばかり言っていた」


エリュナが、くすっと笑う。


「『もっと詰められる』『いや詰めるな』とか」


「やめてください」


顔から血の気が引く。


それを見て、リュシュアは小さく息を吐いた。


「今日は、少し現状を教える」



 ◇




あらためて、自分の身体へ意識を沈める。


腕も指も、重いが動く。

足も感覚は残っている。


問題は――

胸の中、だろうな。


リュシュアが短く言う。


「自覚はあるか」


「痛いのと、なんか変な感じがするんです」


「あれだよ」


エリュナが天井を指す。


「世界樹。二年ずっと」


胸の奥に、ゆっくり染みてくる揺れ――

懐かしいような、やさしい感覚。


……そうか。


「ありがとうございます」


誰に向ければいいか分からず、とりあえず頭上へ。

すぐに、ざわ、と葉の気配が降りてきた。


「どういたしましてって」


本当なのか?

ただ、否定もできない。


リュシュアが切り替える。


「お前の太い魔力線は、ほとんど焼けた」


「……やっぱり」


「残りも、流せば裂ける。細い線も大半が千切れ、潰れ、癒着している」


「……魔法は」


少しの間。


「一生無理だ」


頭の奥で、何かが静かに崩れた。


「ただし」


声色が変わる。


「人間の基準では、だ。

 世界樹の基準では、まだ決まっていない」


「どういうことですか」


エリュナが手を取る。


「ちょっと流すね」


マナが胸の奥で止まり、ぴり、と反応。

途切れた線の端が一瞬光って、消えた。


「今の、感じた?」


「少しだけ。繋がりかけて……離れた」


「うん。

 名残はまだたくさんあって、世界樹がそこをなぞってる。

 新しい通り道の芽が、でき始めてるの」


「まだ繋がってはいないがな」


 ◇


「世界樹が『そろそろだ』と判断した。

 だから、お前は目を覚ました」


「木のくせに慎重ですね」


「お前よりはな」


言い返せない。


「あれは……」


思ったより素直な声が出た。


「やりすぎでしたか」


「戦術的には、止められなかったかもしれん。

 だが、帰ってこいと言ってた側としては、殴ってでも止めたかった」


「ですよね」


それでも、やるしかなかった。


「だからこそ、今がある」


リュシュアが世界樹を見る。


「今のお前は、切り捨てられなかった流れだ。

 それをどう繋ぎ直すか、世界樹は見ている」


「……だったら……」


「どこで線を引くかは、お前次第だ」


「アレン。

 前みたいに魔法はもう撃てない。

 だが『やりたがり』は、まだ生きているだろう?」


「それ、褒めてます?」


「半分は」


胸の奥でどこか恐れていた言葉は。

ここで俺は……切られない。終わらない。


「……分かりました」


ゆっくり息を吐く。


「じゃあ、ちゃんと見ます。

 自分がどれだけ壊れてるか」


「うん」


エリュナが嬉しそうにうなずく。


「壊れてるとこ見るの、得意そうだもん」


「褒めてる?」


「半分は」


どうやら、エルフの里では「半分」が流行っているらしい。


胸の奥はまだ痛い。

それでも――


頭上から降りる世界樹の揺れは、

さっきより、ほんの少しだけ柔らかかった。

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