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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
42/81

第42話 約束 【兄ルーク視点】閑話

スタンピードの夜から、

どれくらい日が経っただろう。


朝が来れば砦と街を回り、

日が暮れれば、父の隣で報告と数字を見て、

また次の日の段取りを考える。


次期領主見習いとして、

やることはいくらでもあった。


それでも、頭のどこかで、

ずっと同じ問いがぐるぐる回っている。


――あいつは、どこまで行ったんだ。



その日、ギルド長のバルドが、正式な報告のために屋敷に来た。


執務室には、父とセバス。


「ルークも聞いておけ」


父に同席を許された。


バルドは、いつもの無精ひげに、いつもより少しだけまともな上着を着ていた。


「では、改めて。

 ハルトシュタイン領ギルド長、バルド・グレインです」


形式的な挨拶のあと、

戦況と被害の報告が続く。


スタンピードの規模。

オークの数。

どろんこレーンと眠り瓶が、いかに効果を発揮したか。


父は、一言一句を逃すまいとするように、

真剣な顔で耳を傾けていた。


俺は……

どこか上の空で、それを聞いていた。


分かっている。

アレンが考えた泥石や眠り石が、

どれだけ役に立ったかぐらい。


ギルドからも、兵からも、散々聞かされた。


「アレン坊ちゃまの石がなかったら、生きてませんでした」

そう言って頭を下げられたこともある。


誇らしいはずなのに、

胸の奥が、妙に冷えている。



報告が一段落したところで、

父が口を開いた。


「被害については、概ね理解した。

 ……あとは、我が子のことだ」


バルドが、わずかに姿勢を正す。


「長男ルーク様については、

 本人からの報告と、おおむね一致しております」


俺の戦いぶりと負傷の有無が、

簡潔に述べられる。


自分の名前が出ているのに、

頭の中は、別の名前でいっぱいだった。


「……アレンについて、だが」


父の声色が、わずかに変わった。


沈黙が、執務室に落ちる。


バルドは、ほんの一瞬だけ目を閉じてから、

こちらを――いや、父を見た。


「アレン坊ちゃんは、砦前面のどろんこレーンが固まりきったあと、

 右端レーンの抜けを潰すために、側面から回り込んでいたようです」


「ようです?」


父の問いに、バルドは素直に頷く。


「はい。直接見た者はいませんが、

 ルーク様の証言、眠り石や気絶弾の魔力痕、

 それから足跡の大きさからして、 他に該当者はいないと判断しました」


砦の上で、あいつを止められなかった場面が、嫌でもよみがえる。


「必ず生きて帰ってこい」とその肩に触れて言った感触が、

まだ掌に残っている。


バルドが、ちらりとこちらを見た。


「……止められませんでした」


それしか言いようがなかった。


ギルド長は、軽く息を吐く。


「右端レーンに向かう側道には、

 《眠り石》を投げ込んだ痕跡が、まとまって残っていました」


「そのおかげで、一度は波の勢いが大きく削れています」


「しかし、その先――」


言葉を切り、少しだけ目を細めた。


「森側の、さらに奥で。

 サイクロプスと思しき大型魔物と、

 交戦した形跡がありました」


「交戦……?」


父の声が低くなる。


「はい。

 その周辺で見つかった魔力痕は、

 どれもアレン坊ちゃん特有のものでした。

 石弾、眠り石、光る石……」


喉が、きゅっと狭くなった。


――あいつ、やっぱり全部持って行ったんだな。


バルドは、静かに首を振る。


「ですが――

 その場に、アレン坊ちゃん本人はいませんでした」


父の手が、机の上でぴくりと動いた。


「……どういうことだ」


「森の縁近くに、子どものものと思われる足跡と、

 かなりの量の血痕が残っていました」


セバスが、小さく息を呑む。


「しかし、遺体はありません。

 身につけていたはずの荷物も、見つかっておりません」


「血痕の量から見て、

 致命傷を負って倒れた可能性が高い。

 そのうえで――何者かに運ばれたと考えています」


「運ばれた……?」


父の顔から、色がすうっと引いていく。


「……運ばれた、とは。

 魔物か?」


「魔物の可能性も、森の何かの可能性も、あります」


ギルド長は、はっきりと言った。


「結論を申し上げます」


「アレン・ハルトシュタイン坊ちゃんは、

 スタンピード混乱の中で行方不明。

 生死不明、となります」


行方不明。


急に、この部屋の空気を重くした。


「……生きている可能性は?」


父の問いは、静かだった。


「ゼロだとは申しません」


バルドは、少しだけ間を置いてから答える。


「ですが、あの出血と森の状況を考えれば……

 高いとは、とても言えません」


高くない。

つまり、ほとんどない。


言葉を選びながらも、

はっきりそう告げているのだと分かった。


「遺体がない以上、

 公的な記録上は、行方不明として扱われます」


「戦死として名簿に刻むかどうかは、領主様のご判断に」


父は、しばらく目を閉じていた。


やがて、その長い沈黙を破ったのは、

意外にもセバスだった。


「……坊ちゃまは」


年老いた執事が、かすれた声で言う。


「最後に、何をなさっていたのですか」


バルドは、わずかに口元をゆがめた。


「眠り石を最後まで投げ込んで、

 右端の抜けを潰して」


「森の奥から出てきた化け物に、

 ありったけの石をぶつけていたようです」


「罠と泥と小石で、

 好き放題いじり回してましたよ」


「……アレンらしい」


自分でも驚くほど、

落ち着いた声が出た。


三人の視線が、こちらを向く。


「小さいころから、ずっとそうでした」


口が勝手に、言葉を紡いでいく。


「自分が前に立つんじゃなくて。

 誰かが楽になるように、道とか、寝床とか、

 そんな回りくどいところばっかりしてました」


「光る石を作って、使用人の足元を照らして。

 ぬるま湯ひねり出して、ミーナに喜ばれて。

 泥を固めてソリを作って、これで荷物持ちが楽になるよって」


風呂場で湯気だらけになって、

「兄ちゃんも入る?」と笑っていた顔。


土間で《ストーン》を出して、

母様に耳を引っ張られていたときの情けない声。


「戦場に出ても、多分、やってることは変わってなかったんでしょうね」


笑うつもりはなかったのに、

どこか笑っているような声になった。


父は、目を開く。


「……よくやったと言うべきか。叱るべきか。

 父としては、なんとも言い難いところだな」


バルドが、肩をすくめる。


「俺の仕事は、アレン坊ちゃんのやったことを、

 ちゃんと街と領地に残るようにすることだけですよ」


父は、ゆっくりと頷いた。


「行方不明、か」


ぽつりと、繰り返す。


「ならば、公の記録ではそうしておこう」


「ただし、この家の者としては――」


そこで言葉を止め、

もう一度、俺とセバスを見た。


「アレンは、スタンピードにおいて、

 領地と街と多くの命を救った」


「それは、はっきりと刻んでおく。

 生きて戻ろうが戻るまいが、それは変わらん」


誰も、否定はしなかった。


できるはずもない。



その夜、部屋の天井を見ながら、

昼間の言葉を何度も反芻した。


行方不明。

生存の可能性は、高くない。

遺体はない。


「……らしいな」


小さく呟く。


思い出すのは、くだらない光景ばかりだ。


夜更かししている俺のところに、

こっそりぬるま湯を持ってきて、


「兄ちゃん、これ飲んだらもう寝て」


と、えらそうに言ってきたこととか。


魔力体操でふらふらになって、

ミーナに抱えられていたくせに、

「これは修行です」とかぬかしていたこととか。


「……おかしなやつだったな、本当に」


笑いながら、目の奥が熱くなる。


泣くつもりはなかった。


けれど、一度こぼれた涙は、簡単には止まらなかった。


扉の外で、そっと気配が動く。


きっとセバスだろう。

あるいは、ミーナかもしれない。


誰も入ってこない。

その気遣いが、ありがたくて、つらかった。


「勝手にどっかで生きてる気がするんだよな、お前」


枕に顔を押し付けて、

涙まじりに呟く。


森の奥でも。

どこか知らない街でもいい。


どこかでまた、

誰かの面倒くさい穴を埋めている気がしてならない。


「戻ってきたら、ちゃんと叱ってやる」


声に出して言う。


「それから……よく戻ってきたって、いっぱい褒めてやる」


約束を、

誰にも聞かせず、自分の中だけで結んだ。



数日後。


ギルドから一通の書状が届き、

父はそれを読んで、

静かに火にくべた。


「森のエルフからでございます」


あとで、セバスがそう教えてくれる。


「アレン様は、生きておられるようです」


「ただし――

 今はとても、人の世界に戻せる状態ではないのだとか」


父は、その内容を、

家族には詳しく話さなかった。


「今は、知らないほうがいいこともある」


そう言って、目を伏せた。


俺は、それで十分だと思った。


だったら――


「約束は、取っておいてやるよ」


窓の外の森を見ながら、

小さく呟く。


俺は俺の仕事を、

ちゃんとやっておくことにする。



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