第4話 初めての魔法
その日。
俺は、いつもの「むにむに体操」を終えたあと、別室へ連れてこられた。
机がいくつも並び、本棚があり、黒っぽい板が壁際に立てかけられている。
壁には、意味ありげな図や文字。
どう見ても、教室だ。
◇
「では、アレン坊ちゃま」
オットーが、いつもの丁寧な笑顔で向き合った。
「今日から、本格的な魔法の授業を始めましょう」
まだ幼児のはずだが、この世界では普通らしい。
魔力検査から、ある程度の時間も経っている。
「まずは、魔法の基本からです」
声が、完全に講義用になる。
「魔法とは、世界に満ちるマナを取り込み、
それを自分の魔力へと変え、
体内の経路を通して現象に変換する技術です」
黒板に、簡単な図が描かれる。
中心に四角。その周囲に線と輪。
「この中心が魔力核。
坊ちゃまの体の中心にある、力の溜まり場です」
自分が日頃感じている、あの感覚と一致する。
「そこから伸びるのが魔力線。
魔力を運ぶ道です。太さや本数は人それぞれ」
線が何本も描き足される。
「そして最後が魔法回路。
魔力をどう流し、どう変換するかという設計図ですね」
オットーがこちらを見る。
「ここまで、よろしいですかな」
俺は、こくりと首を縦に振った。
「ほう。理解が早い」
わずかに感心したような声。
◇
説明は続く。
「魔法は大きく三段階。
初級、中級、上級に分かれます」
黒板に三本線。
「初級は、少ない魔力線を単純に使う魔法。
生活と基礎に欠かせません」
「中級は複数の線を同時に使い、形や性質を変える。
ここから魔力の太さが重要になります」
「上級魔法は――」
オットーは、肩をすくめた。
「大人でも一生に一度撃てるかどうか。
今は考える必要はありません」
それでも、少しだけ気にはなる。
「重要なのは初級魔法です」
棒で一番下の線を指す。
「先日の検査結果から見ても、
アレン坊ちゃまは初級魔法に限れば非常に優秀です」
きっちり限定してくるあたり、実に教師だ。
「ですから、焦らず。
まずは光と温もりから始めましょう」
◇
講義は十五分ほどで終わった。
概念自体は、前世で読んだラノベと大差ない。
だが、実感がまるで違う。
自分の中に、実際に熱と流れを持つものがあるからだ。
もっと真面目に授業を聞いていれば、
前の人生も違ったかもしれない。
そんなことを考えたところで、オットーが手を叩いた。
「では、実技に入りましょう」
◇
最初は《ライト》。
「光の初級魔法です。
暗所を照らし、闇を払います」
次は《ウオーム》。
「こちらは熱の初級魔法。
対象を温め、寒さを和らげる」
どちらも生活魔法の代表格だ。
「便利だからと侮ってはいけません」
オットーの声に、わずかに熱がこもる。
「どんな魔法使いも、
最初に覚えた初級魔法は、一生使い続けるものです」
◇
「では、《ライト》から」
掌を上に向けるよう促され、その通りにする。
「掌の上に、灯りを思い浮かべてください」
ロウソク、ランプ、焚き火。
例を聞きながら、俺はロウソクを選んだ。
体の中心に意識を集め、
そこから掌へ、静かに流す。
小さな灯りを置くような感覚。
一瞬、何も起きない。
だが次の瞬間、
掌の上に、ふっと光が生まれた。
◇
小さく、丸い光。
ロウソクより少し明るい程度だが、確かに光だ。
指先が、ほんのり温かい。
自分の内側から、
世界に光を足している。
前の世界では、スイッチ一つで済んだこと。
今は、それを自分の手で生み出している。
不思議な高揚感があった。
「よろしい。形も安定しています」
オットーがうなずく。
「一度消して、もう一度」
意識を引くと、光はすっと消えた。
再度流すと、さっきより早く灯る。
確かに、二回目の感触だ。
◇
次は《ウオーム》。
「掌の中に、温もりを思い浮かべてください」
暖炉、湯たんぽ、温かいスープ。
俺は、冬に握っていた使い捨てカイロを思い出す。
体の中の温度を、少しだけ上げる。
それを、掌に集める。
じんわり。
じんわりと、温かさが広がる。
「そのくらいで結構です」
穏やかな熱が残った。
思わず、声が漏れる。
前の世界の便利さを、今さら実感する。
あれも、立派な文明だった。
◇
授業が終わり、お母さんが部屋に入ってきた。
「アレン、どうだった?」
答えの代わりに、掌に《ライト》を灯す。
「まあ……!」
目を輝かせるお母さん。
「すごいわね」
その言葉は、まっすぐだった。
飾り気も、評価もない。
だからこそ、胸の奥が少し熱くなる。
俺は、《ウオーム》でお母さんの手を温めた。
彼女は小さく息を吐き、笑った。
その笑顔は、どんな魔法より温かかった。
◇
夜。
オットーは、お父さんに報告していた。
「《ライト》も《ウオーム》も、実用レベルです」
「そうか」
「初級魔法に限れば、将来が楽しみです」
またその言い回しか、と思う。
だが今日は、受け取り方が違った。
初級魔法だけでも、できることは無数にある。
灯り。暖房。湯。保温。生活のすべて。
初級まで、ではない。
初級なら、全部使える。
そう考えるだけで、世界が広がる。
布団の中で、
俺はこっそり《ライト》と《ウオーム》を繰り返しながら、
二周目の文明再建ごっこを始めていた。




