表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
36/81

第36話 側面迂回ルート

砦の階段を駆け下りると、

空気の匂いが変わった。


上は、血と泥と汗。

ここはそれに、森の匂いが混じっている。


外側から右端レーンへ、回り込む小道。

兵士が物資を運ぶときに使う、砦と森の「すき間」だ。


「……行くか」


自分しかいないのに、わざわざつぶやく。

一歩目の足取りが、少し重い。



俺は走りながら、手持ちの武器について考えていた。

相手を仕留る確実な方法。


――石弾の3倍ショット。


オーク一体ぐらいなら、きっと倒せる。

でも——


リュシュアさんとの約束がある。


ここで無理して、俺の貧弱な太線を焼いたら、

この先、何もできなくなる。


――石弾2倍ショット。


負担はマシだが、その分威力も中途半端。

オークからしたら、ちょっと痛い程度だ。


仕留めきれない。

むしろ怒らせる。

こっちの位置までバレる。


どちらも今、一番やっちゃいけない。



俺の罠職人としての性質にぴったりの

眠り石や悪臭石。


線を重ねれば、

広範囲で足を止めることもできる。


でも、ここでそれをやると——

退路が潰れる。


魔物の動線を大きく変える。

味方が崩れる危険もある。


どろんこレーンの中ならいい。

でも、道中で使うとぐちゃぐちゃに壊す。


だから、これも封印。

もっと細い一手。


――気絶弾。


眠り魔法をほんの少しだけ乗せた、

当たると、くすぐったい空気弾みたいなやつ。


倒せなくていい。

崩せなくていい。


でも、2倍ショットにすれば——

気絶まではいかないにしても、足止めくらいできる。



木立の隙間から、

灰色っぽいものがちらりと見えた。


オークだ。


「……っ」


思わず、すぐそばの木の裏に身を寄せる。


二匹。

木の根元あたりを、うろうろ嗅ぎ回っている。


スタンピードの本流から、少し外れたやつらだろう。

でも、数匹でもこの裏道はふさがれてしまう。



右手を前に突き出し、

ターゲットを定める。


《気絶弾2倍ショット》


空気がねじれたみたいな感覚とともに、

目に見えない弾が飛ぶ。


オークの胸板のあたりで、

何かが「ボン」と内側から爆ぜたみたいな反応が見えた。


「グホッ!」


一匹が、肺の空気を全部吐き出すみたいな声を上げて、

その場で膝をつく。


隣の一匹が、

驚いてそっちを向いた瞬間——


今だ。


木陰から飛び出して、

二匹の視線の外側を全力ダッシュで抜ける。


近寄らない。

間合いにすら入らない。

足もとだけを見る。


木々の間を、夢中で抜ける。


怒鳴り声が追いかけてくる前に、

次の木の裏へ、なんとか身体を滑り込ませた。


「……はぁ、はぁ」


喉が、焼けるように痛い。


ドクン、ドクン。

なぜかやけに大きく響く、自分の心臓の音。


そのときになって、ようやく気づく。


——あれ?


周囲の音が、ほとんど聞こえていなかった。


まずい。


緊張で、息が上がっていることに、

今さら気づいた。



「ガンッ……ガンッ……」


金属がぶつかる鈍い音。

耳の奥で、止まっていた感覚が、ゆっくりと戻ってくる。

何かが、盾とぶつかっている。


そして、音が一気に鮮明になる。


オークの咆哮。

人間の怒鳴り声。


右端レーンの真横あたりに、

なんとかたどり着いたらしい。


大きな木の幹に身を寄せ、

そっと顔だけを出す。


そこには――


砦の石壁。

その横腹に食い込もうとしている、

黒い帯みたいなオークの群れ。


泥はある。

水もある。

でも、中央のような山にはなっていない。


眠り瓶が決まったらしい地点だけ、

オークが横たわっている。


だが、その肉の残骸の外側から、

新しい波が、ひっきりなしに押し寄せてきていた。


ここだ。


どろんこレーンの一番奥。

砦と森の境目。

右端レーンに流れ込む入口。


ここで勢いを削れば、

前線に届く波そのものが、少しずつ弱くなる。


この位置からなら、

魔物からはほとんど見えない。


森の影。

木の幹。

地形のくぼみ。


身を隠しながら、眠り石を投げ込める。



問題は、ただ一つ。

自分でスリープを食らわないことだ。


瓶は、もうない。

生成と同時に投げる。

いくしかない。


右手を上げる。

石を作り始める。

同時に肩をひねる。


「一発目」


生み出した眠り石を

その瞬間に、もう腕を振り出している。


「――っ」


眠り石が、小さな弧を描いて飛ぶ。


オークから見えないような、

高くて山なりの弾道。


石が、右端レーンの入口の手前、

狙ったあたりの地面に落ちる。


コロ、コロン。


そこから、

目には見えない睡魔が、

地面をなでるように広がっていく。


オークの足首。

膝。

眠りの元が、じわじわと上に這い上がる。


一番手前のオークの膝が、

わずかに折れた。


その後ろのやつが、

勢いのままそいつにぶつかる。


足と足とが絡み合う。

タイミングがずれる。


波頭の面が、

ほんの少しだけ崩れた。


「よし」


思わず、声が漏れる。



「二発目」


同じように投げる。


木陰を二本ぶんずれて、

さっきとは、狙う角度も少し変える。


同じ場所ばかり狙えば、

そのうち何かおかしいと察知される。


石が落ちたあたり。

オークの一歩目が、

ほんの少し遅くなる。


二歩目。

さっきより深く沈む。


足を取られたところを、

父さんたちが斬る。

兵士が槍が突く。

冒険者が首を狙う。


――届いてる。


ここから投げた石が、

ちゃんとあそこを鈍らせてる。



「三発目」


「四発目」


「五発目」


一本投げるごとに、

木から木へ、少しずつ位置をずらす。

慎重に。見つからないように。


投げる。

移動。

投げる。

移動。


その繰り返し。


「……はぁ、はぁ」


肺が、火の玉みたいになっている。


やばい。


酸素が、本当に足りない。


でも、

右端レーンの黒い帯は、

さっきよりも薄くなっている。


波がくる前に、勝手に崩れていく。


中央の山。

どろんこレーン。

眠り瓶。

この入口いじり。


その全部が噛み合って、

やっとここまで落とせている。


俺一人の力じゃない。


みんなの合わせ技だ。


それでも、

俺の「一手」にちゃんと意味があるのが分かる。


魔力が、じわじわと削れていく。


……もう少し。


あともうちょっとだけ、

やらせてください。


誰にともなく、

そう心の中でつぶやいた。



何発目か、

もう正確な数を数えられなくなっていた。


「十……いや、十二……?」


頭の中の数字が、

ぐちゃぐちゃになっていく。


手のひらに、

次の眠り石の感触が生まれるたびに、

指先がかすかに震える。


魔力も、そろそろ底が見えてきた


《泥石》工場。

《水石》。

《眠り石》。

《光り石》。

《眠り瓶》。


そのあとで、

ここまで走ってきて、

今また《眠り石》連投。


魔力核の中の貯金が、

じわじわと削れているのが分かる。


でも、

右端レーンの入口は、

確かに弱ってきていた。


……もう少しだ。


もう一歩先だけ、やらせてください。


誰にともなく、

そう心の中でつぶやいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ