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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
35/81

第35話 一歩その先へ

《眠り石》をポーション容器の中で作る。


「リナさん、ふた!」


「はい!」


リナが瓶を差し出し、

俺が《眠り石》を入れる。

すぐさまリナがコルクを押し込む。


その横で、若い風使いが額に汗を浮かべながら、

ずっと同じ方向に《ウインド》を吹かせていた。


「風、止めないでくださいね!」


「ひぃ……はいっ!」


風は、砦の外側に向かって流れていく。

もし眠りの霧が漏れても、

こっちに戻ってこないように。


少し離れたところでは、

イリスさんが両手を胸の前で組み、

こっちをじっと見ていた。


いつでも《浄化》を飛ばせる距離。


十本。


二十本。


《眠り瓶》が、木箱の中に並んでいく。


ガラスの中。

見えないけれど、

《スリープ》の霧みたいなものが、

瓶いっぱいに渦を巻いているはずだ。


ふたをする前に割ったら、

この場が一瞬で地獄になる。


「アレンくん、手、止まってない?」


「止まってないです!」


息は荒い。

でも、まだいける。


三十本。


「できたか!?そろそろ一回前線に回す!」


どこかで声が飛ぶ。


「右側面の波頭に何本か、ぶち込め!」


「エルドの隊に持ってけ! あいつらなら合わせられる!」


《眠り瓶》を三本つかんで、ディランが走っていった。


別の冒険者も、

左レーン用に何本か抱えて駆けていく。


「アレンくん、まだいける?」


リナが、心配そうにのぞき込む。


「……はい。五十までは大丈夫です」


「じゃあ、そこでいったん区切って、

 戦況を見に行こう」



砦のふちに近いところに移動して、

戦場を見下ろした。


右レーン。


その少し手前で、

一人の戦士が合図を出した。


ディランだ。


「投げるぞーっ!」


《眠り瓶》が、弧を描いて飛ぶ。


ぱっきん。


瓶が割れる小さな音は、

ここからじゃ聞こえない。


でも、そのあとの変化は、はっきりと見えた。


瓶が落ちたあたりのオークの足が、

一斉にふらついた。


前に出ようとした足と、

横に逃げようとした足と、

一瞬タイミングがずれる。


互いの足をひっかけあって、

がしゃがしゃとまとまって転ぶ。


「今だ!」


エルドと呼ばれた戦士が吠えた。


彼と、その周りの前衛たちが、

波頭に一気に斬り込む。


転んだやつの首。

膝。

背中。


そこだけ、波がごっそり削れた。


「……効いてる」


思わず、声が漏れた。


左レーンでも、

《風切りの牙》の前に一本落とされていた。


《眠り瓶》が割れた瞬間、

ガイルたちの前に立っていたオークの列が、

やっぱり同じようにぐらっと揺れた。


ガイルが片側から薙ぎ、

ディランの槍が反対側から突き、

フィオナが、その間をすり抜けて急所だけを切っていく。


さっきまで、絶対に崩せなさそうだった波頭が、

一呼吸のあいだにぺしゃんと潰れていく。


「これ……」


リナが、ぽかんと口を開けた。


「すごいよ、アレンくん」


「すごいのは、みんなですけど」


《眠り瓶》で波頭をぐらつかせて、

《どろんこレーン》で足を止めて、

その一瞬の隙に、前線が刈り取る。


崩して、止めて、削る。


派手な一発で全部消し飛ばすんじゃない。

流れをいじって、

気づいたら敵が殲滅されている。


地味だけど、なくてはならない支援だ。

たぶん、それが俺の魔法の役割なんだろうな。



「《眠り瓶》、いいぞ!」


砦の上で、バルドが吠える。


「完全に抑え込むんじゃねえ!」


「波の山を、時々へし折れりゃそれで十分だ!」


「中央の詰まりは、そのまま維持!」


「左右であふれかけたところだけ、

 眠りで足を鈍らせて、また中央に押し込む!」


「それで少しずつ、全体を削り殺せ!」


その力強い声に、

戦場の空気がわずかに変わった。


「これなら……」


「まだいける!」


「死ぬほどきついけどな……」


兵士も冒険者も、ほんの一瞬、笑顔を見せる。


砦の中で戦況を見ていた街の人たちも、

さっきまでと少し違う顔になっている。


不安は消えていない。

でも、絶望一色でもない。


「アレン」


父さんが、短く言う。


「よくやった」


「……はい」


胸の奥が、すこし温かくなった。



「空瓶、残りあとわずかだ!」


砦の下で、短い叫び声が上がった。


「どれくらいだ!」


バルドが、すかさず聞き返す。


「ざっと見て、あと五十本!」


「さっきまでのペースなら、

 半刻はんときもたねえ!」


「……そうか」


バルドの目が細くなる。


「ポーション容器は、これでほぼ底だろう」


兄さんが低くつぶやいた。


「《ヒール水》や《美容水》に使う予定だったやつを、

 全部かき集めてきてるんだろう?」


「はい」


セバスが、いつの間にか背後に立っていた。


「この街一帯から集めたぶんで、

 これがほぼ全量です」


「今割っているのは、戦後を削っている行為でもありますな」


「しかし、今は——」


父さんが、それを継いだ。


「生き残るほうが先だ」


バルドもうなずいた。


「容器の心配は後だ」


「それに、今も、

 無駄遣いできないことに変わりはない」


再び、声を張り上げる。


「《眠り瓶》は、

 ここで崩れたら終わるって場所にだけ使え!」


「そうでないとこは、

 どろんこと剣と槍でどうにかしろ!」


悲痛とも無情ともつかない声が、

戦場に響いた。



戦場はしばらく持ちこたえていた。

それでも——


綱渡りの安定が続く。


右が盛り上がりそうになれば、《眠り瓶》一発。

左が怪しくなれば、また一本。


中央は、泥と山と遠距離火力で、

じわじわと止まり続ける壁の役目を果たしている。


「これが続けられれば……」


リナが、小さく言う。


「いけるよね」


「……続けられれば、ですね」


俺は、ギルドの作業場の隅をちらりと見た。

さっきまであった空瓶の山は、

もう、数えるほどしか残っていない。


今はまだ、第二の安堵の時間帯だった。


どろんこレーン。

眠り石。

眠り瓶。


ぜんぶ合わせて、

どうにか戦場全体の流れを制御できてはいる。


オークの波も、

確かに少しずつ、薄くなってきている。


「アレンくん」


リナが、自分に言い聞かせるように言う。


「ほんと、これ……いけるんじゃない?」


「……そうですね」


問題は——

この今が、どこまで続くかだ。



その答えは、思ったより早く来た。


「右端レーン! 右端レーンが!!」


砦の下から、悲鳴じみた声。


「眠りの薄いゾーンから回り込まれてる!」


「うわゎわ、まとめて流れ込んできやがった!」


右側面の、さらに右。

森と砦のはしっこ。


「あそこは、元々地面の傾きが悪い。

 泥も水も流れやすい。」


兄さんが言った。


「《眠り石》もあんまり埋められなかった手薄のゾーンだ」


砦の上から見ても、

その部分だけ、黒い密度が一段濃い。


「《眠り瓶》! 右端に回せ!」


バルドが叫ぶ。


「今あるぶん、右と中央右で半々だ!」


「でも、左も——!」


誰かの悲鳴を、バルドが一喝でねじ伏せる。


「全部を守るなんざ、最初から不可能だ!」


「右端を抜かれたら、砦の横腹がやられる!」


「そこから避難路側に雪崩れ込まれりゃ、

 後ろがまとめて死ぬぞ!」


兵士と冒険者たちの顔色が変わる。


「空瓶、あとどれくらいだ!」


「ざっと見て……二十もねえ!」


「右と中央右と左で分けてたら、とてももたねえ!」



胸のあたりが、ぎゅっと締めつけられた。


避難路。

ここが決壊したら、

前に立ってる人たちがどんなに頑張っても、

後ろから全部崩れる。


「アレン」


父さんの声がした。


「光の奥には出ない。分かっているな。」


「はい」


口では、そう答えた。


でも、

心のどこかが、じりじりしている。


右端レーンを見下ろす。


泥はある。水もある。

でも、薄い。


《眠り瓶》が落とせるラインも限られている。


「ここに一本欲しい!」


「でも、こっちの山も崩れそうだ!」


「どっちに投げるんだよ!」


現場からの叫びは、

どれももっともだ。


瓶が足りない。

《眠り瓶》は増やせない。


じゃあ——

どうする……


頭の中で、何度も繰り返される。

その場で投げるしかない、と。


喉まで出かる。


「ダメだ」


小さくつぶやいたのは、自分自身に向けてだ。


「え?」


隣のリナが、びくっとする。


「……いえ」


首を振る。


「アレンくん?」


「アレン」


父さんも、じっとこっちを見ていた。



「右端!崩れかけてるぞ!」


「盾持ち、もっと前に! ここを抜かれるな!」


怒鳴り声。


次の瞬間、

砦の上からもはっきり分かるほど、

右端レーンのラインがぐしゃりと歪んだ。


オークの壁が、

人間の列に食い込む。


「くそっ——」


兄さんが、思わず吐き捨てた。


「俺も行く!」


「ルーク!」


父さんの声が、鋭くなる。


「お前は砦を離れるな!」


「でも、このままじゃ——!」


兄さんの言葉を、

別の金属音がかき消す。


ガギンッ。


砦の脇の階段を、

重い鎧の音が駆け下りていく。


「父上!」


「ルーク。お前は、ここで戦況を見てろ!」


父さんが振り返りもせずに叫ぶ。


「全体を把握しておくのが、

 指揮を執る者の仕事だ!」


その横を、

バルドさんも、重い足音で駆けていく。


「ギルド長まで——!」


リナが、あっけにとられた声を上げる。


「総力戦だ!」


砦の下から、

誰かの叫びが聞こえた。


「右端、なんとか持ちこたえろ!」


「前に出られるやつは、全部出ろ!」


「ここを抜かれたら、街が死ぬぞ!」



右端レーンに、

デバフゾーンはなくなっていた。


泥が薄い。

眠りも薄い。


ただ、

オークと人間が真正面からぶつかり合っている。


《どろんこレーン》の前に張っていた兵士たち。

そこに駆けつけた冒険者たち。

指揮官クラスまでもが前に出てる。


懸命に押し返そうとしている。


「父上……」


兄さんの拳が震えていた。


「ギルド長まで前に出ていった。

 予備戦力なんて、もうほとんどない」


「そうですね」


自分の声が、思ったよりも冷静で驚く。


「アレンくん」


リナが、かすれた声で言った。


「ねえ、もう、充分だよね」


「どろんこも、眠り石も、眠り瓶も」


「ここまでやって、

 あとは、前に出る人の仕事でしょ」


「アレンくんは、もう——」


「……そう、ですね」


そう言いながら、

右端レーンから目を離せない。


泥を蹴って、

オークが一歩前に出る。


その肩を、

別のオークが押す。


人間の盾が、

ぐらりと揺れる。


父さんの剣が、

一本、オークの首を落とす。


バルドさんの大剣が、

波頭そのものを裂こうとする。


でも——


数が違いすぎる。


一人や二人の剣で、

どうにかできる量じゃない。


もう、魔法の一手を足すしかない。


どろんこレーンの、さらに外。

光り石のラインの、外。


そこから、流れを変える。


まだ、俺のできることはある。

ここからじゃ届かないところを、

誰かが、穴埋めしなきゃいけない。


それは——

俺にしか、できないことだ。



「アレンくん?」


リナが、不安そうに俺の顔をのぞき込む。


「顔、怖いよ」


「リナさん……ごめんなさい」


「ね、ほんとに、もう十分——」


「俺がいなくなったら、

 《眠り瓶》の残りは大事に使ってください」


「え?」


「ここで崩れたら終わるって場所だけに、

 ちゃんと落としてください」


「なに言って——」


「セバス」


数字と戦況と、

こっちとあっちを同時に見ている顔だ。


「もしものときは、

 俺の貯金、ぜんぶ街の復興に回してください」


「……もしも、とは?」


「俺が戻ってこなかったときです」


セバスの目が、わずかに細くなる。


「しかし——」


「執事としての正解は、止めることだと思います」


俺は言う。


「だから、ダメな執事になってください。」


「……なるほど」


セバスは、静かに息を吐いた。


「最低ですな、坊ちゃま」


「はい、自分でも思います」


「しかし——」


セバスは、わずかに口元をゆがめた。


「立派になられました」


「では、今から坊ちゃまの貯金を

 私的に使い込むダメ執事を演じましょう」


「もちろん、復興費用になんて当てません。

 ダメ執事ですから」


「使い込まれたくなかったら、

 坊ちゃま自身の足で、必ず、帰ってきてくださいませ」


「わかった」


父さんのほうを見る。


右端レーンの混戦。

その少し後ろ。


父さんが、一瞬だけ砦のほうを振り返った。


目が合った。


——やめろ。


そう言われた気がした。




「アレンくん、どこ行くの?」


リナが、俺の腕をつかむ。


「光のラインから、外には出ちゃダメって——」


腕を、やんわりと振りほどく。


「ごめんなさい、リナさん」


「ダメ!」


リナが叫ぶ。


「ダメだよ!」


「アレンくんまで前に出たら……!」


「前には出ません」


「——は?」


「光のラインの正面には出ません」


俺は、砦の階段のほうを見る。


右端レーンの外側へ回り込む、小道がある。


「横から行きます」


「横?」


「砦の壁の外側をぐるっと回って、

 右端レーンのちょっと後ろ側に出ます」


「そこから、《眠り石》を投げ込みます」


「そんな——」


「正面からじゃないです。

 オークの目の前には出ません」


見えにくい位置から、波頭だけ削るつもりだ。


「それでもダメって、分かってます」


「でも、行きます」


リナの目に、涙がにじむ。


「バカ……!」


「バカだよ、アレンくん!」


それは、完全に同意見だ。


「だから、お願いします」


俺は言う。


「戻ってきたら、

 めちゃくちゃ怒ってください」


「説教も、言いつけも、なんでも聞きます」


「その代わり——」


一瞬だけ、言葉がつかえた。


「戻ってこなかったときは、

 アイツ、バカやったなって笑い飛ばしてください。」


「そんなの——」


リナが、首を振る。


「できないよ……!」


「リナ」


後ろから、兄さんの声。


「止められそうか?」


「……無理」


リナが、涙目のまま首を振る。


「兄さん」


俺は、兄さんを見る。


「皆が行くなと言った。それでも行くのか?」


「はい」


「だったら」


兄さんは、俺の肩をつかむ。


「必ず、生きて帰ってこい」


「……」


返事はできなかった。

完全に約束できないことだけに、

嘘をつきたくなかった。


「アレンくん!」


リナが、抱きついてくる。


「絶対、戻ってきてよ!」


「俺のできることをやります」


それしか言えないないまま、

砦の階段へ向かう。


「前に出ない、って決めてたんだけどな」


小さくつぶやいて、

一歩、外に踏み出した。

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