第34話 眠り瓶
「中央、詰まってるな」
兄さんがつぶやく。
止まっている。
止まりすぎている。
上からの魔法と矢と石弾で、
オークたちが削られている。
そのぶん、後ろから新しいオークが押し寄せる。
どろんこレーンは、ちゃんと噛み合っていた。
……はずだった。
◇
「あれ、ちょっと高くなりすぎじゃないですか?」
山は、人の背丈を超えてもはや壁になっていた。
今やそこは、
止まるための場所ではなく、
溜まり続けるゴミ山になりつつあった。
上に乗っているオークは、自分で動けない。
後ろから押される。
前にも後ろにも行けない。
「圧で横に逃げている。流れが変わった。」
背後から、バルドさんの声がした。
砦の上。
戦場全体を見下ろしている。
「いいか、見ろ」
彼があごで示した先。
左右レーンのあたり。
「……増えてる」
右レーンのオークの列が、最初より明らかに厚い。
左も同じだ。
左右は、薄いどろんこレーンだ。
さっきまでは、
泥で減速→盾で止める→数人で刺す、で何とかなっていた。
そこに眠り石もあって、むしろ優勢だった。
でも今は、
中央からあふれたぶん、
左右が一列、二列と増えている。
「右、押されてるぞ!」
「盾下がるな! 光の手前で止めろ!」
「左も数が増えてる! 列を崩すな!」
怒鳴り声が厳しくなるのが、砦の上まで届いた。
右レーンの兵士たちの足が、
じりじりと光のラインに近づいていく。
左レーンでは、《風切りの牙》が前で支えながら、
ほんの少しずつ、位置を後ろにずらしている。
「……このままじゃ、防衛ラインが崩壊しますね。」
俺が言うと、
兄さんが小さくうなずいた。
「中央に戻せないか?」
「戻したいですけど……」
どろんこ地獄は、真ん中一本。
そこにぜんぶ叩き込みたい。
でも、山が詰まりすぎていて、
新しく滑り込む余地がだんだん減っている。
「バルドさん」
俺が振り向くと、
ギルド長はもう何か考え込んでいた。
「中央に、余裕を持って置いていた高ランクは、もう側面に回してる」
「これ以上前線に出せる戦力は、そう多くない」
ちょうどそのとき。
砦の階段から、何人かが上がってきた。
鎧は泥だらけ。
肩で息をしているDランク冒険者たちだ。
交代で下がってきた、側面の連中だろう。
「バルドさん!」
一人が、鎧兜を脱ぎ捨てながら叫んだ。
「右側面、どんどんやべえことになってます!」
「中央が完全に詰まってるせいで、
全部こっちに回ってきてる!」
「左もだ!」
別の冒険者が続ける。
「泥レーンも眠り石も薄いから、
勢いが全然死なねえ!」
「減速はしてるんすけど、
止める前に次の波が来る!」
「眠りゾーンのとこは、マジで楽なんですよ!」
ひとりが、ぐったり腰を下ろしながら言う。
「足元ふらついてくれるから、
そこ狙えばポコポコ倒せるんすけど……」
「それ以外は、ゆるい全力疾走ぐらいで!」
「こっちのスタミナのほうが先に切れる!」
「だったら山を増やせ!」
口の悪い誰かが、半ば悲鳴のように言った。
「どこに!?」
別のやつが即座に返す。
「いつ!? 今か!?」
「もっと泥レーン増やせって話じゃねえのかよ!」
「中央の泥レーン、見てから言えよ!」
「もう、山積みの壁になってんだって!」
「これ以上増やしたら、またどっかの穴から回り込まれるわ!」
言葉の端々から、
限界ギリギリで耐えてる感じがにじむ。
◇
「……中央に押し返すのは、もう無理だな」
バルドが、短く息を吐いた。
「側面にそんなに人も回せない」
「崩すだけじゃ、じわじわ押し切られる。
左右にあふれたやつらを、 効率よく削る、一手がいる」
バルドは、戦場を見下ろしながら言う。
「中央の上位魔法使いにドカンってやってもらうのは?」
さっきのDランクらしき冒険者が、 息を整えながら言った。
「一発ぶちかましてもらえりゃ、
側面、だいぶ楽になると思うんすけど!」
「それができたら苦労はねえよ」
バルドが、肩をすくめる。
「あの山見てみろ。
中央の上位魔法使いたちは、もう十分働いた。
魔力が回復するまで、あの規模は撃てん」
「それに——」
彼は、右レーンと左レーンを見比べる。
「側面は、範囲が狭すぎる。
一発でまとめて撃とうとすりゃ、味方もまとめて焼きかねん」
「ドカンじゃなくて、
崩して止めるための弱い手が欲しいってことか……」
兄さんが、ぽつりと言った。
「そうだ」
バルドが、重くうなずく。
「敵を波を削る」
「そうすりゃ、一匹ずつ狩りやすくなる」
「だが、眠り石はすでに配置済みだ」
「今から、あの混沌の前線に、更に置き石なんて撒けるか?」
誰かが舌打ちした。
◇
「じゃあさ、アレンだろ。」
軽い声が、砦のふちの向こうから飛んできた。
泥だらけのまま、ひょいと顔を出したディランだった。
「え?」
「オレさ、《ヒール水》見て思ったんだけど」
ディランはニヤッと笑った。
「ディラン方式2の悪臭袋の代わり、もうあるじゃん」
「え、あの悪臭ばらまくやつを、ここで?」
セラもいた。顔をしかめる。
「ちげえよ! ここで臭くしてどうすんだよ!」
ディランが全力で否定した。
「今欲しいのは眠りだろ!」
「ヒール水がポーション容器で閉じ込められるんなら、
眠り石だって閉じ込められるよな?」
「……続けろ」
バルドが、ディランに目を向ける。
「どうやる」
「単純な話だ」
ディランは、指を一本立てた。
「眠り石を作って、ガラスのポーション容器の中に入れるだけさ」
「中でどんだけ眠り眠りしてても、
ガラスが閉じてりゃ外には出ねえ」
「で、ここだってときに、瓶ごとぶん投げる」
「割れた瞬間、中で充満してた《スリープ》の霧みたいなのが、
一気に外に広がるって寸法よ」
「……」
――頭の中で、組み上がる。
《眠り石》の線。
石の中に溜めた眠気。
それを、さらにガラスに封じ込める。
見えない眠り霧が、
瓶の内側で満ちていく。
ふたが閉まっているかぎり、
外には一滴も漏れない。
「これなら、重ね掛けしなくても、瞬間的には強烈だ」
ディランは、続ける。
「範囲も、それなりにできる」
「効きすぎて巻き込むのが怖けりゃ、
狙いどころをちゃんと決めればいい」
「携帯できて、
使いたいときに発動できる」
「ただの眠り石なら、
アレンの負担も少ねえ」
「今からでも量産できるだろ?」
「……理屈は通ってるな」
兄さんがぽつりと言った。
バルドも、短くうなずく。
「坊主」
名前を呼ばれる。
「やれるか?」
「 はい、《眠り瓶》としてなら、
今からでもある程度の数は作れます」
「よし」
バルドが、すぐに声を張った。
「ポーション容器班! 砦上に空瓶を全部持ってこい!」
「《眠り瓶》を作る!」
「ただし、条件がある!」
――と、俺を見る。
「アレン。《眠り石》は外で作れ。
ここでやったら、この砦が丸ごと眠りゾーンだ」
「分かってます!」
「《ウインド》が使える初級魔法使い! 一人でろ!」
「風属性、初級ですが!」
「十分だ。坊主の風上に立て」
「作業中、外へ風を流し続けろ」
「《浄化》が使えるやつ!」
イリスが手を上げた。
「《浄化》だけなら!」
バルドがうなずく。
「少し離れて待機しろ」
「アレンや風使いに異変があったら、
すぐに《浄化》を飛ばせ」
「リナ!」
「はい!」
「お前は、ふた係だ」
「石が入ったら、すぐ閉めろ」
「もたついたら、お前もアレンも眠るぞ」
リナが、ゴクリと息をのむ。
「……了解です!」
バルドは、最後に俺を見た。
「お前の役目は、流れをいじる道具を作ることだ」
「前に出たい気持ちは分かるが、
今は、それだけに集中しろ」
「……はい」
今は――
やるべきほうを選ぶ。
「《眠り瓶》工場、始めます」




