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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
32/81

第32話 どろんこレーン

朝いちばん。

ギルドの作業部屋には、もう木箱が並んでいた。


昨日詰めた《重ね掛け泥石》と《水石》の箱。

それとは別に、空の箱も山になっている。


今日は、ここを本気の工場にする日だ。


「おはよう、アレンくん」


リナが大きく伸びをした。


「今日は最初からまとめて作るやり方でいくんだよね?」


「はい。じゃあ、始めます」


胸の奥に意識を沈める。


《アース》と《ストーン》をまとめた、泥になる線。

これが二本で《重ね掛け泥石》一個ぶんだった。


今日は、その泥になる線を増やす。


《並列思考》


三本、四本、五本。

さらに六本、七本、八本……。


頭の中で、

同じ種類の細い線が、

きれいに並んでいくイメージ。


十本。十五本。二十本。


いける。


ここで一度止めて、目を開けた。


「どう?」


リナが、少し心配そうにのぞき込んでくる。


「泥用の線、二十本まとめて作りました」


「あ、もうそんなに?」


「はい。ちょっと重いですけど、まだ大丈夫です」


「よかった」


リナが、ほっと息をついた。


「じゃあ、十個単位でいこうか」


「そうですね」


右手を前に出す。

あとは束ねて出力するだけだ。


《重ね掛け泥石》


ころり、と小さな石が落ちた。

さらに別の二本を束ね、もう一つ。


二個、三個、四個。

五個、六個で、完全に要領をつかむ。

そのまま一気に作る。

七個、八個、九個、十個。


「おおお……」


リナが、目を丸くした。


「すごいよ、アレンくん」


ちょっと照れる。


「最初は重いですけど、

 出すのはいつもどおりなので」


「よし、じゃあ運ぶね」


リナが木箱を抱え上げる。


「次のもできたら呼んでね。」


「お願いします」


リナが部屋を出ていく。


そのあいだに

二回目の十連《重ね掛け泥石》。


「アレンくん、次の箱——って、もうできてる!?」


戻ってきたリナが、目を丸くする。


「さっきより早くなってない?」


「たぶん、組み方がスムーズになってきたと思います」


「さすが、アレンくん」


リナは笑って、またすぐに箱を抱えて出ていった。


そんな調子で、午前中が過ぎていった。

昨日より、はっきりと手応えがある。


昼前。

リナが水差しを持ってきた。


「休憩休憩。ほら、水」


「ありがとうございます」


一気に飲むと、体の中が少し軽くなる。


「どう? まだいけそう?」


「はい。泥は、もうひと山はいけます」


「じゃあ、泥をもうちょっと増やしてから、

 午後は水もまとめてやろうか」


「そうですね」


十個分の《重ね掛け泥石》を、

また一箱、二箱と増やす。



午後。

かなりの量に一旦、泥は切り上げた。


「次は水ね」


リナが新しい木箱を用意する。


《重ね掛け水石》は、《ウオーター》と《ストーン》を

まとめた水石用統合線を、二本束ねたものだ。


仕組みは、泥と同じ。

水用統合線を二十本まとめて作っておく。

そして右手を前に出す。


《重ね掛け水石》


ころり、と小さな石が落ちる。

すぐに、その周りの板がじわっと濡れはじめる。


まずは一個。


その後、手のひらから《水石》をぽんぽんと生み出して、

次々と木箱に投げ入れていく。


リナが運ぶのも大忙しだ。


夕方までに、

水だけで三百個前後いけた感触がある。


これなら 残りの力で、《眠り石》をいくつか作れる。


《スリープ》と《ストーン》をまとめた線に、

時間差用の細い導線を長く巻きつけるやつだ。


数は多くない。

せいぜい数十個。それが限界だった。


それでも――

ないよりは、ずっといい。


「……なんとか、なったかな」


静かに、そうつぶやいた。



その日の夕方。

砦の前の平地は、人と荷車でごった返していた。


「こっちに運べー!」

「その箱、泥のやつだ! 印のこっち向けろ!」


ギルドの冒険者と、領軍の兵士たちが、

声を張り上げている。


俺も、木箱を抱えて砦の前まで歩いた。


箱の中では、《重ね掛け泥石》がむにっと詰まっている。

持ち上げると、箱の底が少ししなる。


こいつらを、どう並べるか。


それは、もう決まっていた。



「ここからここまでを本命レーンにする」


ガイルが、棒で地面をなぞる。


森側から砦に向かって、ほぼ一直線。

幅は、オーク十体ぶんくらい。


「中央は、厚くだ。

 泥は先に入れ、水は後から調整する」


「水、あとから」


セラが、さらさらとメモを取りながら言う。


「端は?」


フィオナが静かに確認する。


「薄くだ。その分、人を多めに置く」


ディランが苦笑した。


「真ん中が、一番ひどい道になりそうだな」


「そうしないと止まらん」


ガイルが地面を見下ろす。


イリスが、胸の前でそっと手を組んだ。


「……ここで、止めましょう」


誰も、それ以上言わなかった。


もう、全員わかっている。


あとは――敷くだけだ。



俺は、《重ね掛け泥石》の入った木箱を抱え、

ガイルの示した中央レーンに沿って歩いた。


一歩、二歩、三歩――

歩幅を測りながら進む。


手のひらから、泥石を一個ずつ、地面へ落としていく。


ころん、と小さな音。

見た目は、ただの小石だ。


落ちたそばから土の色がじわりと濃くなり、

地面の内側から、ゆっくりと泥へ変わっていく。


少し遅れて、

《重ね掛け水石》の箱がやってくる。


今度はセラが、同じ間隔で水石を落としていく。


こちらも最初は何の変哲もない石にしか見えないが、

しばらくすると、その周囲の地面がじっとりと濡れはじめた。


「ここは少し傾斜がきついから、水多め」

「ここは溜まりそうだから、水少なめ」


そう声を掛け合いながら、

細かく配置を調整していく。


《重ね掛け泥石》と《重ね掛け水石》は、

俺が作っている間に、何度も実地で試していたらしい。


ガイルとセラで調整を繰り返したおかげで、

かなり感覚がつかめているようだった。



「アレンくん、ここ、泥もう一つ欲しい」


呼ばれて、

少しへこんだ地面に、もう一個落とす。


そんなやりとりを続けているうちに、

中央レーンの色が、はっきり変わっていった。


乾いた土色から、

ねっとりとした茶色へ。

ところどころ、水が鈍く光る。


「……これ、歩きたくないですね」


思わず、正直な感想が漏れる。


「アレンくんが頑張った成果ですよ」


イリスが、やさしく笑った。


「よし。中央はこれでいい」


ガイルも満足そうにうなずく。


「問題は、左右だな」


左右のレーンにも、

残りの泥と水を配置していく。

だが、どうしても中央ほどの密度にはならない。


「ここはギリギリ及第点」

「ここは、少し不安だな」

「この区画は人を厚めに配置する」


ガイルの指示を、セラが手早く書き留める。

数の少ない《時間差眠り石》の配置も決めていく。


「アレンくん、ここと、あそこ」


俺は、指示どおりに

《時間差眠り石》を一つ一つ、土に埋めていった。


数は、百ほど。

泥と水の帯の、わずか外側に――

ぽつん、ぽつんと。


頼む……ちゃんと、効いてくれ。


分かっている。

すべてを、完璧に守ることはできない。


だから、薄い場所は、別の手で補った。

それでも――

胸の奥に、かすかな不安が残った。




最後に、《時間差光り石》だ。


これは、前から作りためていた在庫を、

カレンやリナがかき集めてくれた。


砦の倉庫。

商人の荷車。

ギルドの棚の奥。


「あったあった」

「ここにもあった」

「懐かしいこれ、アレンくん作だよね?」


そんな声が、方々から聞こえたらしい。


それをすべてまとめて、

砦の前に運んでもらった。


俺は、その《光り石》を、

レーンの手前に並べていく。


中央レーンの左端から、

等間隔で、右端まで。

ここから先は出るな――その安全ラインだ。


夕暮れが近づくと、

《時間差光り石》は、ポツポツと光りはじめた。


スイッチも何もない。

時間差もまばらなので、まだ光らないものもある。

ただ、魔力が尽きるまでは、

小さな灯りとして、そこにあり続ける。


「この光より先には、絶対に入るな」


バルドさんが、兵士たちに向かって言う。


「いいか、この光より先は、どろんこレーンだ。

 絶対に入るな」


「お前たちは、その一歩うしろで止めろ」


ガイルも、力強くうなずいた。


「中央は、高ランクが見る」


「左右の薄いところは、兵士と中堅が見る」


「それでも崩れそうになったら、

 全員で後ろに下がって、砦前で止める」


「アレン」


名前を呼ばれて、顔を上げる。


「お前の役目は、どろんこレーンの様子を見ることだ」


バルドさんが言った。


「泥が薄くなったところがあれば、

 予備の泥と水で、簡単にでも補修しろ」


「《時間差光り石》が消えたところがあれば、

 新しいのを置け」


「分かったな」


「はい」


「前には出るなよ」


父さんの声も聞こえた。


いつの間にか、

砦の石壁の影からこっちを見ていたらしい。


「光の奥にはいくな。それが条件だ」


「……分かってます」


分かっている。

頭では。


でも、発動時間、強度、泥と水のかけ具合。

どこかで、必ずほころびが出る。



いや、今は考えても仕方ない。

一度、頭を振った。


まだ始まってもいない。

今できるのは、ここまでだ。




「とりあえず、どろんこレーンは完成、ってことでいいのかな」


小さくつぶやく。


「おう。じゃあ、新ディラン方式のテストもしねえとな」


隣にいた人物が、にやっと笑う。


「それ、名前つけたのディランさんですよね」


「当たり前だろ? おれが考えたんだから」


そう言うなり、ディランは、ためらいなく中央レーンに足を突っ込んだ。


右足。

ずぼっ。


「うおっ!」


そのまま左足も踏み込む。


二歩目で、

体が前に持っていかれた。


「ちょ、待っ——」


ずるっ。

べしゃっ。


見事に前のめりに転んだ。


そこからが……ひどかった。


起き上がろうとして、その足がまた滑る。


今度は横に倒れる。

立とうとして、膝をついたまま回転する。


一歩進んではこけ、

身体をひねってはずるずる滑り、

結果的に、その場でぐるぐる回っている。


「なにしてるの、あれ……」


セラが、あきれたように言う。


イリスは、口元を押さえて笑いをこらえていた。


ガイルは、額を押さえた。


「デュランはやっぱり、バカ」


フィオナが、きっぱりと言う。


「フィオナ!?」


「でも、いいテストにはなったわ」


セラが眼鏡の位置を直しながら言う。


「普通に歩いたら、ああなるってことが、よく分かったもの」


「そうね」


イリスも、やさしい笑顔で追い打ちをかける。


「ディランくん、ありがとう」


「ありがとう、ディラン」


ガイルまで言った。


当のディランは、泥まみれのまま、

なんとかレーンの外まで転がり出てきた。


「はぁ……はぁ……」


「これで証明されたな……」


息を切らしながら、親指を立てる。


「新ディラン方式は、マジで効く!」


「自分で名前つけたものに、自分で泥まみれ」


フィオナが、ため息をついた。


「やっぱりバカ」


「うるせえ!」


でも、どこか嬉しそうだった。


答えは、本番にならないと分からない。

でも、少なくとも今は——。


気づけば、日はもうだいぶ傾いていた。


俺は、皆と笑いながら、少しほっとして、

砦のほうへ歩き出した。



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