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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
31/81

第31話 間に合わない数

ギルドの作業部屋は、朝からしんと静まり返っていた。


壁ぎわと床には、空の木箱が積まれている。

机の上も、まだ何もない。


ここを、《泥石》と《水石》で埋める。


「じゃあ、始めます」


気合いを入れると、リナが柔らかくうなずく。


「うん。まずは慣らしからだよ」


「はい」




胸の奥で、《アース》用と《ストーン》用の

細い魔力線を一本ずつ起こす。


それを一本にしたのが泥用の統合線だ。


それを太い魔力線につなぎ、ゆっくりと

石の中に流し込んでいくイメージを持つ。


机の上に生成された石の表面が、ぷくっとふくらんだ。


《泥石》一個目。


「おお……」


リナが身を乗り出す。


「まだ、本気の泥じゃないけど、ちゃんと柔らかくなってるね」


「はい。こんな感じです」


《泥石》は時間差なしで、作った瞬間からじわじわ仕事を始める。


「保管場所は外の棚でしたよね」


「うん。裏庭の板敷きのところ。ここに積んだら、部屋が先に沈むよ」


リナが木箱を引き寄せる。


「十個くらいまではここで作って、そこから先はでき次第どんどん運ぶ感じでいこう」


「分かりました」


同じ要領で、統合線を組んで流す。


二個目。三個目。四個目。

ぷよっとした石が、机の上に並んでいく。


十個できたところで、リナが木箱ごと持ち上げた。


「じゃ、裏の棚に置いてくる」


「いってらっしゃいませ」


泥用の統合線は、もう完全に手になじんでいた。

土ソリで散々やった動きだし、

光り石や悪臭石でも似たようなことはしている。


リュシュアさんにも言われた。


「いきなり無茶をするな。

 まずは安定させろ」


うん。ここまでは順調。

じゃあ、次は重ね掛け泥石だ。



泥用統合線二本を組む。


それを束ねて太い魔力線で、

一気に石に流し込むイメージだ。


どろっ、と濃くなる感覚。

明らかに中身が重い。


《重ね掛け泥石》一個目。


さっきより、表面がもこっとふくらんだ。


「うわ、いやな足場って感じする……」


戻ってきたリナが、顔をしかめる。


「これはきっと転ぶわ」


「重ね掛けも成功、ってことですね」


「うん。これなら、オークの足もちゃんと取れると思う」


リナがまた木箱を引き寄せる。


「じゃあ、ここからは量産ね」


「はい」



日が少し傾きはじめたころ、リナと一緒に数を確認した。


「……二九十八、二九十九、三百」


「重ね掛けなし泥石、三百個ちょうど」


リナが、軽く肩を回す。


「……よくやったよ、アレンくん」


「うーん、でも思ったより伸びないですね」


朝から動きっぱなしで三百個。

けっこうな量ではあるが。


「とりあえず、一回バルドさんたちに見せに行こうか」


「はい」


俺とリナは、石の入った木箱を一つずつ抱えて、

奥の部屋に向かった。---



簡易会議室の机には、

森と砦、その間の平地を描いた地図が広げられていた。


《風切りの牙》とバルドさんが集まっている。


「どうだ」


バルドさんが顔を上げる。


リナが報告した。


「重ね掛け泥石が三百個。水石と眠り石は、ほぼ手つかずです」


「そうか」


バルドさんが短くうなずき、ガイルに視線を向ける。


ガイルが地図の平地を指でなぞる。


「森の出口から砦まで、だいたいこのくらいの幅で、

 一直線に来るだろうと見ている」


「全部を泥にするなら、

 一メートルおきに石を並べても足りん」


「だから、真ん中を厚く、両端はそこそこにする」


セラが、さらさらとメモを走らせながら続けた。


「計算すると、

 最低でも《重ね掛け泥石》が千個前後は欲しいわ」


「《水石》は、その三分の一くらい。

 三百個前後が目安ね」


ディランが、わざとらしく頭を抱えた。


「千個って、数字で聞くとほんとエグいな……」


バルドさんが、俺を見る。


「今ある泥は三百。必要なのは千。

水が三百、眠りはあればあるだけだ」


「現状、まったく足りていない」


「……はい」


声が少し、上ずった。


今の三百個を作るまでで、もう十分頑張ったつもりだった。

だが、泥だけでも千個という数字の前では、3百はほとんどゼロに毛が生えた程度だ。


「本番までの時間も、そう長くはない」


バルドさんが腕を組む。


「だが、だからといって無理をさせても意味がない。

今日は今日はここまでだ。屋敷に戻って休め」


そう言われて、俺は思わず口を開きかけ

――飲み込んだ。


頭では分かっている。

けれど、胸の奥には、別の声が張りついていた。


足りない。全然足りない。

このままで本当に間に合うのか。


会議が終わり、各自が散っていく。

その流れから、ほんの少しだけ外れた。



「アレンくん?」


ギルドの廊下で、リナが俺の顔を覗き込む。


「今日はもう帰ろう。明日また――」


「……もう少しだけ、作ってきます。

重ね掛けの感覚を、今のうちに掴んでおきたいので」


自分でも、言い訳だと分かる言葉だった。


リナはしばらくじっと俺を見てから、小さくため息をついた。


「ほんの少しだけ、だよ? ちゃんと切り上げるって約束できる?」


「はい。ちょっとだけしたら、すぐに帰ります」


その約束をした時点で、どこかで破るつもりだったことも、分かっていた。



作業部屋に戻る。

外はもう赤く、室内は薄暗かった。


胸の奥で、泥用細線を二本、同時に起こす。

それを束ねて、石へ一気に流す。


《重ね掛け泥石》一個目。

続けて、二個目、三個目。


魔力が、胸の真ん中に重く沈んでいく。

頭の奥は、じわじわと熱くなるような、鈍い痛み。


けれど、手は止めない。


千個必要。

でも、今は三百。


せめて、五百までは――


どのくらい時間が経ったのか、はっきりとは分からない。


ただ、机の上の木箱が次々と埋まっていき、

裏庭の棚にも、重ね掛け泥石の入った箱が増えていく。


三百五十。四百。

頭の中で、ぼんやりと数字だけを数え続ける。


五百まで、あと少し。

あともう少しだけ。


身体の感覚がぼやけてきて、

胸の奥の魔力線が、時々うまくつながらなくなる。


それでも、無理やり繋ぐ。

次の瞬間、視界がふっと揺れた。


「アレンくん!」


遠くで、リナの声が聞こえた気がした。


そのあと、世界が暗くなった。



目を覚ますと、見慣れた屋敷の天井があった。

ゆっくりと身を起こすと、胸の奥と頭の芯がどっしりと重い。


扉が、ゆっくりと開いた。


「起きたか」


父さんガルドが立っていた。

背後にはルーク兄さんもいる。


「……俺、倒れました?」


「ギルドの娘さんたちが、半分泣きそうな顔で運んできたぞ」


兄さんが、肩をすくめる。


「ちょっとだけって言って、急ピッチで作業していたらしいな」


言葉に詰まる。


「足りない数を、気合いで埋めようとしたのか?」


父さんの声は淡々としていた。


「気持ちは分かる。だが、結果がこれだ」


言い返せなかった。


「今は休め。夕食の時間になったら、下りてこい」


それだけ告げて、二人は部屋を出ていった。


シーツに背中を預けると、再び意識が沈んでいった。



夕食時、ミーナに起こされて食堂へ向かう。


大きなテーブルの上には、スープとパンと肉料理。

家族が席に着いていた。


母さんエリシアが、すぐに立ち上がりそうな勢いで身を乗り出す。


「本当に大丈夫なの? どこか痛くない?」


「胸と頭が少し重いだけです。動くぶんには問題ないです」


父さんが、短く尋ねる。


「それで、どれくらい作った」


「……泥石は、合計で五百くらいになっているはずです。

あとは、ほとんど手つかずです」


思ったよりもできてなくて、自分が情けない。


「必要なのは、泥が千。水が三百。眠り石もできる限り、だな」


父さんが確認するように言い、ルーク兄さんが頷く。


「森の奥から新しい報告はどうなりましたか?」


「ゴブリンの小規模な集まりが、いくつか同時に確認されたそうだ」


母さんが顔をしかめる。


「ただの群れ、ではないの?」


「向きが問題だ。」


父さんの声が低くなる。


「ばらばらにうろついているんじゃない。どれも、似た方向へ動いている痕跡がある」


父さんが続ける。


「いわゆる流れだ。スタンピードの前に現れることが多い」


兄さんが、改めて俺を見る。


「領主としての見解は?」


父さんは、一拍置いてから、はっきりと言った。


「もう一刻の猶予もない。スタンピードは確実に起こると見て動く」


「森の奥の魔物の数は、時間が経つほど膨れる。待って得をする局面ではない」


スープをすする音が、静かに響く。


「だからこそ、罠石がいります」


兄さんが続ける。


「砦に押し寄せる前に、可能なかぎり削っておく必要がある」


母さんが、心配そうに口を挟む。


「でも、そのせいでアレンがまた倒れたら、意味がないでしょう?」


「そうだな」


父さんが、静かにうなずく。


「魔力には限りがある。無理を重ねれば、今日のように倒れるだけだ」


視線が、こちらに向く。


「アレン。お前はどう考える」


パンをちぎりながら、ゆっくりと言葉を探す。


「無理をしても、どこかで倒れるだけです。

 今日ので、それはよく分かりました」


兄さんがいう。


「結果的に、作業は止まったら、計画全体のスピードも落ちる」


「はい。……だから、もっと効率のいい作り方を考えないといけないと思ってます」


父さんが、わずかに眉を上げた。


「方法に当てはあるのか」


「正直、まだ考え中です。

でも、多分、やる順序か、まとめ方を変えれば、同じ負荷で数を増やせる気はします」


兄さんが、少しだけ口元をゆるめる。


「倒れるまで作れば数が増える、という考え方からは抜け出せているようだな」


母さんが、そっと俺の皿にパンを一つ足す。


「なら、まずはちゃんと食べて、ちゃんと寝てから考えなさい」


「頭を使うにも、魔力を回復するにも、栄養は要るのよ?」


「……はい」


スープを飲む。

パンを咀嚼する。


温かさが、おそるおそる身体の中にしみこんでいく


◇  


自室に戻り、ベッドに仰向けになる。


天井を見つめながら、今日一日の作業を頭の中で巻き戻す。


泥用の細線を一本作る。

それをもう一本作る。

束ねて、一個ぶんの《泥石》に流す。

また、一本目から。


五百個に届くまで、ひたすらそれを延々と繰り返していた。

まさしくど根性だ。


でも、必要なのは効率、か――



そもそも1個ずつ作成する決まりはないよな。

最初から複数同時に作れないかな。


今までだって、泥ソリのレーンをつくるのに

《アース》と《ウオーター》をほぼ同時に使っていた。


泥用の細線は、毎回まったく同じ形。

2本どころか10本ぐらいまとめて作れそうだよな。

いや、もっとできそうなイメージもある。



胸の奥で、泥用細線を一本立ち上げる。

そのイメージを、横へとコピーする。

同じものが、二本、三本と、並んで立ち上がっていく。


おお、やった。できる。

最初から、こうして作ればいいんじゃないか。


細線を同時に十本、先に作ってしまう。

それを二本ずつ束ねて、順番に《ストーン》に流す。


この形だ。

これなら、大幅に時間を短縮できる。


やることは同じだけど、同時進行にする。


胸の奥が、少しだけ重くなる。

けれど、さっきみたいにぷつんと切れそうな気配はない。


「……いけるかもしれない」


声にならない声が、喉の奥で漏れた。


無理をして数をひねり出すんじゃない。

作り方そのものを、もっと工場みたいな流れ作業に変える。

ラインをたくさん増やせれば、もっとイケる。


明日は、まず細線を同時に作るを20本で試そう。

そうすれば、千個にも届くかもしれない


スタンピードはもう起こる。

それでも、まだ手を打つ余地はある。


そう自分に言い聞かせながら、目を閉じた。

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