第3話 魔力検査の日
朝一番。
エリシアの声が、いつもより少し弾んでいた。
「ほら、アレン。今日はちゃんとした日よ」
言葉の意味は、全部じゃない。
でも、雰囲気で分かる。
今日は、なんか大事な日だ。
いつものお仕着せじゃない服に着替えさせられる。
布地が、明らかに違う。
少し重くて、でも肌ざわりがいい。
抱き上げられて、廊下を進む。
窓の外に見えるのは、いつもの中庭じゃない。
もう少し広い庭。
その向こうに、石造りの建物。
行き先が違う。
それだけで、胸の奥が少しざわついた。
◇
「こちらへどうぞ、奥様」
落ち着いた男の声。
見慣れた執事――セバスが一歩前に出て、扉を開ける。
中に入ると、空気が少しひんやりしていた。
石の床。
壁には、意味の分からない模様が刻まれた板が、いくつも立てかけられている。
部屋の中央には、椅子がひとつ。
その横に、背筋の伸びた痩せ型の男が立っていた。
「お初にお目にかかります、奥様。
王都魔法学院・前講師、オットー・ラインベルクと申します」
丁寧な口調。
にこやかな笑顔。
でも、その目の奥は、少し違う。
数値を見る目。
評価する側の目だ。
ああ、分かる。
この人は先生タイプだ。
前の世界でも、何度か見たことがある。
テストを配る側の人間の視線。
「遠路はるばる、ありがとうございます。
本日、三歳になった息子の魔力検査をお願いしたく」
お母さんが、軽く会釈する。
「いえいえ。将来有望なご子息の第一歩。
お手伝いできるのは、教師として光栄なことです」
言葉はきれいだ。
でも、空気は完全に「点数をつける側」だった。
◇
俺は、お母さんの膝の上に座らされる。
正面、ちょうど目線の高さに、
丸い石板が、すっと差し出された。
大人の顔くらいの大きさ。
表面には、細い線が渦を巻くように刻まれている。
「こちらは、属性反応を見るための魔力板です。
お子様でも、触れるだけで反応します」
オットーが説明する。
やっぱり、あれだ。
ラノベで見たことのある、属性診断用の魔道具。
「では、アレン坊ちゃま。
手を、こちらへ」
オットーが身をかがめ、
俺の小さな手を、そっと取る。
石は、冷たい。
思わず、指先に力が入る。
ちょっと、どきどきする。
「……だいじょぶ」
自分でも驚くくらい、
短いけど、ちゃんとした言葉が口から出た。
胸の奥にある、いつもの感覚に意識を向ける。
毎日続けてきた、あの体操。
今日は、その結果を見る日だ。
ゆっくり息を吸う。
少しだけ溜めて――
手のひらへ、そっと流す。
◇
最初、石板は何の反応も示さなかった。
オットーの目が、わずかに細くなる。
「やれやれ」と言わんばかりの表情だ。
――待って、今やってる。
呼吸を整え、
意識を手のひらへ集める。
指の付け根あたりが、じんわりと温かくなった、その瞬間。
石板の線が、ふっと光った。
「……おや」
オットーの口から、小さく声が漏れる。
最初に浮かんだのは、赤。
火の色だ。
次々に紋様の一部が、ぽうっと灯る。
続いて、その隣。
青――水。
さらに、薄い緑。
風。
土を思わせる、くすんだ茶色。
少し遅れて、白っぽい光と、淡い紫。
石板の模様が、じわじわと色づいていく。
「……お、おお?」
今度は、はっきりとした驚きの声。
「これは……火、水、風、土……光……闇……?
すべて、反応していますね……」
「全部、ですの?」
お母さんが、思わず息をのむ。
「ええ。見事な多属性反応です。
ここまで揃って出るのは、そう多くありません」
どうやら、褒められているらしい。
少しだけ、気分がよくなる。
石板の光は、俺の様子に合わせて、
ゆらゆらと明るさを変えていた。
――じゃあ、もう少しだけ。
意識を、ほんのわずかに動かす。
石板の光が、一瞬だけ、膨らんだ。
「……ふむ。制御も悪くありませんな」
オットーが、顎に手を当てる。
◇
「多属性、か……」
背後から、お父さんの低い声。
「ええ、ガルド様。
才能という意味では、申し分ありません」
オットーの表情が、少しだけ引き締まる。
「ただ――」
声色が、わずかに鋭くなる。
「全体的に、出力が細い」
オットーは、俺をじっと見た。
もちろん、目で見えるものじゃない。
だが、長く魔力を扱ってきた者には、
通り方が、なんとなく分かるのだろう。
「流れは安定していますし、滑らかです。
ただ、太さが足りない」
「……つまり?」
「初級魔法までは、かなり器用に扱えるでしょう。
しかし、中級以上になると、途端に厳しくなります」
言葉を選びながら、続ける。
「一撃の出力を求められる魔法は不向きです。
多属性ではありますが……
いわば、初級までが限界の逸材ですね」
――はっきり言うな、この先生。
◇
「初級まで、ですのね」
お母さんが、小さく俺の背中を撫でる。
声に、失望はない。
現実を、そのまま受け止めている響きだ。
「ええ。ただし――
初級魔法の習得速度と精度は、かなり期待できます」
オットーは、淡々と続ける。
「多属性ですから、分野を選ばず器用に動ける。
補佐役ならば、むしろ適性が高いでしょう」
前線で戦う大魔法使い、ではなく。
屋敷や領地を支える、実務型。
――はいはい、ルート決定ですね。
前の人生でも、よくあった。
点数や適性で、進路を勧められるやつだ。
間違ってはいない。
世の中、だいたいそんなものだ。
でも――
今回は、それだけで終わらせるつもりはない。
反発が芽生える。
◇
検査は、それで終わった。
――多属性。
――出力は細め。
――初級までが得意。
今日だけで、だいたいの「評価」は出た。
前世と同じく、主人公ではない。
モブ寄り。
少し変わり種。
それなら、それでいい。
「初級まで」という線を、
考える余地があるってだけで、十分だ。
俺は自然に、指先をむにゅむにゅと動かした。




