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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
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第27話 待ち受け型

森の入口近くで、俺とリュシュアは向かい合っていた。


「まず、お前の今の武器を並べろ」


いつもどおり、抑えた声だ。


「武器、ですか」


「魔法でも罠でもいい。

 何ができるかを、自分で把握しろ」


言われて、指を折りながら思い出していく。


「《ウオーター》《ミスト》《ウオーム》《スコーチ》」


「《アース》《小さな穴》《ストーン》《ウインド》」


「《ライト》《ヒール》《浄化》」


「《ダーク》《悪臭》」


「それから、《光り石》《悪臭石袋》《浄化石》と……

《偽装落とし穴》ですね」


「ふむ」


リュシュアは、矢筒を指でとんとん叩いた。


「生活と場づくりは、もう十分だな」


「戦いで必要なのは、敵をどう動かすかと、どう止めるかだ」


そこで、二本の指を立てる。


「そのために、今日二つ覚えろ。

《エアーパレット》と、《スリープ》だ。」



「《ウインド》は使えるな?」


《ウインド》は、空気の流れを一方向に押し出す魔法。

洗濯物を乾かしたり、換気をしたりする、いつもの便利魔法だ。


「《ウインド》は流れだ」


リュシュアが手を前に出すと、風が走り、足元の落ち葉が一方向に流れた。


「《エアーパレット》は塊だ」


今度は人さし指を軽く突き出す。

何もない空間が、ほんの一瞬だけ揺れた。


直後、地面の小石が「ぴっ」と跳ねる。

半歩ほど転がって、そこで止まった。


「……今のが?」


「ああ。小さな空気の弾だ」


「当たると、少しチクッとする。わずかに押される。

 それだけだ。怪我はしない」


あれ?と思う程度か。


「撃て」


唐突に言われた。


「《エアーパレット》用の細い線を一本作れ」


《ウインド》の線より、ほんの少し濃く。

だが暴れさせず、丸くまとまるように意識する。


風を細く集めて、小さな球を作るイメージ。


掌の前に、見えない空気の塊がひとつ浮かぶ。

それを、人さし指で「つん」と突くように前へ送る。


目の前の小石が「ぴっ」と跳ねて、ころんと転がった。


「お……」


思わず声が漏れた。

当たったところがほんのり白くなり、すぐ元に戻る。


「今のでいい。スジはいいな。」


リュシュアが、短くうなずく。


「《エアーパレット》は倒すために撃つな」


「動かすために撃て」



場所を少し移して、今度は低い枝を指さされる。


「次は、葉を一枚だけ揺らせ」


「一本の枝ごと吹き飛ばすなよ?」


「そんな威力、多分でません」


苦笑しながら、さっきより少し小さい空気弾を作る。

目標は、枝の真ん中あたりの葉っぱ。


葉のすぐ下に弾を置くイメージで、そっと押し出す。


ぱさっ。


狙った一枚と、その周りだけが揺れた。


「よし。いいぞ。」


「イノシシや鹿がいたとして、

 何か動いた、と思うくらいの揺れだ」


「あそこに何かいるかもと思った瞬間、

 敵の足や視線がずれる」


たぶん、ほんの少し。

たった半歩ぶん。


でも、その先に落とし穴があれば――

その半歩で、十分だ。



次に、《スリープ》だった。


「これは、《ダーク》と同じ闇だ」


リュシュアの声が、少しだけ引き締まる。


「だが、隠すんじゃない。意識を少し薄くする」

 眠らせるというより、ふわっとさせるつもりで撃て」


「ふわっと、ですか」


「眠くて、まぶたが重くなる瞬間は分かるか」


「朝、無理やり起こされたときとか、

 歩いているのに頭がぼんやりする、その感じだ」


「あ、はい……あります」


「そのぼんやり一回ぶんを、

 相手の頭に、ぶつけると思え」


それは、かなり分かりやすい。


がっつり眠らせるんじゃなくて、

一歩だけよろけさせるくらい、か。


「まずは、自分の頭の横に、弱く撃て」


「え、自分にですか」


「加減を覚えるには、それが一番早い」


言われてみれば、そのとおりだ。


強く撃ったら危ないと思うと

緊張感を持ってできる。


てか、スパルタすぎないか。


「じゃあ、弱めで」


細い闇の線を一本出す。

《ダーク》よりも、柔らかくて軽いイメージ。


自分のこめかみあたりに、その線をそっと触れさせる。

少しドキドキする。


一瞬、視界がふわっと遠くなった。


「……あ、やば」


慌てて魔力を切る。


「今のでいい」


リュシュアがうなずく。


「一度で深く入れようとするな。

 お前の線では、どうせきつい」


「一瞬ふらつかせる。

 初撃はそれくらいで十分だ」


「はい」


本気で撃ち続ても、致命傷にはならない。

自分の太線の貧弱さを、このときばかりは感謝する。



少し森の奥に移動する。


獣道の脇に、ぽんと、つま先で印をつけられた。


「ここに偽装落とし穴を作れ。一気にだ」


「はい」


これまでは何手にも分けてやっていた。

時間がかかるし、その間は無防備だ。


「小さな穴、アース、スコーチ。

 これを偽装落とし穴用の線にまとめろ。

 一本で、出す感じでな」


「やってみます」


三本の細い線を起こす。

ひとつは地面を洗面器ほどくり抜く感覚。

ひとつは周囲を柔らかくして泥をつくる感覚。

ひとつは縁だけを固める感覚。


それらを、一本の統合線にする。

太い魔力線に乗せて――


《偽装落とし穴》。


地面が、すっと沈んだ。


地面がすっと沈む。

人ひとりが落ちる穴。

底は泥、縁は固く、表は薄い土と落ち葉。


「……おお」


ほぼ完成形が一撃で立ち上がった。

やれば、できるな。


「いいな」


リュシュアがしゃがみ込み、縁を指でなぞる。


「こういう統合は、いくらでもやれ。

 一発で罠の形が出るよう、線を安定させろ」


「はい」


一本で落とし穴を作れれば、余った細い線で

エアーパレットやスリープも並走できる。

配線の節約。

やってみると、驚くほど気持ちがいい。



準備が整ったところで、森の奥から低い唸り声が聞こえた。


「来るぞ」


リュシュアが、小さく呟く。


イノシシが一頭、こちらへまっすぐ突っ込んでくる。

前に見たやつと同じくらいのサイズ。


真正面からぶつかったら、人間なんて薄っぺらい紙みたいなもんだ。


「あいつの視線を引きつける」


リュシュアが、木の影から一瞬だけ姿を見せる。


イノシシの目が、そこに吸い寄せられた。

そのまま、少しだけ肩を傾けて、獣道のこちら側へ体を寄せる。


その先には《偽装落とし穴》が仕掛けてある。


俺は少し離れた位置で構える。


足音が、どんどん近づいてくる。

落ち葉が跳ね、枝が折れる。


今だ。


落とし穴の手前、あと二歩。

頭の後ろを、「ふわっ」と一撫で。


《スリープ》


イノシシの足のリズムが崩れた。


踏み込みが、半歩ぶん浅くなる。


そのまま――


ずぼっ。


穴に、きれいに消えた。


「うお……」


変な声が出た。


リュシュアは、落ち葉をほとんど鳴らさずに走り寄り、穴の縁へ。


「今のが、走りを崩すスリープだ」


振り向かずに言う。


「最初から、眠らせるんじゃない」


「はい」


穴の中では、イノシシが泥だらけになって暴れている。


前脚で縁をつかもうとして、噛みつくように牙を打ちつけていた。


「ここで、止めるスリープだ」


リュシュアが一歩下がる。


「上から、ちゃんと眠らせるつもりで撃て。

 一回でできないなら、何度も撃て。」


息を整える。

穴の中全体に、やわらかい闇の布を

ふわっとかけるイメージ。


《スリープ》。


イノシシの動きが、はっきりと鈍くなった。


先ほどまで暴れていた前脚が、力なく縁からずり落ちる。


泥の中で、ずるりと身体が沈んだ。


「よし」


リュシュアが弓を引く。


――びゅっ。


矢が飛び、穴の中の首もとにすっと突き刺さった。


暴れる時間は、前に見たときよりずっと短い。


「お前の仕事は、落とす手伝いと、這い上がらせないことだ」


矢を引き抜きながら、彼は言う。


「今のお前が、首を取りに行く必要はない」


「はい」


前に出る人のために、

俺は「転ばせ」「鈍らせ」「止める」役目だ。

それでも、俺が「いないと困る」位置を任されているのは分かる。



別の獣道に移動した。


今度は、さっきより少し狭い道だ。

右側に、先ほどと同じ《偽装落とし穴》を仕込んである。


リュシュアが、反対側の枝を指さした。


「左側の枝を、少しだけ揺らせ」


「穴とは反対側の枝だ」


「はい」


森の奥から、今度は鹿が一頭、軽い足取りで駆けてくる。


俺は、獣道の左側に張り出した枝を狙う。


《エアーパレット》。


小さな空気弾を一発。

枝の葉のすぐ下に当てる。


ぱさっ。


葉が、一瞬だけ揺れた。


鹿の耳が、そちらを向く。

足が、右に半歩だけ寄る。


自然と、身体全体が右側に少し寄り――


どすん、と落ちた。


「……ひどいな、これ」


思わず漏れた本音に、苦笑する。


「いい意味で、だがな」


リュシュアが、肩をすくめた。


「《エアーパレット》で、注意を一瞬だけそらす」


「音でも、揺れでも、違和感でもいい。

 それで足も視線も、少しだけ動く」


「で、その先に穴があればい、と」


「そうだ」


簡単なことばかりだ。

だが、組み合わせるとえげつない。



ここでふと、思い出す。


「《悪臭石》でもよくないですか?」


言ってから、少し後悔する。


「すみません。生意気でした」


リュシュアは、首を横に振った。


「狭い森で悪臭を撒くのは、使いどころが限られる。

 まず風向きひとつで、お前たちに戻る」


「それは、ありましたね……」


前に一度やりかけて、みんなに全力で怒られた。


「それに、悪臭は続く。いったん撒いた場所は、しばらく誰も通れない」


追い払うだけならいい。

でも、狩りで通う獣道や、人が通るかもしれない道では、

臭いが残るのは邪魔ってことか。


たしかに、一度投げた場所には、当分近づきたくない。


「それと、悪臭石は広く止める道具だ。

 いまの目的は、一頭ずつ、静かに落とす。噛み合わない」


つまり、追い払い用なら悪臭石。

でも、狩り用にはならない――

そう言われると、腑に落ちた。



そのあとも、場所を変えて練習した。


穴の手前で《スリープ》で足を鈍らせ、

穴の中では《スリープ》で這い上がりを止める。


《エアーパレット》で枝を揺らす。

ときには足元の小石をわずかに弾く。


「なんとなく踏み出しにくい一歩目」を作る。


一手一手は地味だ。

だが、落とし穴にはおもしろいほど引っかかる。


帰り道、木々の間から差し込む光を見上げて、ぽつりとつぶやく。


「完全に、待ち受け型だな……」


嫌ではない。

安全性は高い。

罠と支援だけで、前線のすぐそばまで寄れる。


今は、この森では少なくとも――

「俺じゃないと、この落とし穴はここまで仕事しない」と言える。

それが、ひそかに嬉しい。


ただ、胸の奥には別の感情もあった。


罠を張る時間がない場所。

穴を掘れない場所。

根がごつごつ出た斜面。

岩が多くて 小さな穴 が効きづらいところ。

土が薄くて泥が作りづらい地面。


「何を考えている」


横を歩くリュシュアが、ふいに訊く。


「いえ……」


少し迷ってから、正直に言う。


「《エアーパレット》に《ストーン》を組み合わせて、

 飛び道具にできないかな、と。

 罠が張れない場所でも、逃げる時間を作れる一手がほしいなって」


リュシュアは、目を細めた。


「……ようやく、自分の手で倒すほうにも興味が出てきたか」


そして、調子をわずかに変える。


「いいだろう。

 ただし―― 石を飛ばすなら、まずは的からだ」


「正確に当てる技術がないうちは、実戦は危険だ」

 撃ったあと、どう避けるかも覚えろ。

 それを知らずに前に出るのは、ただの無謀だ」


「明日から、少しずつやる

 だが、今日のところは――」


リュシュアは一度だけ森の奥を振り返った。


「鈍らせる、落とす、止めるをきちんと身体に覚えさせろ。

 石で倒すのは、その後だ」


「はい」


罠と支援。それと初級魔法。

それでどこまでやれるか。


握った手に、少しだけ力を込めた。


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