第27話 待ち受け型
森の入口近くで、俺とリュシュアは向かい合っていた。
「まず、お前の今の武器を並べろ」
いつもどおり、抑えた声だ。
「武器、ですか」
「魔法でも罠でもいい。
何ができるかを、自分で把握しろ」
言われて、指を折りながら思い出していく。
「《ウオーター》《ミスト》《ウオーム》《スコーチ》」
「《アース》《小さな穴》《ストーン》《ウインド》」
「《ライト》《ヒール》《浄化》」
「《ダーク》《悪臭》」
「それから、《光り石》《悪臭石袋》《浄化石》と……
《偽装落とし穴》ですね」
「ふむ」
リュシュアは、矢筒を指でとんとん叩いた。
「生活と場づくりは、もう十分だな」
「戦いで必要なのは、敵をどう動かすかと、どう止めるかだ」
そこで、二本の指を立てる。
「そのために、今日二つ覚えろ。
《エアーパレット》と、《スリープ》だ。」
◇
「《ウインド》は使えるな?」
《ウインド》は、空気の流れを一方向に押し出す魔法。
洗濯物を乾かしたり、換気をしたりする、いつもの便利魔法だ。
「《ウインド》は流れだ」
リュシュアが手を前に出すと、風が走り、足元の落ち葉が一方向に流れた。
「《エアーパレット》は塊だ」
今度は人さし指を軽く突き出す。
何もない空間が、ほんの一瞬だけ揺れた。
直後、地面の小石が「ぴっ」と跳ねる。
半歩ほど転がって、そこで止まった。
「……今のが?」
「ああ。小さな空気の弾だ」
「当たると、少しチクッとする。わずかに押される。
それだけだ。怪我はしない」
あれ?と思う程度か。
「撃て」
唐突に言われた。
「《エアーパレット》用の細い線を一本作れ」
《ウインド》の線より、ほんの少し濃く。
だが暴れさせず、丸くまとまるように意識する。
風を細く集めて、小さな球を作るイメージ。
掌の前に、見えない空気の塊がひとつ浮かぶ。
それを、人さし指で「つん」と突くように前へ送る。
目の前の小石が「ぴっ」と跳ねて、ころんと転がった。
「お……」
思わず声が漏れた。
当たったところがほんのり白くなり、すぐ元に戻る。
「今のでいい。スジはいいな。」
リュシュアが、短くうなずく。
「《エアーパレット》は倒すために撃つな」
「動かすために撃て」
◇
場所を少し移して、今度は低い枝を指さされる。
「次は、葉を一枚だけ揺らせ」
「一本の枝ごと吹き飛ばすなよ?」
「そんな威力、多分でません」
苦笑しながら、さっきより少し小さい空気弾を作る。
目標は、枝の真ん中あたりの葉っぱ。
葉のすぐ下に弾を置くイメージで、そっと押し出す。
ぱさっ。
狙った一枚と、その周りだけが揺れた。
「よし。いいぞ。」
「イノシシや鹿がいたとして、
何か動いた、と思うくらいの揺れだ」
「あそこに何かいるかもと思った瞬間、
敵の足や視線がずれる」
たぶん、ほんの少し。
たった半歩ぶん。
でも、その先に落とし穴があれば――
その半歩で、十分だ。
◇
次に、《スリープ》だった。
「これは、《ダーク》と同じ闇だ」
リュシュアの声が、少しだけ引き締まる。
「だが、隠すんじゃない。意識を少し薄くする」
眠らせるというより、ふわっとさせるつもりで撃て」
「ふわっと、ですか」
「眠くて、まぶたが重くなる瞬間は分かるか」
「朝、無理やり起こされたときとか、
歩いているのに頭がぼんやりする、その感じだ」
「あ、はい……あります」
「そのぼんやり一回ぶんを、
相手の頭に、ぶつけると思え」
それは、かなり分かりやすい。
がっつり眠らせるんじゃなくて、
一歩だけよろけさせるくらい、か。
「まずは、自分の頭の横に、弱く撃て」
「え、自分にですか」
「加減を覚えるには、それが一番早い」
言われてみれば、そのとおりだ。
強く撃ったら危ないと思うと
緊張感を持ってできる。
てか、スパルタすぎないか。
「じゃあ、弱めで」
細い闇の線を一本出す。
《ダーク》よりも、柔らかくて軽いイメージ。
自分のこめかみあたりに、その線をそっと触れさせる。
少しドキドキする。
一瞬、視界がふわっと遠くなった。
「……あ、やば」
慌てて魔力を切る。
「今のでいい」
リュシュアがうなずく。
「一度で深く入れようとするな。
お前の線では、どうせきつい」
「一瞬ふらつかせる。
初撃はそれくらいで十分だ」
「はい」
本気で撃ち続ても、致命傷にはならない。
自分の太線の貧弱さを、このときばかりは感謝する。
◇
少し森の奥に移動する。
獣道の脇に、ぽんと、つま先で印をつけられた。
「ここに偽装落とし穴を作れ。一気にだ」
「はい」
これまでは何手にも分けてやっていた。
時間がかかるし、その間は無防備だ。
「小さな穴、アース、スコーチ。
これを偽装落とし穴用の線にまとめろ。
一本で、出す感じでな」
「やってみます」
三本の細い線を起こす。
ひとつは地面を洗面器ほどくり抜く感覚。
ひとつは周囲を柔らかくして泥をつくる感覚。
ひとつは縁だけを固める感覚。
それらを、一本の統合線にする。
太い魔力線に乗せて――
《偽装落とし穴》。
地面が、すっと沈んだ。
地面がすっと沈む。
人ひとりが落ちる穴。
底は泥、縁は固く、表は薄い土と落ち葉。
「……おお」
ほぼ完成形が一撃で立ち上がった。
やれば、できるな。
「いいな」
リュシュアがしゃがみ込み、縁を指でなぞる。
「こういう統合は、いくらでもやれ。
一発で罠の形が出るよう、線を安定させろ」
「はい」
一本で落とし穴を作れれば、余った細い線で
エアーパレットやスリープも並走できる。
配線の節約。
やってみると、驚くほど気持ちがいい。
◇
準備が整ったところで、森の奥から低い唸り声が聞こえた。
「来るぞ」
リュシュアが、小さく呟く。
イノシシが一頭、こちらへまっすぐ突っ込んでくる。
前に見たやつと同じくらいのサイズ。
真正面からぶつかったら、人間なんて薄っぺらい紙みたいなもんだ。
「あいつの視線を引きつける」
リュシュアが、木の影から一瞬だけ姿を見せる。
イノシシの目が、そこに吸い寄せられた。
そのまま、少しだけ肩を傾けて、獣道のこちら側へ体を寄せる。
その先には《偽装落とし穴》が仕掛けてある。
俺は少し離れた位置で構える。
足音が、どんどん近づいてくる。
落ち葉が跳ね、枝が折れる。
今だ。
落とし穴の手前、あと二歩。
頭の後ろを、「ふわっ」と一撫で。
《スリープ》
イノシシの足のリズムが崩れた。
踏み込みが、半歩ぶん浅くなる。
そのまま――
ずぼっ。
穴に、きれいに消えた。
「うお……」
変な声が出た。
リュシュアは、落ち葉をほとんど鳴らさずに走り寄り、穴の縁へ。
「今のが、走りを崩すスリープだ」
振り向かずに言う。
「最初から、眠らせるんじゃない」
「はい」
穴の中では、イノシシが泥だらけになって暴れている。
前脚で縁をつかもうとして、噛みつくように牙を打ちつけていた。
「ここで、止めるスリープだ」
リュシュアが一歩下がる。
「上から、ちゃんと眠らせるつもりで撃て。
一回でできないなら、何度も撃て。」
息を整える。
穴の中全体に、やわらかい闇の布を
ふわっとかけるイメージ。
《スリープ》。
イノシシの動きが、はっきりと鈍くなった。
先ほどまで暴れていた前脚が、力なく縁からずり落ちる。
泥の中で、ずるりと身体が沈んだ。
「よし」
リュシュアが弓を引く。
――びゅっ。
矢が飛び、穴の中の首もとにすっと突き刺さった。
暴れる時間は、前に見たときよりずっと短い。
「お前の仕事は、落とす手伝いと、這い上がらせないことだ」
矢を引き抜きながら、彼は言う。
「今のお前が、首を取りに行く必要はない」
「はい」
前に出る人のために、
俺は「転ばせ」「鈍らせ」「止める」役目だ。
それでも、俺が「いないと困る」位置を任されているのは分かる。
◇
別の獣道に移動した。
今度は、さっきより少し狭い道だ。
右側に、先ほどと同じ《偽装落とし穴》を仕込んである。
リュシュアが、反対側の枝を指さした。
「左側の枝を、少しだけ揺らせ」
「穴とは反対側の枝だ」
「はい」
森の奥から、今度は鹿が一頭、軽い足取りで駆けてくる。
俺は、獣道の左側に張り出した枝を狙う。
《エアーパレット》。
小さな空気弾を一発。
枝の葉のすぐ下に当てる。
ぱさっ。
葉が、一瞬だけ揺れた。
鹿の耳が、そちらを向く。
足が、右に半歩だけ寄る。
自然と、身体全体が右側に少し寄り――
どすん、と落ちた。
「……ひどいな、これ」
思わず漏れた本音に、苦笑する。
「いい意味で、だがな」
リュシュアが、肩をすくめた。
「《エアーパレット》で、注意を一瞬だけそらす」
「音でも、揺れでも、違和感でもいい。
それで足も視線も、少しだけ動く」
「で、その先に穴があればい、と」
「そうだ」
簡単なことばかりだ。
だが、組み合わせるとえげつない。
◇
ここでふと、思い出す。
「《悪臭石》でもよくないですか?」
言ってから、少し後悔する。
「すみません。生意気でした」
リュシュアは、首を横に振った。
「狭い森で悪臭を撒くのは、使いどころが限られる。
まず風向きひとつで、お前たちに戻る」
「それは、ありましたね……」
前に一度やりかけて、みんなに全力で怒られた。
「それに、悪臭は続く。いったん撒いた場所は、しばらく誰も通れない」
追い払うだけならいい。
でも、狩りで通う獣道や、人が通るかもしれない道では、
臭いが残るのは邪魔ってことか。
たしかに、一度投げた場所には、当分近づきたくない。
「それと、悪臭石は広く止める道具だ。
いまの目的は、一頭ずつ、静かに落とす。噛み合わない」
つまり、追い払い用なら悪臭石。
でも、狩り用にはならない――
そう言われると、腑に落ちた。
◇
そのあとも、場所を変えて練習した。
穴の手前で《スリープ》で足を鈍らせ、
穴の中では《スリープ》で這い上がりを止める。
《エアーパレット》で枝を揺らす。
ときには足元の小石をわずかに弾く。
「なんとなく踏み出しにくい一歩目」を作る。
一手一手は地味だ。
だが、落とし穴にはおもしろいほど引っかかる。
帰り道、木々の間から差し込む光を見上げて、ぽつりとつぶやく。
「完全に、待ち受け型だな……」
嫌ではない。
安全性は高い。
罠と支援だけで、前線のすぐそばまで寄れる。
今は、この森では少なくとも――
「俺じゃないと、この落とし穴はここまで仕事しない」と言える。
それが、ひそかに嬉しい。
ただ、胸の奥には別の感情もあった。
罠を張る時間がない場所。
穴を掘れない場所。
根がごつごつ出た斜面。
岩が多くて 小さな穴 が効きづらいところ。
土が薄くて泥が作りづらい地面。
「何を考えている」
横を歩くリュシュアが、ふいに訊く。
「いえ……」
少し迷ってから、正直に言う。
「《エアーパレット》に《ストーン》を組み合わせて、
飛び道具にできないかな、と。
罠が張れない場所でも、逃げる時間を作れる一手がほしいなって」
リュシュアは、目を細めた。
「……ようやく、自分の手で倒すほうにも興味が出てきたか」
そして、調子をわずかに変える。
「いいだろう。
ただし―― 石を飛ばすなら、まずは的からだ」
「正確に当てる技術がないうちは、実戦は危険だ」
撃ったあと、どう避けるかも覚えろ。
それを知らずに前に出るのは、ただの無謀だ」
「明日から、少しずつやる
だが、今日のところは――」
リュシュアは一度だけ森の奥を振り返った。
「鈍らせる、落とす、止めるをきちんと身体に覚えさせろ。
石で倒すのは、その後だ」
「はい」
罠と支援。それと初級魔法。
それでどこまでやれるか。
握った手に、少しだけ力を込めた。




