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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
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第26話 エルフのリュシュア

ギルドの朝は、いつもより少しだけざわついていた。


「なあ、あの耳、見たか?」


「見た見た。森の外でしか噂に聞かないあれだろ」


「エルフって、本当にいるんだな……」


受付前で並んでいた冒険者たちが、ひそひそやっている。


視線の先を追って、俺も固まった。


カウンターの端。

人だかりから少し離れた場所に、ひとりの人物が立っていた。


背は兄さんより少し高いくらい。

淡い灰緑の髪。

横に伸びた耳。


本物のエルフだ。


画面越しじゃなくて、本当にそこにいる。

空気が、そこだけ少し張りつめている感じがする。



カウンターの中から、バルドの低い声。


「森の様子が、ちょっとな。

 マナの流れに、変な揺れが出てるって話だ」


エルフは、面倒くさそうでも楽しそうでもない、淡々とした声で答えた。


「……話だけは聞こう」


バルドとエルフの会話は、周りのざわざわに紛れてよく聞こえない。

ただ、ところどころ単語だけ拾えた。


「……マナの流れが」

「……魔物の動きが」

「……今はまだ大事にはなっていない」


今はまだ。


その一言が、妙にひっかかる。


考え込んでいたら、受付で手を振られた。


「アレンくん、次〜」


リナの声に、慌ててカウンターへ駆け寄る。


「ごめんなさい、ぼーっとしてました」


「ふふ。初めて見たった顔ね。」


リナが苦笑する。


「今日はどうしたの? ポーションの追加? それとも石の納品?」


「えっと、今日は相談で……」


一度、息を整える。


どう聞けばいいか。

戦い方を教えてくれる人はいませんか——と聞くのはざっくりすぎる。


言葉を選んで、口を開いた。


「今の僕みたいに、

 《ストーン》とか初級魔法で罠とか支援をしてる人って、

 この街に、いませんか?」


リナが目を瞬かせる。


「今の、アレンくんみたいに?」


「はい。

 前に出て剣を振るっていうより、

 《光り石》とか《悪臭石袋》とか、

 そういうので場を操作するタイプの人です」


言っていて変な分類だと思った。

でも、これが今の自分の戦い方に一番近い。


「できれば、その人がどうやって安全を確保してるかとか、

 ここまでは前に出ていいってラインを、教えてほしくて」


リナは少しだけ考え込んで、首をかしげた。


「罠や石で場を操作するなら、斥候や罠師になるけど……

 アレンくんみたいに初級魔法で組み合わせている人は、この街にはいないわね」


「ああ、やっぱり」


少し肩が落ちる。


「でもね、その手の話をするなら、

 アレンくんにぴったりの人がいるわ」


リナが、さりげなくカウンターの端へ視線を向ける。


「森のほうで長くやってる人。

 マナの流れも魔物の動きも見えてる、本物のベテランね」


そこまで言って、彼女は少し身を乗り出し、俺の耳元に口を寄せた。


声を落として、こそっと続ける。


「……で、アレンくんの変な石の話を、わざわざ聞きにきた物好きな人」


「え」


思わず変な声が出た。


「聞こえてるぞ」


すぐ後ろから、低い声が落ちた。


振り向くと、エルフが立っている。


距離が近いと、目がよく見える。


淡い琥珀色。

森の光を閉じ込めたみたいな、静かな目だ。


「……お前が、変な石の元か」



カウンターの中で、バルドが苦笑いを浮かべる。


「紹介する。

 森のエルフ、《リュシュア》。

 闇と風と火の三属性。弓を持たせりゃ一級品だ」


「今は、森のマナの流れの様子を見に来てる。

 ついでに、坊主の噂を聞きつけてな」


リュシュアと呼ばれたエルフが、じろりと俺を見る。


「《時間差光り石》」「《悪臭石袋》」「《浄化石》」


ひとつひとつ、言葉を切るみたいに並べる。


「それに、《偽装落とし穴》か」


「はい、ぜ、全部、僕が作りました」


なんだか、悪事の羅列みたいだ。


バルドが肩をすくめる。


「ちなみに、《高級美容水》とか《ヒール水》とか、

 屋敷のメイドや受付の肌の調子を良くしてるのもこいつだ」


「変な石」と「美肌」の組み合わせはやめてほしい。


「ふむ」


リュシュアは、少しだけ目を細めた。



カウンター脇に移動し、簡単な実演を始めることになった。


「じゃあ、まずは《光り石》からね」


リナが、いつものように促す。


《光り石》


《重ね掛け光り石》


リュシュアは、石から目を離さない。


「……ほう。光の強さをいじっているのか」


「はい。今より、分厚く長く光ってくれるほうが便利かなと」


《時間差光り石》


「細い魔力線が巻かれている。途中で調整しているな」


リュシュアの目が、そこでわずかに変わった。



続いて、《悪臭石袋》と《浄化石》。


「うむ。石と他の魔法を混ぜるか。

 太い線だけでは、ここまでうまくまとまらん」


「初級魔法だけで、です」


「なるほど。状態、タイミング、保存まで手を入れているのか」


淡々とした声だが、目の奥はわずかに笑っている。


「……やはり、お前は変だな」


褒めているのか、けなしているのか、よく分からなかった。



不意に、リュシュアの手が伸びた。


「手を出せ」


言われるがまま、右手を差し出す。


手首を、軽くつかまれた。

ひやりとした指先。

そこから、じわっと何かが入ってくる感覚。


え、これなに。血管検査? 脈診?


「力を抜け」


言われて、深呼吸する。


深呼吸し、自分の魔力核から手へ伸びる線を意識的に薄める。

できるだけ素の状態にする。


リュシュアが目を閉じた。


しばらく沈黙。

ギルドのざわめきが、遠くになる。


やがて——。


「……妙だな」


低い声が落ちた。


「太い線は、並以下だ」


——ですよね。


それは以前から、オットーにも言われている。


「だが——」


リュシュアの指先がわずかに動く。

手首の下、前腕、指先のほうへ。


「この細い線の本数と通り方は、

 人間としては異常だ」


「網というより、織物に近い」


「一本一本が滑らかに枝分かれし、また合流している」


「こういう奴が、初級だけで変なことをやる」


「……お前か」


最後の一言だけ、少し楽しげだった。


「はい、多分、僕です」


言いながら、少しだけ胸が熱くなる。



バルドが、口を挟んだ。


「で、本題に戻るぞ、アレン」


「あ、はい」


「こいつは、森のマナの流れの様子を見に行く。

 魔物の分布が、少しずつおかしくなっているらしい」


一瞬、ギルドの空気が引き締まる。

雑談混じりだった周囲の声が、少し遠のいた。


「今すぐ大騒ぎってほどじゃないが、

 気づいたときには遅い、ってパターンは勘弁だ」


胸の奥が、ひんやりと冷える。


「ついでに——」


バルドが、リュシュアと俺を交互に見る。


「お前の線の使い方を、見てもらおうと思ってる」


「見て、どうするかは向こう次第だがな」


リュシュアは、無表情のまま、軽くあごを引いた。


「ついでというには、少し手間がかかるがな」

 だが、森の揺れと、変な線の動き。

 両方を一度に見られるなら、悪くない」


一歩こちらに近づく。琥珀色の目がまっすぐ俺を捉える。

森の奥を見ているような目だった。


やがて、ぽつりと。


「……森は今、どうせまともじゃない」


「ひとりで見るより、変な線をひとつ連れて行ったほうが、

 分かるものもあるだろう」


その言葉が、承諾だった。


「ただし、条件がある」



リュシュアが淡々と条件を口にする。


指を一本立てた。


「まず一つ目。 

 危険と判断したら、即撤退だ。お前の意思は関係ない」


「二つ目。

 戦闘中の指示は私が出す。それに従え」


「三つ目。

 お前を、前線には立たせない。罠と支援が主だ」


「ただし、必要なら一歩二歩は前に出させる」


「四つ目。

 魔力線と魔法運用については、遠慮なく口を出す。

 実験も、矯正もする」


「痛い思いをするかもしれんが、死ぬよりはいいだろう」


バルドが、横でうなずいた。


「三つ目と四つ目は大歓迎だな。

 前に出さないって点だけは、ギルドとも利害が一致している」


リナも笑う。


「変な石扱えてよかったね。アレンくん」


「なんですか、それ」



問題は、報酬だ。


「料金は?」


リュシュアの視線が、自然とリナへ向く。


「森の様子を見ること自体は、ギルドから正式依頼が出てるわ」


リナが、さらっと言う。


「そこにアレンくんの線の観察と基礎指導ね。

 護衛依頼って感じになるわね」


「私はBランクだ。安売りはできんぞ」


「もちろんです。

 アレンくんは今、商店一軒分くらい稼いでます。

 その懐具合から、一ヶ月分くらいの依頼金は出せます」


「子どもにしては、大金だな」


「生き延びる力がほしいんです。回収できるようがんばります」



バルドが、最後に念を押す。


「アレン。嫌なら、今ここで断ってもいい」

 そもそも、お前はまだ五歳だ。

 もっと大きくなってからって選択肢もある」


少し考えて——首を振る。


「「僕の線だと、前線で大技をぶっぱなすのは無理です。

 でも、だからこそ——」


少し息を吸う。


「ここまでは前に出てもいいってラインを、

 自分で分かるようになりたいんです」


「一度、それをちゃんと教わっておきたい」


言い終えて、自分でも少し驚いた。

前に出ないのではなく、どこまで前に出られるかを知ること。

それが、俺の欲しかったことだ。


リュシュアも、ほんの少しだけ口の端を上げる。


「お前の覚悟は分かった。連れて行こう」


ぽつりと付け加えた。


「お前が、その線で何ができるかを見る——

 それが、今回の私の楽しみだ」


「よろしくお願いします」


深く頭を下げる。

顔を上げたとき、もう戻れないところまで一歩踏み出している気がした。

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