第25話 決意
ギルドのカウンター脇、壁際の柱に、小さな石がひとつ吊るされている。
昨日、俺が仕込んだ《時間差光り石》だ。
「……そろそろ、よね」
リナが腕を組み、石を見上げる。
足元には横にした簡易砂時計。砂はとうに落ちきっていた。
「導線の長さからすると、この辺のはずです」
俺も視線を石に向ける。
石の中にぐるぐる巻いた細い魔力線が、ゆっくり中心へ進んでいく――そうイメージしているだけで、外から見れば、ただの石だ。
「アレン、本当に光るんだろうな」
横でディランが、半分からかい、半分マジな声でいう。
「光らなかったら、ただの飾りだぞ」
「観賞用ってことで」
「どこに需要があるんだよ」
そんなやりとりをしていると――
ふっと、石の表面に微かな光の粒が浮かんだ。
星が瞬くみたいな一拍の明滅。
じわじわと明るさが増し、数秒後には周囲を照らすほどの光になった。
「……光った」
リナがぽつりと呟いた。
近くで見ていた冒険者たちから、小さな歓声が上がる。
「おお……ほんとに、あとから光った」
俺は胸の奥でそっと息を吐く。
完璧ではないが、狙い通りだ。魔力の流れや石の個体差もある、この程度の誤差は想定内。
だいたい一日後に光る石。
実用には十分だ。
カウンターの中から、リナが言った。
「いいわね。昨日仕込んだ石が、今日勝手に光る。
これなら、かなり使いやすい」
◇
街外れの草地へ移動し、次は《時間差悪臭石》。
目印の棒を一本立て、足元に埋める。
風向きと逃げ道も確認済みだ。
「今は、まだ匂わないな」
ディランが少し離れた場所から鼻をひくつかせる。
「導線的には、そろそろ来るはずです」
「来たら即逃げるからね」
リナが念を押す。
石の中で魔力が導線を進み、先の塊に触れると――一気に噴き出す。
「――っ」
一瞬、空気の密度が変わった。
目印の周囲から、どうしようもないにおいが立ち上がる。
「うわあああ!」
「来たっ!」
「走れ!」
全員が予定通り逃げる。
丘の上から振り返ると、草地の一角が目に見えない立ち入り禁止区域になっていた。
「……あぶな。鼻が死ぬかと思った」
リナが顔をしかめ苦笑する。
◇
ギルドに戻ると、いつもの簡易会議。
参加者は、カウンターの中にリナとカレン。
前に、バルド、ディラン、俺。
カレンがメモを開き、《浄化石》のページを指でとんとん叩く。
「まず、《浄化石》とそのお守り版ね」
今回の実地テストに合わせて、以前から用意していた浄化石も配布していた。
《浄化》から派生して生まれた手のひらサイズの《浄化石》だ。
ガラス玉ほどのサイズで、完全に商業向けの品になっている。
リナが結果を読み上げる。
「これ、評価がきれいに分かれたわ。
男性陣はスッキリ石って呼んでる」
「スッキリ石」
「疲れて帰ったときに握ると、べたつきや草の匂いが軽くなる。
地味に効くらしく人気よ」
俺も石を転がす。
握るとじわっと疲れが抜け、気分も少し軽くなる。
「女性陣は?」
カレンが身を乗り出す。
「お守り石ね」
リナが微笑む。
「持ってると気分が上がる、浄化される感じがする。
幸せになれる石とか恋が叶う石とか、勝手に願掛けが始まってる」
「そういうものなんですね」
「見た目を少し可愛くして、お守り袋に入れれば、
それだけでパワーストーン扱いよ」
「《浄化石》は単体でも十分売れる」
◇
カレンがページをめくる。
「次、《光り石》」
今、壁に吊ってあるのは《時間差光り石》だ。
リナが指で示す。
「《重ね掛け光り石》は前から高評価ね。
普通のは半日もたないけど、これは一日から二日は余裕」
「《時間差光り石》は、翌日の夜営で勝手に光る。
ランタンを一個減らせるパーティも出てくるわ」
バルドが補足する。
「街の警備では、交代時間に合わせた灯りとして使える。
火を使わないぶん事故も減る」
「《重ね掛け時間差光り石》が、その合わせ技ね」
カレンが笑った。
「あとから光る、ちょっと高級な灯り。
宿屋や商隊がまとめ買いしそう」
◇
カレンがさらにページをめくる。
「最後、《悪臭石》」
少し言いにくそうに肩をすくめた。
「《時間差悪臭石》は、置き石としては微妙」
リナも頷く。
「何日後に臭くなるか分からない場所は危険よ。
進入禁止なら普通の《悪臭石》で十分」
今の方式は、導線の長さで時間をずらすだけ。
現場で細かく調整はできない。
「だから主役は——」
カレンさんがディランを見る。
「悪臭石袋ね」
リナが苦笑する。
「最近、ディラン方式で使いたいって問い合わせが増えてるの」
「ほら見ろ!」
ディランが胸を張る。
「ディラン方式が最強だって言っただろ」
「最強は言いすぎだけど、
低ランクでも安全に扱える狩り方としては優秀」
バルドも頷いた。
「獣の群れに、正面から挑むのは危険だ。
まず悪臭石袋で止めて、弓と魔法で削る。
ギルド推奨の初級戦術にまとめる価値はある」
「ただし」
リナが指を立てる。
「突っ込まなきゃいけない場面もある。
そのとき一番きついのが、前衛と匂いに敏感な子たち」
俺は、以前イリスが悪臭ゾーンで《浄化》をかけてくれた光景を思い出した。
「あのとき、《浄化》がなかったら耐えられなかった」
「そこで、《浄化石》ね?」
「《悪臭石袋》と組み合わせれば、前衛の負担をかなり減らせます」
リナがニヤリ。
「つまり、ディランのくさい詰め合わせセットね」
「だからその名前やめろって!」
笑いが起きた。
◇
会議の最後に、カレンが全体を整理した。
「じゃあ、ざっくりまとめるわ」
「《重ね掛けヒール水》《ヒール水》は、
ギルドの定番補給品として完全に定着」
「《美容水》《浄化美容三術》は、
女性冒険者、屋敷のメイドさん、それからアレンくんのお母様あたりに継続人気」
「《重ね掛け時間差光り石》は、
ギルドと領軍向けのインフラ枠。
遠征パックや見張り台用として、他の街にも卸せる」
「《時間差悪臭石袋+浄化石セット》は、
ニッチだけど、ディラン式の安全な狩り方をするパーティ向け」
「《浄化石》は、
男性にはスッキリ石、女性には幸せになれる石として、
じわじわ広がってる」
カレンは一度ペンを置き、少し真面目な目で俺を見た。
「で、アレンくん。気づいている?
もうこれは完全に商売。
遊びやお手伝いの域は、とっくに超えてるわ」
「え?」
「実験も検証も、販売戦略も。
全部、ちゃんと考えて形にしてる。
十分、一人前よ」
胸の奥が、少し熱くなる。
「今のアレンくん。すごく頼れる存在よ」
カレンの視線に、期待と信頼が混じっているのを感じた。
◇
屋敷に戻ると、ちょうどお茶の時間だった。
応接間のソファに母さんが座り、
テーブルの上には《重ね掛け高級美容水》の小瓶がいくつか並んでいる。
「あら、アレン。おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
「今日はギルドで会議だったのよね?」
「はい。時間差で発動する石の売り方の話をしてました」
母さんは小瓶を持ち上げて微笑んだ。
「あなたの作ったものが、皆さんの役に立ってるのは嬉しいわね」
「……お母さんも、予約して買ってるんですか?」
「ええ。ちゃんとお金を払ってますよ」
言いかけた言葉を飲み込む。
セバスさんなら、きっとその線はきっちり守るだろう。
「こうして見ると、アレンはもう、
自分の力で生活できるくらい稼いでるのね」
「大げさですよ」
「いいえ」
背後からセバスさんの声がした。
「坊ちゃまの取り分だけで、
独り身で慎ましく暮らすなら十分すぎるほどでございます」
独り身で慎ましく。
妙に現実的な表現に、少し苦笑する。
母さんが、そっと頭を撫でた。
「お金のことは気にしなくていいのよ。
あなたはまだ五歳なんですから」
「……はい」
五歳。
でも、生活の目処は、もうつき始めている。
前の世界では、いつも金の計算ばかりしていた。
こっちでは、生きていくこと自体に、そこまで必死にならなくてもいい。
だったら一度くらい、
生き方のほうに時間を使ってもいいんじゃないか。
◇
夜、自分の部屋で天井を見つめながら考える。
罠と石と魔法で、できることは増えた。
金銭面でも、前よりずっと恵まれている。
でも——
森で見たホワイトウルフ。
泥にはまったイノシシの脚。
正面から一人で斬り合えるかと聞かれたら、まだ無理だ。
本気で危険な何かが出てきたとき、
もう一歩前に出られるかと言われたら、たぶん足がすくむ。
父さんも兄さんも、きっと無理はさせない。
母さんは、ギルド通いすら半分冗談だと思っている。
それでも——
ここまでは前に出てもいい、という自分のラインを決めておきたい。
才能で勝てないなら、やり方を借りればいい。
間違えた怖がり方で怪我をするくらいなら、
最初から正しい怖がり方と逃げ方を教わったほうがいい。
……問題は、誰に教わるか、だ。
ギルドの訓練場の顔ぶれが頭に浮かぶ。
剣士、槍使い、重装歩兵。
みんな強い。けど、今の俺が真似できる気がしない。
俺が知りたいのは、強くなる方法じゃない。
死なない方法だ。
そう考えたとき、
訓練場の喧騒とはまったく違う存在がふと思い浮かんだ。
この近辺で活動しているエルフの弓使い。
Bランクで、腕はかなり確か。
人間よりもマナや魔力線の扱いに詳しく、
魔法職からも一目置かれている存在。
——リュシュア
森の外縁で一度だけ遠くから見た。
細身なのに、そこにいるだけで空気が引き締まる人だった。
あの人なら——
初級魔法しか取り柄がない俺を、
少しはマシにしてくれるかもしれない。
「……よし」
布団をかぶる。
商売のほうは、目処がたった。
だったら次は——
ちゃんとした人に、ちゃんと教わる贅沢を、
一度くらいしてみよう。
そう決めて目を閉じた。
明日はギルドのカウンターで、ひとつ新しい依頼を出つもりだ。




