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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
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第25話 決意

ギルドのカウンター脇、壁際の柱に、小さな石がひとつ吊るされている。


昨日、俺が仕込んだ《時間差光り石》だ。


「……そろそろ、よね」


リナが腕を組み、石を見上げる。

足元には横にした簡易砂時計。砂はとうに落ちきっていた。


「導線の長さからすると、この辺のはずです」


俺も視線を石に向ける。

石の中にぐるぐる巻いた細い魔力線が、ゆっくり中心へ進んでいく――そうイメージしているだけで、外から見れば、ただの石だ。


「アレン、本当に光るんだろうな」


横でディランが、半分からかい、半分マジな声でいう。


「光らなかったら、ただの飾りだぞ」


「観賞用ってことで」


「どこに需要があるんだよ」


そんなやりとりをしていると――


ふっと、石の表面に微かな光の粒が浮かんだ。

星が瞬くみたいな一拍の明滅。

じわじわと明るさが増し、数秒後には周囲を照らすほどの光になった。


「……光った」


リナがぽつりと呟いた。

近くで見ていた冒険者たちから、小さな歓声が上がる。


「おお……ほんとに、あとから光った」


俺は胸の奥でそっと息を吐く。

完璧ではないが、狙い通りだ。魔力の流れや石の個体差もある、この程度の誤差は想定内。


だいたい一日後に光る石。

実用には十分だ。


カウンターの中から、リナが言った。


「いいわね。昨日仕込んだ石が、今日勝手に光る。

 これなら、かなり使いやすい」



街外れの草地へ移動し、次は《時間差悪臭石》。


目印の棒を一本立て、足元に埋める。

風向きと逃げ道も確認済みだ。


「今は、まだ匂わないな」


ディランが少し離れた場所から鼻をひくつかせる。


「導線的には、そろそろ来るはずです」


「来たら即逃げるからね」


リナが念を押す。


石の中で魔力が導線を進み、先の塊に触れると――一気に噴き出す。


「――っ」


一瞬、空気の密度が変わった。

目印の周囲から、どうしようもないにおいが立ち上がる。


「うわあああ!」


「来たっ!」


「走れ!」


全員が予定通り逃げる。

丘の上から振り返ると、草地の一角が目に見えない立ち入り禁止区域になっていた。


「……あぶな。鼻が死ぬかと思った」


リナが顔をしかめ苦笑する。




ギルドに戻ると、いつもの簡易会議。


参加者は、カウンターの中にリナとカレン。

前に、バルド、ディラン、俺。


カレンがメモを開き、《浄化石》のページを指でとんとん叩く。


「まず、《浄化石》とそのお守り版ね」


今回の実地テストに合わせて、以前から用意していた浄化石も配布していた。


《浄化》から派生して生まれた手のひらサイズの《浄化石》だ。

ガラス玉ほどのサイズで、完全に商業向けの品になっている。


リナが結果を読み上げる。


「これ、評価がきれいに分かれたわ。

 男性陣はスッキリ石って呼んでる」


「スッキリ石」


「疲れて帰ったときに握ると、べたつきや草の匂いが軽くなる。

 地味に効くらしく人気よ」


俺も石を転がす。

握るとじわっと疲れが抜け、気分も少し軽くなる。


「女性陣は?」


カレンが身を乗り出す。


「お守り石ね」


リナが微笑む。


「持ってると気分が上がる、浄化される感じがする。

 幸せになれる石とか恋が叶う石とか、勝手に願掛けが始まってる」


「そういうものなんですね」


「見た目を少し可愛くして、お守り袋に入れれば、

 それだけでパワーストーン扱いよ」


「《浄化石》は単体でも十分売れる」



カレンがページをめくる。


「次、《光り石》」


今、壁に吊ってあるのは《時間差光り石》だ。


リナが指で示す。


「《重ね掛け光り石》は前から高評価ね。

 普通のは半日もたないけど、これは一日から二日は余裕」


「《時間差光り石》は、翌日の夜営で勝手に光る。

 ランタンを一個減らせるパーティも出てくるわ」


バルドが補足する。


「街の警備では、交代時間に合わせた灯りとして使える。

 火を使わないぶん事故も減る」


「《重ね掛け時間差光り石》が、その合わせ技ね」


カレンが笑った。


「あとから光る、ちょっと高級な灯り。

 宿屋や商隊がまとめ買いしそう」



カレンがさらにページをめくる。


「最後、《悪臭石》」


少し言いにくそうに肩をすくめた。


「《時間差悪臭石》は、置き石としては微妙」


リナも頷く。


「何日後に臭くなるか分からない場所は危険よ。

 進入禁止なら普通の《悪臭石》で十分」


今の方式は、導線の長さで時間をずらすだけ。

現場で細かく調整はできない。


「だから主役は——」


カレンさんがディランを見る。


「悪臭石袋ね」


リナが苦笑する。


「最近、ディラン方式で使いたいって問い合わせが増えてるの」


「ほら見ろ!」


ディランが胸を張る。


「ディラン方式が最強だって言っただろ」


「最強は言いすぎだけど、

 低ランクでも安全に扱える狩り方としては優秀」


バルドも頷いた。


「獣の群れに、正面から挑むのは危険だ。

 まず悪臭石袋で止めて、弓と魔法で削る。

 ギルド推奨の初級戦術にまとめる価値はある」


「ただし」


リナが指を立てる。


「突っ込まなきゃいけない場面もある。

 そのとき一番きついのが、前衛と匂いに敏感な子たち」


俺は、以前イリスが悪臭ゾーンで《浄化》をかけてくれた光景を思い出した。


「あのとき、《浄化》がなかったら耐えられなかった」


「そこで、《浄化石》ね?」


「《悪臭石袋》と組み合わせれば、前衛の負担をかなり減らせます」


リナがニヤリ。


「つまり、ディランのくさい詰め合わせセットね」


「だからその名前やめろって!」


笑いが起きた。



会議の最後に、カレンが全体を整理した。


「じゃあ、ざっくりまとめるわ」


「《重ね掛けヒール水》《ヒール水》は、

 ギルドの定番補給品として完全に定着」


「《美容水》《浄化美容三術》は、

 女性冒険者、屋敷のメイドさん、それからアレンくんのお母様あたりに継続人気」


「《重ね掛け時間差光り石》は、

 ギルドと領軍向けのインフラ枠。

 遠征パックや見張り台用として、他の街にも卸せる」


「《時間差悪臭石袋+浄化石セット》は、

 ニッチだけど、ディラン式の安全な狩り方をするパーティ向け」


「《浄化石》は、

 男性にはスッキリ石、女性には幸せになれる石として、

 じわじわ広がってる」


カレンは一度ペンを置き、少し真面目な目で俺を見た。


「で、アレンくん。気づいている?

 もうこれは完全に商売。

 遊びやお手伝いの域は、とっくに超えてるわ」


「え?」


「実験も検証も、販売戦略も。

 全部、ちゃんと考えて形にしてる。

 十分、一人前よ」


胸の奥が、少し熱くなる。


「今のアレンくん。すごく頼れる存在よ」


カレンの視線に、期待と信頼が混じっているのを感じた。



屋敷に戻ると、ちょうどお茶の時間だった。


応接間のソファに母さんが座り、

テーブルの上には《重ね掛け高級美容水》の小瓶がいくつか並んでいる。


「あら、アレン。おかえりなさい」


「ただいま戻りました」


「今日はギルドで会議だったのよね?」


「はい。時間差で発動する石の売り方の話をしてました」


母さんは小瓶を持ち上げて微笑んだ。


「あなたの作ったものが、皆さんの役に立ってるのは嬉しいわね」


「……お母さんも、予約して買ってるんですか?」


「ええ。ちゃんとお金を払ってますよ」


言いかけた言葉を飲み込む。

セバスさんなら、きっとその線はきっちり守るだろう。


「こうして見ると、アレンはもう、

 自分の力で生活できるくらい稼いでるのね」


「大げさですよ」


「いいえ」


背後からセバスさんの声がした。


「坊ちゃまの取り分だけで、

 独り身で慎ましく暮らすなら十分すぎるほどでございます」


独り身で慎ましく。

妙に現実的な表現に、少し苦笑する。


母さんが、そっと頭を撫でた。


「お金のことは気にしなくていいのよ。

 あなたはまだ五歳なんですから」


「……はい」


五歳。

でも、生活の目処は、もうつき始めている。


前の世界では、いつも金の計算ばかりしていた。

こっちでは、生きていくこと自体に、そこまで必死にならなくてもいい。


だったら一度くらい、

生き方のほうに時間を使ってもいいんじゃないか。



夜、自分の部屋で天井を見つめながら考える。


罠と石と魔法で、できることは増えた。

金銭面でも、前よりずっと恵まれている。


でも——


森で見たホワイトウルフ。

泥にはまったイノシシの脚。


正面から一人で斬り合えるかと聞かれたら、まだ無理だ。

本気で危険な何かが出てきたとき、

もう一歩前に出られるかと言われたら、たぶん足がすくむ。


父さんも兄さんも、きっと無理はさせない。

母さんは、ギルド通いすら半分冗談だと思っている。


それでも——


ここまでは前に出てもいい、という自分のラインを決めておきたい。


才能で勝てないなら、やり方を借りればいい。

間違えた怖がり方で怪我をするくらいなら、

最初から正しい怖がり方と逃げ方を教わったほうがいい。


……問題は、誰に教わるか、だ。


ギルドの訓練場の顔ぶれが頭に浮かぶ。

剣士、槍使い、重装歩兵。

みんな強い。けど、今の俺が真似できる気がしない。


俺が知りたいのは、強くなる方法じゃない。

死なない方法だ。


そう考えたとき、

訓練場の喧騒とはまったく違う存在がふと思い浮かんだ。


この近辺で活動しているエルフの弓使い。

Bランクで、腕はかなり確か。

人間よりもマナや魔力線の扱いに詳しく、

魔法職からも一目置かれている存在。


——リュシュア


森の外縁で一度だけ遠くから見た。

細身なのに、そこにいるだけで空気が引き締まる人だった。


あの人なら——

初級魔法しか取り柄がない俺を、

少しはマシにしてくれるかもしれない。


「……よし」


布団をかぶる。


商売のほうは、目処がたった。

だったら次は——


ちゃんとした人に、ちゃんと教わる贅沢を、

一度くらいしてみよう。


そう決めて目を閉じた。

明日はギルドのカウンターで、ひとつ新しい依頼を出つもりだ。

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