第24話 あとから光る石
ギルドの酒場は、いつもより一段とざわついていた。
酒の匂いに、妙に盛り上がった笑い声が混じる。
「なあなあ、ディランのくさい袋って、そんなにヤバいのか?」
「ヤバいなんてもんじゃねえ。
森の浅いとこで一回見たけどよ……」
「袋が弾んだ瞬間、前にいた獣も、後ろにいた人間も
一斉に逃げたからな。」
「あれ投げたあとは、魔物どころか、生きてるもん全部が近寄れねえ」
普段は肩で風切ってる連中が、そろって肩をすくめて身震いしている。
なにやってんだ、おっさんたち。
「で、中身は何だよ!? 毒か呪いか?」
「あの坊主の、めっちゃくっ〜〜さい石だってよ。
まとめて詰めてあるらしいぜ」
……なんでそんな名前で定着してるんだ。
少し離れたテーブルで、水を啜りながら、俺はその会話を聞いていた。
当のディランは、噂のど真ん中でご機嫌だ。
「ほらほら、そんなに気になるならよ、一回使わせてやるって」
ディランは袋をぽんと叩く。
「ただし、一人一回な。中身もタダじゃねえ」
「マジか!今度の獣狩りで試してみていいか?」
「もちろん。群れのど真ん中に投げろよ?
手前で投げたら自分が死ぬからな」
死の危険を笑顔で押し売りするの、やめてほしい。
まとめて投げられるのは確かに強いけど、
持ち運んでる間ずっと臭いんだよな、あれ。
油紙を二重にしても、鼻の奥に残る。
受付側から、リナの長い溜め息が聞こえた。
「……最近、ディランさんのくさい袋の苦情と感想、両方増えてるのよね」
「苦情と感想ってセットなんですね」
思わずつぶやいたところへ、横から明るい声が飛び込んできた。
「何それ、すごく気になる話題なんだけど」
振り向くと、行商人のカレンがカウンターに肘をついていた。
笑ってるけど、目は本気だ。
「カレンさん、ちょうどいいところに」
リナが肩をすくめる。
「悪臭石を袋に詰めて、魔物の群れに投げ込むっていう――
頭は悪いけど実際効いてる道具があってね」
「頭が悪いって言うなよ」
いつのまにかディランもカウンターに合流していた。
胸を張っているあたり、自覚があるのかないのか微妙だ。
「まあ、くさいのは認めるけどよ。
獣相手にはマジで効くんだって。な、アレン?」
「……事実ですね」
そこは否定できない。
効く。でも、臭い。だからこそ効く。なんども言えるぞ。
リナが俺を指した。
「というわけで、このあたりの犯人です」
「犯人て」
カレンは楽しそうに目を細めた。
「じゃあ、そのくさい元と光るやつ、一回見せてもらえる?」
◇
カウンターの端に移動して、いくつか出す。
《光り石》
《ストーン》と《ライト》用の細い魔力線を一本に撚り合わせ、
石の中心へ通す。
手の中の石が、ふわりと温度を持ったみたいに光り始めた。
さらに魔力を、さっきよりも意識して集中させる。
同じ光り石用の統合線を、横にもう一本、
ぴたりと寄せて並べるイメージ。
《重ね掛け光り石》
二本分の線を太い魔力線で束ね、石に叩き込む。
さっきより白に近い、持続の長い光が石の奥から広がる。
カウンターの上で静かに存在を主張した。
「ヒール水と同じで、重ね掛けしてます。
これで三日くらいは、実用レベルで光り続けるはずです」
次に、例のくさいほう。
「悪臭石は、今回は最初から袋入りです」
小ぶりの布袋を取り出し、口を固く縛ったまま机に置く。油紙を内袋にしてあるが、それでも薄く匂いが漏れる。
「その場で作ってから袋に入れるんじゃなくて、
袋を開けた状態で手を突っ込んで、その中で作ってます」
「……なるほど。込めた瞬間から臭うから、ね?」
カレンが袋を指先でつつき、目だけで笑う。
「はい。それでも匂います。
俺が普段使う分には、すぐ投げるので問題ないんですが」
目の前での試作はなしだ。
さっき外にいって作っておいた。
ここでやると鼻が即死する。
実際の狩りでも、投げるか、避難は必須だ。
「重ね掛けしたものを入れてます。
範囲も臭さも、そのぶん広くなります」
ディランは生成した悪臭石を何個も詰めていたが、
最初から重ね掛けして袋に入れれば、一個で十分だ。
カレンが袋に顔を近づけ、すぐに離れた。
「中身、今は止めてるわけじゃないのよね?」
「止められません。石はずっと臭い続けます。
袋越しに少し漏れてるのが、その証拠ですね」
「ふうん。たしかに、ちょっと匂うわね」
「これ、どれくらい持つの?」
「三日くらいです。袋入りなら、もう少しもつかもしれません」
リナが即座に割り込んだ。
「だから、ギルドの中では絶対振り回さないでよ」
「さすがにそれは分かってます」
ディランも苦笑いだ。
カレンは袋と光り石を見比べ、にっこり笑った。
「うん。どっちも、現場でアレンくんが一緒にいるなら完璧ね」
でも?
「でも、商品にするなら、買ってから使うまでをもう少し考えないとね」
ですよね。
◇
「とりあえず、お試し配布から始めましょうか」
カレンがさらっと言った。
「光り石と悪臭袋を、
常連さんに少しずつ配って、使い勝手を聞いてみるの。どう?」
「くさい袋もですか」
「発想は嫌いじゃないもの。
悪臭石が二つ分なら、範囲もそのぶん広いでしょ?」
ディランがすかさず乗る。
「だよな!? ほら見ろ、俺考案の悪臭袋、商品化だなこれは」
「名前は、もう少しだけマイルドにしたいですけどね」
そんなこんなで、その日のうちに小さなテストが決まった。
《重ね掛け光り石》と《重ね掛け悪臭石》入りの悪臭袋。
それらを数パーティに配って、
どのくらい持つか、どう使えそうか、現場の声を集める。
◇
数日後。
ギルドの一角。
簡易会議用のテーブルを囲んで、
俺、カレン、リナ、ディランが向かい合う。
リナがメモを読み上げる。
「じゃ、まず光り石からね」
「三日くらい光ってて便利。
見張り台や夜営の目印にいい。
森の外周に置いておくと安心する。」
「いい感じですね」
「ただし……」
リナは少し苦笑する。
「買った瞬間から光ってるから、
使いたい日の直前に買わないと損した気分。
二日後の遠征用に買ったら、もう半分くらい減ってた。
光り始めるタイミングを選べたら最高」
「……まあ、そうなりますよね」
作った瞬間から働き始める石だ。そりゃ減る。
カレンが頷く。
「性能は申し分なし。
問題は光るタイミングを選べないってことね」
「次、悪臭袋」
リナが眉をひそめる。
「効果範囲はかなり広い。
群れ相手にはすごく有効」
ディランがにやり。
「ほらな?」
「でもね」
「三日も臭うと正直持ち歩きたくない。
袋からもずっと微妙に匂う。
キツイ、しんどい、地獄」
ディランが「ですよねぇ」と肩をすくめる。
自覚はあるらしい。
カレンが机上の品を指先でとん、と整えた。
「まとめると——」
ヒール水(重ねがけ):瓶に入れておけば一週間ほど保つ。
開封後、三日が実用ライン。
光り石(重ねがけ):作った瞬間から光り始め、三日ほど持続。
ただし、買った時点ですでに光っている。
悪臭袋(重ねがけ):
三日間とにかく臭い。
袋越しでもそこそこ漏れる。
「ポーションは、瓶で日にちを、まだを保てるのよね」
リナも頷く。
「でも石は、作った瞬間から、もう使わなくちゃいけない」
ポーションは保存できる、まだ。
石と袋は作った瞬間から、もう。
カレンがぽつりと言った。
「もし、始めるタイミングを決められたら……本当に楽なんだけどね」
「始めるタイミング……」
思わず繰り返す。
止めるのが無理なら、届くまでを長くすればいい。
机の光り石を手に取る。
今は、魔力が中心までまっすぐ短く通っている。
だったらその道を、ぐるぐる巻きにしてやる。
口が勝手に動いた。
「石の中に、すごく長い導火線を作って、
本体に届くまでの時間を引き延ばせば……
あとから効く石になるかもしれません」
カレンが片眉を上げる。
「……面白いじゃない」
リナも身を乗り出す。
「買って一日後に光る石とか?
三日後に臭くなる袋とか?」
ディランは首をかしげる。
「つまり、あとでドカンとくる悪臭袋?」
「ざっくり言うと、そんな感じです」
ヒー水は瓶で、まだを保つ。
石は長い導火線で、まだを伸ばす。
「試してみます」
少しだけ、胸が躍った。
「あとから光る石、か」
そう言って、新しい《ストーン》を一つ生やす。
石の中心に小さな光の核だけ作り、
そこへつながる魔力線を、糸みたいに細く延ばしていく。
ぐるり。 もう一周。 まだ光らせない。
どこまで、まだでいられるか。
石の中に、見えない導火線が巻かれていく。
「……やってみる価値はある」
そう呟いて、導線を、さらにもう一巻きだけ足した。




