第23話 光のラインとくさい流れ
森の手前。
いつも獣が通る細い道――
獣道が、まっすぐ伸びている。
今日はここに、本格的な罠帯を作る。
「二箇所だ」
ガイルが獣道を見ながら、落とし穴の位置を指した。
「獣道の真ん中に一つ。
その少し左奥に、もう一つ」
「空いてる右はどうするの?」
セラが確認する。
「わざと流して、俺とディランで刈りとる」
「分かりました」
俺は獣道の中央にしゃがみ込む。
《小さい穴+アース+スコーチ》
見た目は普通の地面。
だが中身は泥だ。
練習の成果で素早く作れるようになった。
さらにそこから少し左奥――
獣道を外れた位置に、もう一つ同じ罠を作る。
立ち上がって全体を見渡す。
獣道の右側だけ、意図的に何もない道が残っている。
「ディランは右奥だ」
ガイルが右側面へ歩いていく。
「俺は、右から来たやつを横から叩き切る」
ディランはそのさらに奥、右奥へ。
「抜けてきたやつを前後から挟むってことだな」
フィオナは、罠の手前右の木陰へ、音もなく消えた。
「引き返すやつ、右に抜けるやつ。
どっちも、背中を見せる」
セラとイリスは左側、
罠より奥の左の木陰へ。
「私達は、罠を見ながら
魔法と回復で右をカバーするわ」
「アレンくんも、ここにいて」
「了解です」
俺も左奥の木陰に入る。
ここからなら、正面、左、右側面、右奥――全部見える。
――あとは目印だ。
「ライト+ストーン》
掌に光る石を生み出す。
それを、二つの落とし穴の前後に、
獣道を横切るようにセラが並べていく。
ぽん、ぽん、と淡い光が線になる。
「この光の中が罠帯。
光の外側が安全地帯」
イリスもほっとしたように頷いた。
「この光が背中に見えてる限り、落ちないのね」
――配置、完了。
「じゃあ、一回りして引っ張ってくる」
ディランが獣道へ走り出した。
◇
しばらくして、草を踏みしだく音と唸り声が聞こえてきた。
獣道の手前からディランが走ってくる。
そのすぐ後ろを、ホワイトウルフ三頭が追っている。
ディランは正面の落とし穴の少し手前で、
さりげなく左の草むらへ逸れ、
そのまま右奥の木陰へ回り込んだ。
獣たちは、前を走っていた影を追うように、
そのまま獣道の真ん中を駆け上がってくる。
——踏め。
先頭のオオカミが正面の落とし穴に差しかかった瞬間、
土の表面が割れた。
ずぼっ。
前脚ごと沈み、顔から泥に突っ込む。
「はい、一体」
左奥の木陰から、セラの詠唱。
《ファイアボルト》
短くまとめた火球が頭部を撃ち抜き、
オオカミの体が、泥の中でぐずりと沈んだ。
俺はすぐ次の動きに入る。
「《悪臭+ストーン》、行きます!」
掌に石を生やし、そのまま悪臭を詰め込む。
狙いは――正面の落とし穴の奥。
獣道の中央、光り石ラインの外側だ。
石が弾け、ぼふっと鈍い音。
一拍遅れて、あのどうしようもないにおいが広がる。
飛び越えようとしていたイノシシが、
空中でびくりと震えた。
前脚が引っ込み、着地を嫌がる。
結果、バランスを崩して横倒しになった。
「いいぞ!」
右側面から、ガイルの声。
俺は二つ目の石を作る。
《悪臭+ストーン》
左へ回り込もうとするオオカミの進路へ。
落とし穴の奥あたりに投げ込む。
ぼふっ。
今度は左側の草むらから悪臭が立ち上った。
正面も左も、完全に「行きたくない場所」になる。
「うげっ、こっちまでちょっと……!」
思わず鼻を押さえた瞬間、
イリスが小さく光を放った。
《浄化》
左奥の空気が、かろうじてマシになる。
「ありがとう、イリスさん」
「これ以上は、さすがに私たちも倒れちゃうからね……」
獣道に視線を戻す。
逃げ場を失った獣たちが、一瞬だけ足を止める。
次の瞬間――
「右だな」
ガイルの呟きどおり、
ホワイトウルフたちが一斉に右へ向きを変えた。
罠も悪臭もない、意図的に残した細道。
そこに――人影。
「お出迎えだ」
ガイルが一歩踏み出し、
飛び込んできたホワイトウルフの首を一太刀。
その奥からは、ディランの槍。
「ほらよ!」
右奥に回り込んでいたディランが、
待ってましたとばかりに喉元を貫く。
挟み撃ち。
逃げ道は、ほぼない。
一頭だけ、反射的に引き返そうとしたオオカミ。
「そっちは行かせない」
罠の手前右、木陰からフィオナの影。
背後から短剣が後ろ脚を刈り、
体勢を崩した首元へ、刃が滑り込んだ。
「……楽勝」
そう呟いて、フィオナは木陰に溶けた。
◇
「いや〜、すげえうまくハマったな」
ディランが汗を拭いながら笑った。
「さっきまであんなに必死に追いかけてきてた連中がさ、
急に、鼻が曲がるみたいな顔してんの」
「おもしろい逃げ方でしたね」
俺も息を整えつつ、落とし穴の様子を確認する。
一つ目は完全に埋まってしまったが、
二つ目はまだ偽装が効いている。
光り石のラインは、戦闘中ずっと、
境界としてきちんと機能していた。
ガイルが剣を振って血を払うと、光の列を見下ろす。
「前に出るのは俺たちだが、
結局お前の思惑どおりになったな。」
セラも同じようにラインを見ながら頷いた。
「初級魔法でここまでできるのは大したものよ。
……あとは、アレンくんがこっちに悪臭投げない限り、ね」
「投げませんって」
――少し、匂いが漏れて自滅しかけたが。
フィオナが光り石の列を指先でちょん、と突いた。
「……ライン、分かりやすい。助かる」
それだけ言って、さっと木陰に戻っていく。
「じゃあ、もう一周だ」
ガイルの号令で、
俺たちは別の場所に移動。
落とし穴を作り、光り石も並べ直した。
悪臭石はその場で都度、生成して投げる。
腰のポーチに入れたら、自爆の未来しか見えない。
その後も何度か、ほぼ同じパターンで狩りを繰り返した。
慣れてくると、完全なハメ技だった。
大成功と言っていい。
◇
「ふう……今日はこのくらいでいいだろう」
夕方近く、ガイルがそう言って剣を鞘に収めた。
森を抜け、街道へ戻る途中、
ディランがニヤニヤしながら口を開く。
「なあアレン、戦ってるとき思いついたんだけどよ」
「嫌な予感しかしないんですけど」
「悪臭石さ、一個ずつ投げるてるじゃん。
でも、こうやってよ、袋にまとめて入れといて、
敵のど真ん中にドカンって投げたら、絶対楽しくね?」
腰から下げた布袋をぶんぶん振る。
「それ、まさか——」
「中身は拾い集めた悪臭石だ」
満面の笑みで言うな。
「ディランさん、その袋……持ってる間、ずっと臭くなかったですか?」
「……まあ、ちょっとな。
でも戦ってるときは気になんねーし。
真ん中で爆ぜたら最高だぞ、たぶん」
「たぶんじゃなくて、確実に周りも巻き込みますよね」
セラが眉をひそめる。
「私たちの射程にも被るでしょ?
嫌なんだけど、その空気で魔法撃つの」
イリスも苦笑いだ。
「治療するとき、くさいのはちょっと……」
それでもディランは袋を振り続ける。
「でもよ、その都度一個ずつ作る必要もないし楽だろ?」
「効率は、たしかにいいですけど……」
俺は袋をじっと見る。
「それ、あとどれくらいもつんですか?」
「さあな。まだ匂ってるけど、
帰るころには完全に抜けてそうだな」
「日持ちは、やっぱりしないんですね」
「まあ、今日の狩り用だな」
そりゃそうだ。
今日の分ですら、隣を歩く俺がつらい。
「でも、範囲悪臭って発想は悪くないわ」
セラがぼそっと言った。
「……持ち運びのにおいが解決すれば、だけどね」
「そこが一番の問題なんですけど」
ガイルがちらりとこちらを見る。
「ま、その辺はまた頭ん中で転がしとけ」
「はい」
……使いたい時まで保つものか。
《重ね掛けヒール水》みたいに。
ギルドや遠征の冒険者の役に立てたら……
それはそれで嬉しい。
「今は、今日の獲物を持って帰るほうが先だ。
ディラン、その袋、絶対ギルドで開けるなよ」
ガイルが笑った。
「開けねえよ! 自分が死ぬだろ!」
その場で投げる即席の兵器。
そこを越えなきゃいけない。
その日がいつかは分からない。
でも、頭の片隅に残しておいた。




