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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
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第21話 戦闘支援

《美容ドリンク》と《高級美容液》。

あれを出してから、

少しだけ世界が軽くなった気がしていた。


みんなの。

それから――俺の一日も。


「今日は顔コースの予約、ひとりだけね」


ギルドのカウンターで、

リナがいつもの調子で言う。


「普段は飲むほうと塗るほうで足りてるからさ。

 たまにご褒美で、アレンくん本人にお願いする感じ」


「それで、十分です」


口に出してみて、

自分でも、素直な言葉だと思った。


前は、夕方から夜まで、

ほぼ毎日、施術で手が埋まっていた。


今は、週に何回か。

多くても、一人か二人。


そのぶん、

昼のポーター仕事にも、余裕が出た。


《風切りの牙》の遠征にも、

少しずつ、顔を出せる回数が増えている。



何度か「魔物の間引きクエスト」に同行して、

自然と分かってきたことがある。


魔物の通り道は、だいたい決まっている。


獣道の分かれ目。

少し開けた場所の端。

岩と木の根のあいだ。


毎回、似たような場所を通り、

似たようなやつらと当たる。


――ここに、あらかじめ仕込みがあったら。

ずいぶん、楽になるんじゃないか。


森からの帰り道。

《風切りの牙》の背中を見ながら、

そんな考えが、頭の片隅で転がっていた。



その日の反省会。


ギルドの一角のテーブルに皆の顔が並ぶ。


ガイルが、いつも通り落ち着いた声で言う。


「前半は順調だった。

 後半、ホワイトウルフの群れで少し押されたな」


「木の根の間、

 向こうのほうが動きやすそう」


フィオナの一言に、セラがうなずく。


「足場が悪い場所ほど、

 あいつらには有利に働いてた感じね」


――足場。


その言葉が、胸に引っかかった。


気づいたら、手を挙げていた。


「あの、いいですか」


「どうした、アレン」


「今日通った、あの木の根の間とかに、

 あらかじめ、落ちる場所を作っておくのって、どうですか」


「罠か?」


ディランが、面白そうに口元を歪める。


「はい。

 《小さな穴》と、《アース》と、《スコーチ》で」


セラが、少し考える顔になる。


「つまり――落とし穴?

 《小さな穴》で掘って、

 中を《アース》で泥にして、

 最後に《スコーチ》で表面だけ焼く?」


「そうです。

 上だけ固いけど、中身は泥って感じです」


「なるほどね」


口にすると、

自分の中の形も、くっきりしてくる。


ガイルは少しだけ考えてから言った。


「条件付きなら、試してみよう」


「条件?」


「アレンは前に出ない。

 罠の位置から、常に二列後ろだ」


「はい」


「罠の数は、

 全員が正確に覚えられる分だけ」


「了解です」


「相手は慣れるまで

 大物には使わない」


「……はい」


当たり前のことなのに、

一つひとつ言われると、背筋が伸びた。


ディランが、にやりと笑う。


「罠なら前衛は助かるな。

 まあ、土ソリくんが無茶しないなら、だけどな」


イリスも、静かにうなずく。


「アレンくんもちゃんと練習してからでね」


「じゃあ、次のクエストまでに、

 落ちる穴、形にしておきます」



翌日。


森の手前の、人の少ない空き地。

訓練用に借りた場所で、

俺は一人、地面と向き合っていた。


「まず、《小さな穴》」


指先で土をなぞり、

ゆっくり魔力を流す。


洗面器くらいの大きさを、頭の中で描く。


ずぼ、と。

子どものバケツほどの穴が開いた。


「……もう少し」


思っていたより、まだ浅い。

指先を止めず、もう一度、魔力の流れを調整する。


今度は、穴の縁がなめらかになり、

大人の足がすっぽり入るくらいの大きさになった。


「このくらいだな」


しゃがみ込み、穴の底を覗き込む。


「次、中を《アース》で泥にして……」


土属性の線を引く。


どろり、と。

乾いた土が、重たく湿った泥に変わる。


「深さは……ひざくらい」


慎重に足を入れてみる。


一回目。

くるぶしで止まった。


「これじゃ、水たまりだな」


魔力を戻して、やり直す。


二回目。

沈み込みすぎて、太ももまで持っていかれた。


「……これは、俺が先に死ぬやつだ」


片足を引き抜くのに、しばらくかかった。

泥が靴の中まで入り込んで、気持ち悪い。


三回目。


ひざあたりで止まり、

抜くのに少し力がいる。


「……よし。たぶん、このくらい」


上だけを意識して、

《スコーチ》を薄く、均一にかける。


じゅ、と乾いた音がして、

表面だけが、ぱりっと焼き固まる。


そっと、体重をかけてみる。


ぱき。


ずぶん。


「……よし」


ひざまで沈み、

ちゃんと動きが止まる。


泥だらけの足を見ながら、

ハハハと笑う。



何度も試すうちに、

いくつか問題点が見えてきた。


穴が小さすぎると、

魔物は踏み込む前に違和感に気づいて、

そのまま避けて通ってしまう。


逆に大きくしすぎると、

今度は作るのに時間と魔力を食いすぎる。

戦場で使うには、現実的じゃない。


中の泥も同じだ。

柔らかすぎれば、敵より先に、

こちらの足が取られてしまう。


かといって固めすぎると、

足を沈ませる前に、表面で弾いてしまう。

それでは、ただの邪魔な地面だ。


だから、

「踏ませて」「沈ませて」「すぐには抜けない」

その三つが、同時に揃うところを探す必要があった。


試すたびに、

自分で踏み、引き抜き、また作り直す。


「これなら使える」というレベルになってきた。


中型なら、たらい穴を二つか三つ、間を詰めて並べる必要があるが、

小型の魔物なら、これ一つで十分止まる。


あとは三つの動きを、

できるだけ速く、無駄なく、つなげていく。


《小さな穴》

《アース》

《スコーチ》


ひとつの動作として、体が覚えていく感覚。


その瞬間、

胸の奥が、じわっと熱くなった。


……そのうち、

これを一発の複合で出せないかな。


そんな欲が、ちらりと浮かぶ。


でも今は、

確実に作れることが先だ。


土と泥と自分の足と向き合いながら、

俺はひたすら、穴を作り続けた。



数日後。


「今日は、小型で試す。

 ホワイトウルフがメインだ」


ガイルが、依頼書を手に、淡々とクエスト内容を確認する。


「森の手前から中腹。

 この辺りは何度も来てるな」


地図の上に、ガイルの指がすっと走る。


「罠は――ここと、この場所だ」


指先で二つの地点に印をつける。


「アレン。

 お前は、そこに穴を仕掛けろ」


「それ以外は、普段どおり、ポーターに徹してくれ」


「はい」


「もう一度言うが……」


ガイルは地面に小枝で線を引く。


「この線より前には出るな」


「絶対に、だ」


「はい」


地面に引かれた線を見て、

気持ちを引き締めた。



森の中。


一つ目のポイントに着くまでは、

これまでとまったく同じ流れだった。


途中で出てきた小物は、

ガイルとディランとセラが、

呼吸を合わせるように、あっさり処理する。


俺は荷物を整えながら、

前衛と後衛の距離を意識して、歩いているだけ。


やがて、一つ目のポイントに到着したところで、

ガイルが小さく手を上げた。


「……ここだ。アレン、頼む」


「はい」


木の根と岩に囲まれた、

誰が見ても「ここ通るよね」と言いたくなる窪地。


そこに、《小さい穴》。

訓練どおり、洗面器ほどの大きさの穴を仕込んでいく。


そして、《アース》。

土を柔らかく崩し、形を整える。


更に、《スコーチ》。

底の泥を軽く焼き締め、踏み抜いたときに、

きれいに沈み込む感触を作る。


仕上げに、

落ち葉と土をそっとかぶせて、

周囲の地面となじませる。


……自分でも分からないほど、

周囲の地面と、完全に見分けがつかなくなった。


全員で位置を確認する。


セラが、じっと地面を見て、

位置を目で覚える。


「ここだよな、じゃあ、この木の側面は通っちゃダメだな」


ディランが、

自分の立ち位置を一歩ずらす。


フィオナも無言で小さくうなずいた。



少し進んだ先で、

ちょうどいい群れが見つかった。


ホワイトウルフが五体ほど。


「数もちょうどいいわね」


セラが、風向きを見ながら小さくつぶやく。


ガイルが短く、分かりやすい指示を出す。


「ディランは前へ。

 俺も出る」


「セラは、風を弱めで流せ。

 こっちだって分からせる程度でいい」


「フィオナ、最後尾をつつけ」


全員が、ほぼ同時に動く。


素直なホワイトウルフたちは、

こちらの意図など気づくはずもない。


おもしろいほど釣られて、

ずるずると追ってくる。


俺は線の後ろで、喉の渇きを感じながら、

この戦況を見つめていた。


「足元、気を付けろよ」


ディランの一言で、全員が暗黙に、

罠を踏まないように動く。


そして――


先頭の一体が、

完璧に偽装された、その一点を、

前足で踏み抜いた。


ぱき。


ずぶん。


「ぎゃうっ!?」


情けない声とともに、ホワイトウルフの体が、

膝あたりまで泥に沈む。


もがいても、

すぐには抜けない。


「一体、止まった!」


セラの声が走る。


残りの四体は、仲間が沈んだのを見て、

一瞬だけ速度を落とした。


その一瞬を、

ガイルとディランが逃さない。




二つ目のポイントでも、

一体だけだが、同じようにハマってくれた。


罠としての手応えは、かなりあった。


クエスト帰りの反省会。


ディランが、珍しく真面目に口を開く。


「最初の一匹落ちるだけでも大助かりだな」


「そうね。

 それにあとに続くやつも、動きがワンパターンになる。

 対応も決めやすくなるわ」


セラが、頷きながら続ける。


「アレン。

 いい仕事だった」


ガイルの言葉は短い。

けれど、ちゃんと胸の真ん中に届いた。


「ありがとうございます」


素直に頭を下げる。



課題もいくつかでてきた。


罠を作るのに、それなりの時間がかかる。

数を増やせば増やすほど、準備に時間を食う。


「そこまで連れてくる手段」がないと、

穴は使われない可能性が高い。


味方から見て、

「踏んでいい場所」と「踏んじゃダメな場所」の区別が難しい。


罠地点に連れてくる道と、

味方への印がない。


落とし穴単体では、まだ半分だ。


誘導と、マーカー。


この二つも含めて考えて、

はじめて「戦場の道具」になれる。



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