第21話 戦闘支援
《美容ドリンク》と《高級美容液》。
あれを出してから、
少しだけ世界が軽くなった気がしていた。
みんなの。
それから――俺の一日も。
「今日は顔コースの予約、ひとりだけね」
ギルドのカウンターで、
リナがいつもの調子で言う。
「普段は飲むほうと塗るほうで足りてるからさ。
たまにご褒美で、アレンくん本人にお願いする感じ」
「それで、十分です」
口に出してみて、
自分でも、素直な言葉だと思った。
前は、夕方から夜まで、
ほぼ毎日、施術で手が埋まっていた。
今は、週に何回か。
多くても、一人か二人。
そのぶん、
昼のポーター仕事にも、余裕が出た。
《風切りの牙》の遠征にも、
少しずつ、顔を出せる回数が増えている。
◇
何度か「魔物の間引きクエスト」に同行して、
自然と分かってきたことがある。
魔物の通り道は、だいたい決まっている。
獣道の分かれ目。
少し開けた場所の端。
岩と木の根のあいだ。
毎回、似たような場所を通り、
似たようなやつらと当たる。
――ここに、あらかじめ仕込みがあったら。
ずいぶん、楽になるんじゃないか。
森からの帰り道。
《風切りの牙》の背中を見ながら、
そんな考えが、頭の片隅で転がっていた。
◇
その日の反省会。
ギルドの一角のテーブルに皆の顔が並ぶ。
ガイルが、いつも通り落ち着いた声で言う。
「前半は順調だった。
後半、ホワイトウルフの群れで少し押されたな」
「木の根の間、
向こうのほうが動きやすそう」
フィオナの一言に、セラがうなずく。
「足場が悪い場所ほど、
あいつらには有利に働いてた感じね」
――足場。
その言葉が、胸に引っかかった。
気づいたら、手を挙げていた。
「あの、いいですか」
「どうした、アレン」
「今日通った、あの木の根の間とかに、
あらかじめ、落ちる場所を作っておくのって、どうですか」
「罠か?」
ディランが、面白そうに口元を歪める。
「はい。
《小さな穴》と、《アース》と、《スコーチ》で」
セラが、少し考える顔になる。
「つまり――落とし穴?
《小さな穴》で掘って、
中を《アース》で泥にして、
最後に《スコーチ》で表面だけ焼く?」
「そうです。
上だけ固いけど、中身は泥って感じです」
「なるほどね」
口にすると、
自分の中の形も、くっきりしてくる。
ガイルは少しだけ考えてから言った。
「条件付きなら、試してみよう」
「条件?」
「アレンは前に出ない。
罠の位置から、常に二列後ろだ」
「はい」
「罠の数は、
全員が正確に覚えられる分だけ」
「了解です」
「相手は慣れるまで
大物には使わない」
「……はい」
当たり前のことなのに、
一つひとつ言われると、背筋が伸びた。
ディランが、にやりと笑う。
「罠なら前衛は助かるな。
まあ、土ソリくんが無茶しないなら、だけどな」
イリスも、静かにうなずく。
「アレンくんもちゃんと練習してからでね」
「じゃあ、次のクエストまでに、
落ちる穴、形にしておきます」
◇
翌日。
森の手前の、人の少ない空き地。
訓練用に借りた場所で、
俺は一人、地面と向き合っていた。
「まず、《小さな穴》」
指先で土をなぞり、
ゆっくり魔力を流す。
洗面器くらいの大きさを、頭の中で描く。
ずぼ、と。
子どものバケツほどの穴が開いた。
「……もう少し」
思っていたより、まだ浅い。
指先を止めず、もう一度、魔力の流れを調整する。
今度は、穴の縁がなめらかになり、
大人の足がすっぽり入るくらいの大きさになった。
「このくらいだな」
しゃがみ込み、穴の底を覗き込む。
「次、中を《アース》で泥にして……」
土属性の線を引く。
どろり、と。
乾いた土が、重たく湿った泥に変わる。
「深さは……ひざくらい」
慎重に足を入れてみる。
一回目。
くるぶしで止まった。
「これじゃ、水たまりだな」
魔力を戻して、やり直す。
二回目。
沈み込みすぎて、太ももまで持っていかれた。
「……これは、俺が先に死ぬやつだ」
片足を引き抜くのに、しばらくかかった。
泥が靴の中まで入り込んで、気持ち悪い。
三回目。
ひざあたりで止まり、
抜くのに少し力がいる。
「……よし。たぶん、このくらい」
上だけを意識して、
《スコーチ》を薄く、均一にかける。
じゅ、と乾いた音がして、
表面だけが、ぱりっと焼き固まる。
そっと、体重をかけてみる。
ぱき。
ずぶん。
「……よし」
ひざまで沈み、
ちゃんと動きが止まる。
泥だらけの足を見ながら、
ハハハと笑う。
◇
何度も試すうちに、
いくつか問題点が見えてきた。
穴が小さすぎると、
魔物は踏み込む前に違和感に気づいて、
そのまま避けて通ってしまう。
逆に大きくしすぎると、
今度は作るのに時間と魔力を食いすぎる。
戦場で使うには、現実的じゃない。
中の泥も同じだ。
柔らかすぎれば、敵より先に、
こちらの足が取られてしまう。
かといって固めすぎると、
足を沈ませる前に、表面で弾いてしまう。
それでは、ただの邪魔な地面だ。
だから、
「踏ませて」「沈ませて」「すぐには抜けない」
その三つが、同時に揃うところを探す必要があった。
試すたびに、
自分で踏み、引き抜き、また作り直す。
「これなら使える」というレベルになってきた。
中型なら、たらい穴を二つか三つ、間を詰めて並べる必要があるが、
小型の魔物なら、これ一つで十分止まる。
あとは三つの動きを、
できるだけ速く、無駄なく、つなげていく。
《小さな穴》
《アース》
《スコーチ》
ひとつの動作として、体が覚えていく感覚。
その瞬間、
胸の奥が、じわっと熱くなった。
……そのうち、
これを一発の複合で出せないかな。
そんな欲が、ちらりと浮かぶ。
でも今は、
確実に作れることが先だ。
土と泥と自分の足と向き合いながら、
俺はひたすら、穴を作り続けた。
◇
数日後。
「今日は、小型で試す。
ホワイトウルフがメインだ」
ガイルが、依頼書を手に、淡々とクエスト内容を確認する。
「森の手前から中腹。
この辺りは何度も来てるな」
地図の上に、ガイルの指がすっと走る。
「罠は――ここと、この場所だ」
指先で二つの地点に印をつける。
「アレン。
お前は、そこに穴を仕掛けろ」
「それ以外は、普段どおり、ポーターに徹してくれ」
「はい」
「もう一度言うが……」
ガイルは地面に小枝で線を引く。
「この線より前には出るな」
「絶対に、だ」
「はい」
地面に引かれた線を見て、
気持ちを引き締めた。
◇
森の中。
一つ目のポイントに着くまでは、
これまでとまったく同じ流れだった。
途中で出てきた小物は、
ガイルとディランとセラが、
呼吸を合わせるように、あっさり処理する。
俺は荷物を整えながら、
前衛と後衛の距離を意識して、歩いているだけ。
やがて、一つ目のポイントに到着したところで、
ガイルが小さく手を上げた。
「……ここだ。アレン、頼む」
「はい」
木の根と岩に囲まれた、
誰が見ても「ここ通るよね」と言いたくなる窪地。
そこに、《小さい穴》。
訓練どおり、洗面器ほどの大きさの穴を仕込んでいく。
そして、《アース》。
土を柔らかく崩し、形を整える。
更に、《スコーチ》。
底の泥を軽く焼き締め、踏み抜いたときに、
きれいに沈み込む感触を作る。
仕上げに、
落ち葉と土をそっとかぶせて、
周囲の地面となじませる。
……自分でも分からないほど、
周囲の地面と、完全に見分けがつかなくなった。
全員で位置を確認する。
セラが、じっと地面を見て、
位置を目で覚える。
「ここだよな、じゃあ、この木の側面は通っちゃダメだな」
ディランが、
自分の立ち位置を一歩ずらす。
フィオナも無言で小さくうなずいた。
◇
少し進んだ先で、
ちょうどいい群れが見つかった。
ホワイトウルフが五体ほど。
「数もちょうどいいわね」
セラが、風向きを見ながら小さくつぶやく。
ガイルが短く、分かりやすい指示を出す。
「ディランは前へ。
俺も出る」
「セラは、風を弱めで流せ。
こっちだって分からせる程度でいい」
「フィオナ、最後尾をつつけ」
全員が、ほぼ同時に動く。
素直なホワイトウルフたちは、
こちらの意図など気づくはずもない。
おもしろいほど釣られて、
ずるずると追ってくる。
俺は線の後ろで、喉の渇きを感じながら、
この戦況を見つめていた。
「足元、気を付けろよ」
ディランの一言で、全員が暗黙に、
罠を踏まないように動く。
そして――
先頭の一体が、
完璧に偽装された、その一点を、
前足で踏み抜いた。
ぱき。
ずぶん。
「ぎゃうっ!?」
情けない声とともに、ホワイトウルフの体が、
膝あたりまで泥に沈む。
もがいても、
すぐには抜けない。
「一体、止まった!」
セラの声が走る。
残りの四体は、仲間が沈んだのを見て、
一瞬だけ速度を落とした。
その一瞬を、
ガイルとディランが逃さない。
◇
二つ目のポイントでも、
一体だけだが、同じようにハマってくれた。
罠としての手応えは、かなりあった。
クエスト帰りの反省会。
ディランが、珍しく真面目に口を開く。
「最初の一匹落ちるだけでも大助かりだな」
「そうね。
それにあとに続くやつも、動きがワンパターンになる。
対応も決めやすくなるわ」
セラが、頷きながら続ける。
「アレン。
いい仕事だった」
ガイルの言葉は短い。
けれど、ちゃんと胸の真ん中に届いた。
「ありがとうございます」
素直に頭を下げる。
◇
課題もいくつかでてきた。
罠を作るのに、それなりの時間がかかる。
数を増やせば増やすほど、準備に時間を食う。
「そこまで連れてくる手段」がないと、
穴は使われない可能性が高い。
味方から見て、
「踏んでいい場所」と「踏んじゃダメな場所」の区別が難しい。
罠地点に連れてくる道と、
味方への印がない。
落とし穴単体では、まだ半分だ。
誘導と、マーカー。
この二つも含めて考えて、
はじめて「戦場の道具」になれる。




