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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
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第2話 ひみつの訓練

どれくらい時間が経っただろう。


泣いて、飲んで、寝て。

それをひたすら繰り返す。


外の空気が少し温かく感じる。

窓から入る光の色も、前よりやわらかい。

たぶん、季節が一つ変わったんだと思う。


俺の体は、最初よりはずいぶん動くようになっていた。



「アレン、起きた?」


耳に、聞き慣れたやさしい声が届く。


長い髪の女の人。

この家の人たちが「エリシア」と呼ぶ人――

たぶん、お母さんだ。


「あー……」


声を出そうとしてみる。

でも、まだうまく言葉にはならない。


それでも、この世界の言葉は、だいぶ聞き取れるようになってきた。


何度も何度も、その音と一緒に抱き上げられているうちに、

自分の名前くらいは、ちゃんと染みこんでいた。


アレン。

それが、この世界での俺の名前だ。


「今日も元気ね。ね、ガルド?」


お母さんが、俺を抱き上げたまま後ろを振り返る。


「そうだな」


短く答える低い声。

がっしりした肩。

この家の主らしい男――ガルド。お父さんだ。


「また、あれやってるのか?」


「あれ?」


「ほら、身体をむにゅむにゅさせるやつだ」


大の男の可愛い言葉に、苦笑する。



俺は、最近お気に入りの「遊び」。

それを毎日のようにやっていた。


胸の中の火種を、動かすこと。

自分なりの魔力体操だ。


布団の上で、仰向けになる。

ゆっくり息を吸い込む。


胸の奥の火が、ほんの少しだけ明るくなるイメージ。

あたたかさを、手のひらに。

次に、足先に。


吐く息に合わせて、

胸から腕へ、脚へと、

身体の線をなぞるように意識を送る。


外から見れば、

布団の中で、手足をむにゅむにゅさせているだけだ。


腕を、ぐにょぐにょ。

脚を、ばたばた。

指を、ぱー、ぐー、ぱー。


「……奥様、アレン坊ちゃま、またしてますよ〜」


部屋の入り口から、明るい声が飛んできた。


よく部屋の掃除や着替えをしてくれる若い女の子。

この家の人たちが「ミーナ」と呼んでいるメイドだ。


「ほら、手足がこう……」


ミーナが、俺のまねをするように、

その場で変なダンスを始める。


両手両足をばたばたさせて、腰をくねらせて。

自分の動きが、どれだけおかしく見えているのかが、よく分かる。


お母さんが吹き出した。


「ちょっと、ミーナったら」


俺は真剣そのものなのだが。


そうしていると、お母さんが俺の足先をそっと持ち上げる。


指でつまむようにして、軽く押す。


「でも、ほんとにあったかいのよ? 指先まで」


不思議そうで、でも嬉しそうな声だった。


「さっきも、お風呂のお湯がぬるく感じたくらいですものね」


ミーナがくすくす笑って、俺の足先をつんつんする。


足がびくっと跳ねた。

二人が同時に「あ、ごめんなさい」と笑う合う。


どうやら、ちゃんと外にも伝わっているらしい。


そう思うと、ちょっとだけ誇らしかった。


「ねえ、見てガルド。ほら、ほっぺも赤いわ」


「やりすぎてないか?」


お父さんの少しだけ心配を帯びる声。


「まだ赤ん坊だ。無理はさせるな」


すると、部屋の外から、落ち着いた男の声がした。


「失礼いたします、奥様」


ミーナとは正反対の、低く乾いた声。

よく通って、無駄がない。


「どうぞ」


ドアが静かに開き、年配の男が一礼して入ってくる。


背筋の伸びた姿勢。

整った身なり。

この家の使用人たちが「セバス」と呼ぶ男――執事だろう。


「奥様。ご報告が二点ございます」


ちらりとこちらを見る。

俺は、ちょうど腕をむにゅ、と持ち上げたところだった。


「今日も……たいへんお元気なご様子で」


ほんの一瞬だけ、目元がやわらいだ気がする。


「でしょ?」


お母さんが、少し誇らしげに言う。


セバスは一度だけ俺を確認すると、

何事もなかったかのように話題を切り替えた。


「それと、領主様。

 外回りの件ですが――」


お父さんに向き直り、仕事の話へ。

声の調子が、即座に実務のものへ変わる。


大人たちの話は、断片的にしか分からない。

「領地」「森」「魔物」。


どうやら、この辺りは

あまり平和一色というわけではなさそうだ。


だからこそ、今できることを続ける。


言葉は、だいぶ分かるようになってきた。

でも、口から出るのは、まだ赤子の声だけだ。


もどかしさはある。

けれど、焦りはない。


前の人生は、準備もできないまま終わった。


少しずつ。

確実に。


むにゅむにゅと動く手足を見て、

今日も誰かが笑ってくれる。


俺は安心したかのように、ゆっくりと意識を落としていった。





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