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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
19/81

第19話 次の一歩

浄化美容三術は、裏メニューのつもりだった。


屋敷の片隅やギルドの奥で、

知っている人だけ、こっそり受ける。


「気持ちいい」と笑ってもらって。

「お金払う」と言ってもらえる。

こちらも手応えを感じられる。


そのくらいの距離感で、静かに続いていくと思っていた。


……思っていた、のだけど。



一週間もしないうちに、空気は変わった。


屋敷でも、ギルドでも、

小さな気づきの言葉が行き交いはじめる。


ミーナを見て、誰かが言う。

最近、肌つやよくない? と。


リナを見て、別の誰かが続ける。

クマ、前より軽くなってません? と。


カレンを見ては、

長旅のわりに顔色いいですね、なんて声も上がった。


最初は、ただの世間話だったはずだ。


「アレン様の《ホットスチーム》でしてもらったんです!」


ミーナは、まったく隠す気がなかった。

むしろ、ちょっと誇らしげですらある。


「アレンくんの《浄化》で、ちょっと楽になるコースあるのよ。

 でも、裏メニューだからね。私からちゃんと頼むから」


リナも、言い方こそ柔らかいが、あっさり口を割る。


「遠出明けの顔直しって紹介したら、

 みんな笑いながらも、本気で食いついてきたわよ」


カレンは、完全に商人の目で宣伝していた。


気づけば、「知る人ぞ知る裏メニュー」は、

「友だちにおすすめするメニュー」になっていた。



そのころの、俺の一日はこんな感じだった。


朝。

屋敷で魔力体操。

《ウオーター》や《ウインド》、《アース》の基礎練習。

オットーの座学が少し。


昼はギルドに行き、

《ヒール水》を何杯分か作り、 倉庫の荷物運び。

街近くへの簡単な荷物運搬クエストに

ポーターとして付いていく日もある。


夕方になると、

屋敷に戻るか、ギルドの一室を借りて、

浄化美容三術の「簡易コース」を一人か二人。


夜。

家族との食事。

そのあと、たまにもう一人だけ予約が入ることもある。


最初のうちは、それで回っていた。


今日はミーナ。

明日はリナ。

カレン隊が泊まりのときだけ、一人追加。


誰の日かがはっきりしていて、

予定がずれることも、ほとんどなかった。



変化は、小さいところから始まった。


「アレン様、今日、ミーナと同じ部屋の子が、一人だけ来てもいいですか?」


最初の“増員”は、屋敷側。


「アレンくん、受付の子がね、

 一回だけでいいからって、すごく頼んできて」


次が、ギルド側。


「アレンくん、商隊の仲間で、

 これ受けられないなら、もう一晩残るって言い張る子がいてね」


カレンは、もう完全にノっていた。


一人が二人になる。

二人が、「今日は三人まで」に増える。


施術そのものは、嫌いじゃない。

むしろ、かなり好きな部類だ。


《ホットスチーム》で、あたたかい霧をかけると、

表情がふっと緩む。


《浄化+アース》で、

肌の触り心地が変わる瞬間が、指先に返ってくる。


《美容ヒール》で、

一段肌にキメと滑らかさが戻る。


《美顔ライト》で、

鏡の前の顔がほんのり明るくなる。


その変化を見るのが、楽しい。


ありがとう。

助かった。

明日もがんばれそう。


そう言われて、

焼き菓子や果物が机に置かれていく。


それは、それで素直に嬉しい。


……ただ。



ある日の夕方。

俺はギルドの掲示板の前で、立ち止まっていた。


街近郊の薬草採取。

ポーター歓迎。


距離も危険度も、

《風切りの牙》と一緒なら問題ない。


……けど。


「今日も、無理か」


声に出して、ようやく実感する。


「アレンくん、今日、こっち行く時間ある?」


後ろから、セラの声がした。


「……夕方から、予約入ってて」


「そっか」


それ以上は言われなかった。

でも、少しだけ残念そうな気配が残る。


翌日も、似たようなことがあった。


今度は、短距離の荷物運搬クエスト。


「お、アレン。今日ちょうど軽いのあるけど、どうだ?」


ディランの声に、

一瞬、心が動いたあとで――


「ごめん。今日は、ギルドで顔コースの日で」


言ってから、自分で引っかかる。


顔コースの日って、なんだ。




夜。

ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。


このまま浄化美容屋を続けたら、

一日は、たぶんこんな感じで終わる。


朝と昼は今までどおり。

でも、夕方から夜が、ほぼ美容で埋まる。


魔力の訓練にはなる。

人にも喜ばれる。

お礼ももらえる。


悪くない。

むしろ、贅沢だ。


……でも。


冒険者になりたいって言ったのは、誰だったか。


《風切りの牙》の荷物持ちで、

森の道を覚えて、

敵との距離を体で覚えて、

前に出ていいラインを少しずつ掴む。


そういう時間が、

美容の予約に押されていく。


胸の奥はあたたかいままなのに、

その周りに、じわっとした違和感が溜まっていく。



「アレンくん、施術しない日を決めたほうがいいですよ」


ギルドの治療室で、

イリスがそう切り出した。


「魔力の回復のため、ですか」


「それもありますけど」


イリスは、少し考えてから続ける。


「私はね、アレンくんに、

 浄化だけの人になってほしいわけじゃないんです」


穏やかな声だったけれど、

そこには、はっきりとした意志があった。


「……」


言い返せずにいると、イリスは続けた。


「冒険者になりたい子が、

 自分の時間を、ひとつのことだけに全部使ってしまうのは……

 私、ちょっと寂しいなって思うんです」


それは、頭では分かっていたことだ。


「でも……

 全部やめるのも、違う気がしてて」


「ええ」


イリスが柔らかくうなずく。


「私もそう思います」


「アレンくんが冒険者として走ってる姿、私、好きなんです。

 荷物持ちして、仲間と並んで、前を向いてるアレンくん」


一瞬、言葉に詰まる。


「だから、どっちかを捨てるんじゃなくて……

 両方ちゃんと続けられる形を、探しませんか」


その言葉が、

胸の奥に、静かに落ちてきた。


すとん、と。


「……それと私、まだ浄化美容、受けてないんですよ?」


「ふふ。順番待ちしてるんです。

 なくなったら、困りますから」




帰り道。

夕暮れに染まった街を歩きながら、

ふと、《ヒール水》のことが浮かんだ。


飲んだからといって、

その場で劇的に変わるわけじゃない。

でも、時間をかけて、

じわじわと体を楽にしてくれる水。


――水そのものが、働く。


それだ。



《浄化》と《ヒール》を、

人の手じゃなく、水の中に定着させられたらどうだろう。


顔全体を整える施術みたいなことは、さすがに無理だ。

でも、一日の終わりに一杯飲むだけで、

体と気分が、ほんの少し軽くなる水なら――


十分、意味がある。


毎日じゃなくていい。

施術は、特別な日や、

ちゃんと時間を取れるときに残す。


普段は、水に任せる。


そうすれば、

森に出て、足で覚える時間も。

誰かの暮らしを、少しだけ楽にする時間も。

どちらも、手放さずに済む。


胸の奥で、考えがゆっくりまとまっていく。


「……よし」


小さくつぶやいて、

歩幅を、ほんの少しだけ速めた。


次は――

《浄化+ヒール+ウオーター》。


その形を、

ちゃんと作る番だ。

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