第18話 浄化美容三術
《浄化》を覚えてから、何日かたった。
気分のリセット。
頭の奥に溜まっていたものが、定期的に洗い流されている感覚。
それだけでも、前よりずっと暮らしやすい。
……でも。
イリスの表情。
ミーナのほっぺ。
リナの顔色。
「調子がいい」だけじゃ説明できない変化が、確かにある。
ふと、前の世界で見たスキンケアの工程が、断片的に浮かんだ。
《浄化》を、
気分じゃなく――肌そのものに使ったら?
頭の中で、流れを組み立てる。
温めて、ゆるめる。
浮いた汚れを取る。
傷んだところを、少し戻す。
最後に、全体を整える。
……これ、ちゃんとした「工程」になる。
いけるか?
胸の奥が、少しだけ熱を持った。
◇
夕方の自室。
窓から差し込む光が、ゆっくり橙に沈んでいく。
机の上には、水を張った小さなボウルと、清潔な布。
まずは、《ミスト+ウオーム》。
温かい霧が、手のひらから立ちのぼる。
風呂のふたを開けた瞬間の、あの安心感。
「表面を、ゆるめる」
次。
《浄化+アース》。
泥に《浄化》を薄く混ぜる。
「汚れを絡め取って、必要なものは残す……」
……もっちり、だな。
2つ目、《浄化+ヒール》。
削るだけじゃ足りない。
戻す工程が必要だ。
「全部直すんじゃない。
元気だった頃を思い出させる感じで……」
魔力が、ぴたりと噛み合う。
こっちは、ぷるん。
最後に、《浄化+ライト》。
「照らすためじゃない。均すための光」
角度を変えると、
肌の上に、うっすらと艶が乗った。
……ツヤツヤ、だな。
◇
下準備の《ホットスチーム》。
《浄化+アース》。
《浄化+ヒール》。
《浄化+ライト》。
この三つで――
「浄化美容三術」
……ノリだが、
言葉にした瞬間、胸の奥で「カチッ」と何かがはまった。
できた。
これは、ちゃんと形になった。
◇
翌日。屋敷で試す。
「ミーナ。ちょっと、顔かりてもいい?」
「……その言い方、ちょっと不安です」
「大丈夫。ちゃんと手応えはある」
少し考えてから、
「……やります」
◇
風呂場の隣の小さな脱衣所。
椅子に座らせ、タオルで髪と服を守る。
「まずは《ホットスチーム》」
ふわりと、あたたかい霧がミーナの顔を包む。
「わ……これ好きです。
お風呂のふた開けたときの匂い」
「熱くない?」
「気持ちよくて、寝そうです……」
顔全体をゆっくり温め、十分ほどで次へ。
「次は《浄化+アース》。泥パック」
薄く、額、頬、鼻、あごへ。
「ひゃっ……」
「冷たかった?」
「びっくりしたけど、気持ちいいです」
しばらくして、そっとはがす。
ぺり。
ミーナが膜を光に透かして見て、
指で自分の頬を押す。
「……あ」
「どう?」
「戻ります。ちゃんと」
その一言で、胸の奥が熱くなる。
もっちり、恐るべし。
「よし、泥パック終了」
「これ、絶対お金取るやつですよね!」
◇
ギルドではリナ。
「《美容ヒール》、試してみる?」
「なにその甘い誘い方……やる」
《ホットスチーム》で前準備。
「これだけで金取れるわ」
続いて《浄化+ヒール》。
おでこ、頬、目の下を軽くなぞる。
「はい。終了。《美容ヒール》」
「ネーミングだけは一流ね」
軽口を叩いたリナが、鏡を見て無言になる。
「……なにこれ」
頬を指でつまみ、戻りを確かめる。
「若いときの肌みたい」
「徹夜明けなのに顔色いいわね」
ぷるんの威力は想像以上だ。
「これはね……ちゃんとお金払う」
◇
最後はカレン。
「浄化美容? やる」
即着席。
「今日は《美顔ライト》だけ」
《ホットスチーム》のあと、《浄化+ライト》。
「はい、どうぞ」
鏡を見るカレンが、すぐにうなずく。
「肌のトーン上がってる。
なのに、テカってない」
はい、これがツヤツヤです。
「疲れはあるのに、疲れて見えないわ」
「光の当たり方、整えただけです」
「仕事終わりに一回挟めば、
そのまま客先行ける顔ね」
三人目がそう言ったとき、確信した。
――これは、技だ。
その日のうちに、浄化美容を一通り試した。
みんな、鏡を見たあと必ず一拍、黙る。
その反応だけで、十分だった。
そんな空気の中で、
カレンが、いつもの調子で言った。
「アレンくん。
これ、裏メニューで終わらせるには、惜しいわね」
「……そんなに?」
◇
数日後。
ギルドの一角。
《風切りの牙》の女性陣が揃っていた。
なぜか、俺は正座。
正面に、腕を組んだ三人。
イリス。
フィオナ。
セラ。
全員、そろって不機嫌そうだ。
「アレンくん」
イリスが、にこやかに圧をかける。
「《浄化》を教えたの、誰でしたっけ?」
「……イリスさんです」
「ですよね?
なのに、美容の新しい使い方を最初に試したの、
ミーナちゃんとリナさんとカレンさん」
笑顔の圧が、じわじわ強くなる。
「普通、教えてくれた人からじゃないですか?」
ぐうの音も出ない。
フィオナも、じっとこちらを見る。
「アレン。
私が、冒険者一の美容ツウなの、知らない?」
「え、そうなんですか」
つい素で返した。
「知らなかったのは罪。
でも教えなかった私も悪い。
だから、その分、たっぷり試させて」
前髪を払う仕草が、本気だ。
そして最後は、セラ。
「これは、さすがに私も言わせてもらうわ」
眼鏡を直し、静かに続ける。
「反則級の贅沢病体験をさせた人間に、
一言の相談もなく勝手に浄化美容を始めるなんて」
「…………」
「理論と見せ方、
そこを飛ばして進めるのは感心しないわね」
完全に包囲されていた。
三人とも口調は穏やかだが、腕は組んだまま。
「というわけで」
イリスが指を立てる。
「次の試作品は、
まず私たち三人に、順番に」
「肌と髪と、動き。全部見る」
フィオナが淡々と足す。
「理論とメニュー構成は、あとで整理しましょう。
商品にする前提で」
セラが締めた。
……まあ、こうなる。
この三人に相談せず突っ走った、俺のミスだ。
「わかりました。
次からは、ちゃんとお願いします」
そう言うと、
三人の腕組みが、ようやく解けた。
その日、肩をすくめながらも、
どこか楽しい気分のまま家路についた。




