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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
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第17話 《浄化》習得

何度目かの遠征のあと。

ギルドで報告を終えたところで、声をかけられた。


「アレンくん」


振り向くと、イリスが控えめに手を振っている。


「少し、いいですか?」


「はい」


「最近、《ヒール水》が本当に助かっていて」


「いえ。ぼくも、練習になりますから」


イリスは、少しだけ表情を引き締めた。


「だからこそ……

 アレンくん自身が、もっと楽になる魔法も覚えておいたほうがいいと思って」


「楽になる魔法?」


「《浄化》です」


思わず、身を乗り出した。


「それ、教えてください」



案内されたのは、ギルドの奥の小さな治療室だった。


ベッドが二つと、棚に薬草と包帯。

イリスが軽い手当てに使っている場所らしい。


「アレンくん、もう《ヒール》は使えますよね?」


「はい。小さい傷なら、ちょっと」


「《浄化》は、その隣の魔法です」


イリスは自分の胸に、軽く手を当てる。


「最近、ずっと魔力を使いっぱなしでしょう?」


「……まあ、そうですね」


「だからね。

 人を楽にする人には、

 自分を楽にする魔法も、持っていてほしいんです」


そう言って、微笑んだ。


「それが、《浄化》」


「汚れや軽い毒、それから――

 気分まで、少し軽くしてくれる魔法です」


「気分も?」


「ええ。

 《ヒール》が体なら、《浄化》は空気と心、って感じですね」


少しだけ声を落とす。


「ただし、強くかけすぎると、

 必要な気持ちまで流してしまうことがあるから……」


「だから、やさしく」


イリスは、そうまとめた。


「今日は、その加減を覚えましょう」



まずは、イリスがお手本を見せてくれる。


「《浄化》」


胸元で淡い光が生まれ、手のひらへ流れる。

光は空気に溶けるように広がり、

その場の感じが、ほんの少し軽くなった。


「ほら、アレンくんも」


促されて手を出すと、

イリスの光が、すっと移ってくる。


「……なんか、すーっとします」


「それが《浄化》です」


イリスは、嬉しそうにうなずいた。


「じゃあ、やってみましょう」



胸の奥、魔力が溜まっている場所に意識を向ける。


さっき見た光の感じ。

空気が、少し軽くなる感覚。


前の世界で、仕事帰りに風呂に入ったとき。

一日の疲れが流れていく、あの感じを思い出す。


それを、ほんの少しだけ再現する。


胸の奥から、細い線を一本引き出す。


「《浄化》」


小さく呟き、

自分の体のまわりに、光を広げる。


ふわりと、空気が動いた。


「あ……」


思わず、声が漏れた。


汗でしっとりしていた首もとが、

すっと乾いて、軽くなる。


鎧の下の服にこもっていた臭いも、

薄い膜が剥がれるみたいに、ふっと消えた。


それだけじゃない。


足の裏に残っていたじっとりした感覚が和らぎ、

服のまとわりつきも、少し楽になる。


それに引っ張られるように、

胸の奥に溜まっていた細かなだるさまで、軽くなっていた。


「……気分まで、軽くなりますね」


「それが、《浄化》のいいところです」


イリスは、やさしく微笑む。


「全部きれいにするんじゃなくて、

 息がしやすくなるくらい、ですね」


何度か、自分に弱めの《浄化》をかけてみる。


感覚を確かめるうちに、

強くやりすぎると、

心まで空っぽになりそうな気がした。


だから、弱めに整える。


「うん。

 いい感じだと思います」


イリスが、安心したようにうなずく。


「じゃあ、今度は……

 他の人にかけてみましょう」



最初の実験台は、《風切りの牙》だった。


遠征から戻り、

装備を外す前のタイミング。


「《浄化》、試してもいいですか?」


そう聞くと、

ディランが真っ先に手を上げた。


「おう、やってみろやってみろ。

 どうせ俺は汗くせえしな!」


「弱めでいきます」


ディランに、そっと《浄化》をかける。


ふわりと、空気が動く。


「お?」


ディランが自分の肩を嗅いで、目を丸くした。


「おい、なんかマシになってねえか?

 さっきまで、自分でちょっと引くレベルだったぞ」


「匂い、かなり減ってるわよ」


少し離れたところから、セラが言う。


「髪も、べたついてない」


「まじか」


ディランが、頭をぐしゃぐしゃ触る。


「ほんとだ。

 なんか、さらっとしてきた!」


フィオナもすかさず言う。


「近くにいても、

 さっきほどつらくない」


「……本音、今までそんなだったのか」


「うん。ありがとう、アレン」


なんでか、フィオナから感謝された。



少し離れて見ていたイリスが、

控えめに声をかけてくる。


「アレンくん。

 私にも、弱めで、かけてみてもらえますか?」


「はい」


イリスにも、そっと《浄化》を流す。


ふわり。


「……これ、好きかもしれません」


イリスが目を細める。


「自分でかけるより、

 なんだか気分がいいですね」


「それは……ちょっと照れます」


視線が、思わず泳いだ。


イリスは、少し表情を明るくして続ける。


「汗っぽさだけじゃなくて、

 頭の中のもやもやも、少し流れる感じがします」


「教えてもらって、よかったです」


「教えたかい、ありました」


イリスは、得意そうに笑った。



ギルドでも試した。


受付を終えたあと、

少しだけ疲れの見えるリナに声をかける。


「リナさん。《浄化》、覚えたんですけど」


「え、やってやって」


そっと、リナに《浄化》。


「……なにこれ」


リナが、思わず笑う。


「一日の終わりに、

 さっぱり水浴びたときみたい」


「気持ちも、ちょっと楽になりますよね」


「うん、なるなる」


遠くで見ていた別の受付嬢も、

こっそり手を上げていた。



屋敷でも、ミーナに試した。


仕事終わりの夜。


「アレン様、最近お忙しそうですねえ」


「ミーナもだろ」


笑いながら、《浄化》。


「わあっ」


ミーナが、頬に手を当てる。


「なんか、つるっとしました!

 髪も、さらさらしてる気がします!」


「たぶん、気のせいじゃない」


「これ、お風呂の前と後で二回やったら、

 すごいことになりそうですね!」


あとで自分にも試してみようと思った。



何人かに《浄化》をかけて、

一つ、はっきりしてきたことがある。


相手が、

ほんの少しだけ「いい感じ」になる、ということだ。


《浄化》は、

派手な回復じゃない。


でも、確実に、

気分を一段、持ち上げてくれる。


他にも使いどころありそうだな。


そんな予感を胸に、

俺は、新しく覚えた魔法を、

そっと大事にしまった。

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