第16話 重ねがけの発見
《ヒール水》と《泥クッション》の話が、じわじわ広がり始めた。
ギルドの掲示板の端に、
小さな紙が一枚、貼られている。
> 《アレン印ヒール水》 一杯5銅貨
> 《泥クッション加工》 荷車一台ぶん10銅貨〜
リナが書いてくれた、簡易メニューだ。
最初は、
「面白そうだから一回飲んでみるか」
くらいの軽いノリだったのが――
気づけば、昼前や夕方になると、
カウンターの横に、ちょっとした列ができるようになっていた。
行列のできる繁盛店って、こんな感じなんだろうな。
少しだけ、くすぐったい気分になる。
◇
「ねえ、アレンくん」
その日の午後。
カウンター越しで、リナが少し声をひそめた。
「《ヒール水》、ちょっとクレームが出ているの」
「えっ」
「昨日持ち帰って、朝に飲んだら、ほとんど効かなかったって。
『その場で飲めばよかった』って言われちゃってさ」
それは……ごもっともだ。
◇
ちょうどその頃、カレンが街に来ていた。
ギルド奥の小部屋。
三人でテーブルを囲む。
「その場で使う分には、どっちも評判いいわ」
カレンが指を鳴らす。
「《ヒール水》は『甘くてちょっと楽になる』。
《泥クッション》は『荷車が安心』」
リナが小さくため息をつく。
「でもね、旅には足りない」
「三日くらい、もてば違うわよね」
カレンがうなずいた。
「商隊なら、そこが一つの目安だもの」
三日か。
そんなことを考えていたら、
リナが《ヒール水》の入ってカップを、
指でとんとんとつついた。
「ねえ。これさ」
「はい」
「最初からもう少し濃かったらよくない?」
「今ってさ、
『ちょっと甘い水に元気が乗ってる』くらいでしょ?」
「それが、ちゃんと甘い飲み物って感じだったら、
次の日でも、がっかりしないかなって」
リナは、言葉を探しながら続ける。
「最初から二回ぶん、仕込んでおくとかさ」
そこで、カレンが小さく息を吸った。
「それそれ、いいかも」
……あ
頭の中で、カチッと音がした気がした。
最初からもう一組、同じものを並べて流せば――
「……やってみます」
◇
胸に意識を向ける。
《ウオーター》と《ヒール》、二本の細い線を合わせ、
いつもの《ヒール水》を作る。
そこへ、もう一組――
同じものを並べて、ぴたりと重ねる。
《重ね掛けヒール水》
手のひらへ流すと、カップに水が満ちていく。
見た目は変わらない。
でも、胸の奥の消耗が、明らかに二回ぶんだった。
「どう?」
「味、見てください」
リナが一口飲んで、目を見開く。
「……甘い。さっきと、ぜんぜん違う」
カレンも確かめて、うなずいた。
「二回ぶん、ちゃんと入ってる」
「アレンくんにしかできない芸当だね」
その言葉に、胸の奥が少しあたたかくなる。
あとは――どれくらい、もつか。
通常の《ヒール水》。
《重ね掛けヒール水》。
さらにそれを、ポーション容器へ入れたもの。
「一週間後に比べましょ」
「はい」
不安と期待が、半分ずつだった。
◇
一週間後。
三人で、また小部屋に集まった。
カレンが瓶の封を切り、香りを確かめる。
「ポーション容器、成功ね。
未開封なら一週間。」
「《重ね掛け》のほうが、少し長く持ちますね」
想像以上だった。
今日の一杯が、
数日ぶんの「持ち歩き」になる。
◇
「じゃ、決まりね」
カレンが机を軽く叩く。
「その場で飲むのは今までどおり。
持ち歩き用は、《重ね掛けヒール水》を瓶詰め」
リナも、すぐにうなずく。
「メニュー、書き直さなきゃ」
【アレン印ヒール水】
・その場用:《ヒール水》
・携帯用:《重ね掛けヒール水》(未開封一週間/開封後三日)
「これなら文句も減りそうですね」
「そう。使い方まで決めてあげるのが、お店の仕事」
カレンが、にっと笑った。
◇
「《泥クッション》も同じでいけるわ」
「《重ね掛け泥クッション》ですね」
「長距離商隊向け、って感じね」
リナが楽しそうに言う。
悪くない。
同じ魔力を重ねるだけ。
これなら俺にもできる――
いや、たぶん、俺にしかできない。
メニューを書き直すリナの横顔を見ながら、
新しく覚えた「重ね掛け」という技を、
少しだけ誇らしく思った。




