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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
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第15話 行商人カレン

森から街に戻り、

遠征とギルド通いを何度か繰り返したころ。


《風切りの牙》の遠征では、

ヒール水と泥ベッドが、すっかり定番になっていた。


休憩のたびに

「一杯ちょうだい」

「あとで俺の分も頼む」

そんな声が飛び、


夜になれば、

誰かが最初に泥ベッドへ転がり、

それを見た別の誰かが

「ずるいぞ」と続く。


気づけば、それが当たり前の光景になっていた。


そんなある日の、昼前。


それが、あとになって

俺の生活を少しだけ変える出来事の始まりだった。



このころには、

俺の口も、だいぶ回るようになってきていた。


オットーの授業と、

ギルドの人たちとの会話のおかげだ。


まだ難しい漢字は分からない。

でも、自分の口から出る言葉は、

少しずつ子ども語から抜け始めていた。



「カレンさん、いらっしゃい!」


リナの、少し弾んだ声が聞こえる。


カウンターの向こうに立っていたのは、

見覚えのない女の人だった。


年は二十代前半くらい。

腰まである栗色の髪を、ざっくりまとめている。

旅慣れた革のコート。

足元は、しっかりしたブーツ。


背後には、小さめの荷車。

きちんと梱包された木箱が、

整然と積まれていた。


行商人だろう、と直感する。


その人は、

リナと軽口を交わしたあと、

ふっとこちらに視線を向けた。


目が合う。


一瞬だけ、ぱちりと瞬きをして――

すぐに、にやっと口元を上げた。


「あら。

 もしかして、噂のちょっと変わった荷物持ちくん?」


……嫌な予感がする。



「ええと、俺、アレンです」


とりあえず、ちゃんと名乗る。


「私は行商人のカレン。

 この街には、三か月に一度くらい来てるの」


「カレンさんはね、

 冒険者向けの道具とか、日用品の仕入れに強いのよ」


リナが、横から補足する。


「あと、美容関係もね」


カレンが、さらっと付け足した。


「で、ギルド長から聞いたの」


カレンは、声をひそめるでもなく、

楽しそうに言う。


「ちょっと変な魔法を使う

 おもしろいガキがいるって」


思わず、バルドを見ると、

知らん顔で書類をめくっていた。


変な魔法、って。


心の中で、軽く突っ込みながら、

それでも、少しだけ

誇らしい気持ちになる自分がいた。


カレンは、カウンターに肘をついて、

俺をじっと眺めてくる。


品定め、というより、

面白い玩具を見つけた目だ。


「飲むと、ちょっと元気が出る水と、

 壊れ物を守る泥を作るんですって?」


「……だいたい、合ってます」


胸の奥が、少しくすぐったい。


ヒール水と、泥クッション。

どちらも、俺なりに

「いい感じ」にはできたと思っている。


「じゃあ、実物を見せてくれる?」


カレンの目が、

完全に商売人のそれになった。



ギルドの奥にある、

小さな空き部屋を借りた。


机と椅子だけの、簡素な部屋。


「ここなら、人目も少ないし、

 こぼしても多少なら大丈夫ね」


リナが、手早くカップを用意してくれる。


カレンは、自分の荷車から、

小さな革袋と、

丁寧に包まれたガラス瓶を何本か運び込んできた。


「それ、ポーション瓶ですか?」


思わず聞く。


「そう。

 ちゃんとした、詰め替え用のやつ」


厚みのあるガラス。

口元には、封をするための段差。


この世界にも、

ちゃんと“ポーション瓶”があるのだと、

あらためて実感する。



まずは、ヒール水。


空のカップを一つ、机の上に置く。


胸の、いつもの場所に意識を向ける。


「ヒール水」


ちょろちょろと、

透明な水がカップに落ちていく。


見た目は、ただの水。

でも、自分の中では、

水と回復が、一本の線でつながっている。


「これが、飲むヒールです」


カレンが、身を乗り出した。


「ふむふむ。

 あとから回復をかけてるんじゃなくて、

 最初から混ざってる感じ?」


「はい」


「味見してもいい?」


「どうぞ」


カレンは、ためらいなくカップを取ると、

一口飲んだ。


ほんの一瞬、目を細める。


それから、軽く肩を回した。


「あ、これ」


小さく息を吐いて、笑う。


「体の重さが、一枚はがれた感じがする」


「そういう感じです」


「それに――」


もう一口飲んでから、

唇を指でなぞる。


「ちょっとだけ、甘い」


「はい。

 ヒールのせいで、

 自然な甘みが、少し出ます」


「この街、基本はエールでしょ」


カレンが、くすっと笑う。


「甘くて、ちょっと楽になる水。

 それだけで、十分売り文句になるわ」


「そんな、たいしたものじゃ……」


「普通の人は、ヒールなんて気軽に使えないのよ」


カレンは、指をひらひらさせた。


「光魔法は、一生縁がない人のほうが多い。

 それが“ちょっとだけ”でも、何度も飲めるなら、

 立派な商品」


リナも、うなずく。


「冒険者の人たちにも評判いいの。

 ポーションは高いけど、

 休憩ごとに一口あると、全然違うって」


「そこ、大事」


カレンの目が、さらに輝いた。


「これ、ギルドで小口販売しましょ」


「こぐち、はんばい?」


思わず聞き返す。


「その場で作って、その場で飲むの。

 ポーションまではいらないけど、

 ちょっと楽になりたい人向け」


たしかに、それなら今のやり方でいける。


「いきなり瓶詰めにしなくていいのよ。

 まずは、ギルドで“アレン印の一杯”として回すの」


「……それなら、俺にも、できそうです」


「でしょ?」


カレンが、満足そうに笑った。



次は、泥クッション。


「こっちは、壊れ物を守る泥ね?」


「はい」


「じゃあ――」


カレンは、荷車から、

丁寧に包まれたガラス瓶を一本取り出した。


中には、琥珀色の液体。


「高価な香油」


「そんなもの、テストに使うんですか」


思わず声が出る。


「売り物にならないくらい古いから平気」


さらっと言ってから、

一拍おいて付け足す。


「でも、割れたら私、泣く」


「それ、やめません?」


「だからこそ、本番テストでしょ」


この人、商売人としても、

度胸がある。



床に、少しスペースを作る。


「アース」


地面を、浅くやわらかくする。

泥ベッドより、もっと局所的に。


手と指で、丸くまとめる。

クッションくらいの大きさ。

真ん中を、少し厚めに。


「スコーチ」


表面だけ、軽く焼き固める。


指で押すと、ちゃんとへこむ。


泥クッション、一号。


「ほう」


カレンが、しゃがんで指で押す。


「ちゃんと弾む。

 底まで、指が届かないわね」


「上だけ焼いてあります。

 下は、やわらかいままです」


「じゃあ――いくわよ?」


カレンが、瓶を持って立ち上がる。


リナが、思わず口を押さえた。


「カレンさん、本当にやるの?」


「壊れたら、泣くって言ったでしょ」


軽く笑って、

腰の高さで瓶を構える。


「……いきます」


俺も、息を止める。


次の瞬間。


瓶が、ぽん、と手を離れた。



ガラス瓶は、

くるくる回転しながら落ちてくる。


どすん、という鈍い音。


泥クッションの中央に沈み込み、

表面がふわりとたわむ。


中の泥が、ぐっと広がり、

瓶は、ゆっくり元の位置に戻った。


沈黙。


カレンが、そっと瓶を持ち上げる。


ひび一つ、ない。


「割れてない……」


リナが、ほっと息を吐く。


カレンは、瓶を逆さにして、底をなぞった。


「……ふふ」


口元に、ゆっくり笑みが浮かぶ。


「衝撃が、ほとんど伝わってない」


「クッションの中で、吸収されてます」


俺も、泥を押して確認する。


「荷車の中で使えば、

 壊れやすいものも安全です」


カレンの声が、完全に商売の顔になる。


「壊れ物を守る泥」


言葉を、味わうように転がす。


「これも、普通に売れるわね」



そこからは、早かった。


「《ヒール水》は、ギルドで一杯売り。

 《泥クッション》は、荷車一台分の加工サービス」


「最初は少なめで、

 様子を見て数と値段を調整」


「俺は、どれくらい……」


「無理のない範囲で」


カレンの声が、少しだけ真面目になる。


「まだ子どもだもの。

 最初から飛ばさなくていい」


「そうよ」


リナも、しっかり言う。


「疲れてるときは、断ること。

 今日はここまで、って自分で決めるの」


「……うん。

 それは、ちゃんとやる」


「いい子」


リナが、そっと頭に手を置いた。


カレンも、肩をすくめる。


「商売は、続けてこそだからね」



話は、とんとん拍子にまとまった。


「名前も、つけましょ」


カレンが、にやっと笑う。


「アレン印ヒール水。

 アレン印泥クッション」


名前。


前の世界では、

俺はどこにでもいる一人だった。


でも今は、

「アレン印」なんて名前が付く。


初級魔法だけでも、ここまでできる。


英雄でも、救世主でもない。


それでも。


この世界に、

「アレンがいた」くらいの跡は、

残せるかもしれない。


胸の奥が、

ふわっと温かくなる。


くすぐったくて、

少し恥ずかしくて。


でも、確かに嬉しかった。


どこまで行けるかは、分からない。


それでも。


俺の工夫で、

誰かの生活が、少し楽になる。


その予感だけは、

はっきりと、胸にあった。


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